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ドラフト候補の150キロに価値はあるのか?

どうも、やまけん(Twitter:@yam_ak_en)です。近年、合理的なトレーニングや投球動作のメカニクス解析などの知識の進歩により、NPBでは投手の球速の高速化が進んでいます。各球団ともエース級の投手は当然のように150キロ台のストレートを投げ、かつて未知の領域とさえ思えた160キロを計測する日本人投手も出てきました。
「高速化」はプロのみならずアマチュア野球界でも進んでおり、ドラフト上位指名級の投手は最速150キロ台中盤以上を投げるのがもはや当たり前にもなりつつあります。昨年、高校生ながらに最速163キロを計測した佐々木朗希(大船渡高校→千葉ロッテマリーンズ)はまさにアマチュア野球界の球速高速化の象徴といっても過言ではありません。

かつては「150キロを投げればドラフト指名確実、1位指名有力候補」などと言われた時代もありましたが、現在ではただ150キロを投げられるだけではドラフト指名を受けられる保証はありません。今回は、タイトルの通りドラフト候補の150キロに価値はあるのか?を考察していきたいと思います。

指名された投手の最高球速は10年で平均約3キロ上昇

先程アマチュア野球界でも球速の高速化が進んでいると書きましたが、今回は昨年ドラフト指名を受けた投手のプロ入り前の最高球速が10年前(2009年)のドラフトで指名された投手と比較してどれだけ上昇しているのかを調べてみました。なお、最高球速値に関してはインターネットサイト「ドラフト・レポート」に掲載されていたものを使用しました。

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この10年間で、ドラフト指名された投手の最高球速の平均値は約3.1キロ上昇しています。特に、画像1枚目、2009年に指名された投手のプロ入り前の最高球速を見ていると上位指名でも145キロにも満たない投手が散見されますが、昨年上位指名された投手は当たり前のようにプロ入り前に最速150キロ以上を計測しています。カテゴリごとに見てみると、大学生は10年間でさほど大きな変化がないように見えますが、高校生と社会人に関しては大幅な上昇が見られます。

まず高校生の場合、冒頭に書いたようにトレーニングや投球動作メカニクス等の知識の進歩により、身体作りやフォーム固めといった以前ならプロ入り後に着手していたフェーズを高校の段階で実行できるようになったのではないか、それにより平均最高球速が10年前から大幅に伸びたのではないかと自分は考えます。例えばトレーニング面では、かつてのようにひたすら投げ込みや走り込みを漠然とこなすのではなく、専門のトレーナーなどを招聘したりプロが実践する合理的なトレーニングメニューを導入したりするチームが年々増えている印象で、それに伴い指導者側の知識も年々アップデートされているように思います。また、フォームについても投球障害予防等の観点から幼少期で矯正・指導されるケースが増えているように感じ、それに伴い必然的に球速の出やすい合理的なフォームを学生年代のうちに体得する投手が増えているのではないかと考えます。

一方の社会人ですが、まず以前より150キロ以上を投げられる大学生投手が増え、それに伴い社会人野球界にも150キロ以上を投げる投手が多く加入するようになったことが1つ目の理由に挙げられるかと思います。また、以前のドラフトでは指名されていた「球速は遅くとも制球や変化球のキレ、投球術等で抑える」といったいわゆる「社会人の好投手」タイプの投手がNPBでの平均球速の上昇に伴い通用しにくくなり、指名を受けることが減ったように感じます。都市対抗や日本選手権など、社会人の一発勝負の大会では高いパフォーマンスを発揮し、信頼の置ける投手でも、現在のNPBではベースとなる球速がないとシーズン通して活躍することは難しくなっており、そのためスカウトからの評価も受け難くなっていると考えます。

「150キロ」はもはや必須項目、しかしそれだけでは…

ここまで読み進めていただいた方は薄々気づいているかもしれませんが、現代のNPBのドラフトにおいて、「最速150キロ」はもはや投手として指名を受けるための必須項目と言っても過言ではありません。また、サイドスローや左投手、将来性を見込まれる高校生などに関しても140キロ台後半を計測して当然のようにもなりつつあります。145キロ前後の投手でも上位指名されることがあった10年前と比べると大きな変化であり、進化であると思います。

最速150キロが投手としての必須項目となリつつあるということは、冒頭の繰り返しになりますが、かつてのようにただ150キロの直球を投げているだけではドラフトで指名される保証がなくなってきているということを同時に意味します。ドラフト指名を受けるためには、例えば150キロをより速く見せるための緩急をつけるボールであったり、140キロ前後で鋭く変化し打者を封じる高速変化球であったり、150キロをコンスタントに出し続けられる馬力や安定性であったり、150キロを狙ったところに投げ込める制球力など150キロプラスαの武器が必要となってきます。

例えば、昨年埼玉西武ライオンズに1位指名された東芝出身の宮川哲は、上武大学野球部に在籍していた当初から既に最速150キロ以上のストレートを投げてドラフト候補として注目されていましたが、大学4年時のドラフトでは指名されずに東芝に入社しました。

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上武大学時代の宮川

彼も10年前のドラフトであれば大学時代に既にドラフト上位でプロ野球の世界に入っていた可能性が高かったと考えられますが、現在のドラフトでは決してそれだけでは指名を受けられる保証はないということを如実に表している例ではないかと思います。宮川は東芝に入社後、ストレートの最速を154キロまで伸ばし、リリーフ登板時には常時150キロ台を計測する馬力を身につけました。また大学時代から武器としていた縦のカーブを更に磨いてプラスαの武器としたことで、1位指名を手繰り寄せたのではないかと考えられます。

昨年のドラフトでも、最速154キロで上位指名の噂まであった日本体育大学・北山比呂投手が指名漏れするなど、そのハードルは年々高くなっているようにも感じます。北山投手は奇しくも宮川の抜けた東芝への入社が決まっており、2年後のドラフトで指名があるか、それまでにどのようなプラスαの武器を習得し、磨いているのかを楽しみに追いかけたいと思います。

アマチュア界にも広まる新測定システム

近年のプロ野球の発展を支えているのが、トラックマンやラプソードといった「弾道測定器」と呼ばれる機器の導入・利用です。野球界ではかねてから試合での解説や選手の評論に「伸びのあるストレート」や「キレのある変化球」などという感覚的で曖昧なワードが多用されてきました。しかしこれらの測定機器の導入により、投手の投げたボールの球速だけではなく、回転数や回転軸、変化量などが数値化・映像化され、投手自身が客観的に自分のボールの特徴を把握・分析できるようになりつつあります。

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ラプソードによる測定画面の例。球速のみならず回転量や回転軸の方向などが詳細に数値化されていることがわかります(画面写真はRapsodo Baseball|データスタジアム株式会社HPより引用)。

近年、こういった解析機器・システムはプロのみならずアマチュア野球にも導入されるケースが増えてきています。特に顕著な成果を表しているのが、ラプソードを導入して大学球界屈指の投手王国を作り上げた慶應義塾大学です。2015年に野球部の助監督に就任した林卓史氏が導入し、壊滅的だった投手陣を大きく立て直して六大学の常勝軍団となりました。林氏と慶大野球部について、詳しくは下の記事をご参照ください。

林氏は、就任直後はスピードガンを積極的に利用して投手に数字への意識を高めさせ、投手はそれにより速いボールを投げるためのフォームやトレーニング法を各自で研究するようになりました。その後ラプソードを導入したことで、数値化されたボールの特徴を各投手が把握し、それに応じた自分だけのプラスαの武器を習得したことで“大学球界最強”の投手陣を形成しました。昨年は同大野球部から153キロ右腕・津留﨑大成投手が東北楽天に3位指名され、プロの世界に進みました。そして慶大には今年も最速155キロ右腕・木澤尚文、151キロ左腕・佐藤宏樹という2人のドラフト上位候補を筆頭に、下級生にも最速150キロに迫る好投手が揃い、依然として“大学球界最強”の投手陣を維持しています。

林氏は2018年秋に慶大の助監督を退任し、その後『スピンレート革命 回転数を上げればピッチングが変わる』という本を出版しています。ラプソードや慶大投手陣について更に深く知りたいという方はそちらも是非参考にしてください。

慶大がラプソードを導入して投手改革に成功したことで、今後同様の動きは他のアマチュア野球界に広がっていくのではないかと思います。そして、「150キロプラスαの武器」を持った投手が今後更にアマチュア野球界で増えることも予想されます。

野手として評価される「150キロ」

ここまで、ドラフト候補の投手の150キロの価値について考察して参りました。150キロはもちろん現在でも魅力的な数字ではありますが、高速化が進んだ現在では以前ほどの価値がある数字でもなく、むしろ「トレーニングや投球フォーム次第では手の届く範囲の数字」になっているようにも感じます。球速が全てではないということは大前提ですが、投手としてプロ入りを目指すのであれば、150キロは必須目標としてその上で他の投手との差別化を図れる「自分だけのプラスα」を習得することが求められます。また、いわゆる「変則派」の投手も球速を完全に捨てるのではなく、一定水準以上の球速を求めた上で変則性を生かした投球が求められるようになると思います。

一方で、昨年のドラフトでは最速150キロを超えるボールを投げる高校生が野手として指名されるケースもありました。

福岡ソフトバンクに4位指名された東海大札幌・小林珠維選手は、183cm86kgの恵まれた体格で最速150キロの速球を投げる投手としてドラフト前から注目されていました。一方で野手としての打撃能力や身体能力にも秀でており、プロのスカウトの間でも投手と野手で評価が分かれていた選手でした。そしてドラフト当日、ソフトバンクは小林を「内野手」として指名。ソフトバンクの作山和英スカウトは、「本塁打と走る姿を見て、野手としてのスケールを感じた。周東の足に柳田の長打を備えた選手になる力を秘めている」とコメントを残しています。

ソフトバンクのスカウトに野手としてのスケールを高く評価された小林ですが、個人的には高校時代の鈴木誠也が重なって見えます。鈴木も二松学舎大付属高時代は最速148キロの速球を武器にする投手として注目を集めていましたが、同時に身体能力と打力を見込まれてドラフトでは内野手として指名され、外野手にコンバートされた現在では国内屈指の強打者に成長しました。鈴木も小林も、同じ年代に大谷翔平や藤浪晋太郎、佐々木朗希や奥川恭伸など最速150キロ台中盤〜160キロ台の速球派投手がいたことも何かの縁のようにも感じます。
ホークスには高校時代に甲子園で154キロの速球を投げていた今宮健太を遊撃手として育てた過去の経験もあり、小林が今後どのような道を辿っていくのか楽しみです。

また、中日に5位で指名された菰野・岡林勇希選手も高校時代は最速153キロ右腕として注目を集めていましたが、入団後に野手転向を決めました。小林と違い体格的には177cm74kgと小柄な岡林ですが、やはり野手としての打撃センスや身体能力が評価された形で、中日の米村明チーフスカウトは「将来的には大島や平田の後継者。3,4年後にはいける」と外野手として期待していることが伺えます。

プロ入り後、岡林は早くも実戦で外野からの好返球を見せるなど「元・153キロ右腕」の存在感を示しています。

150キロ以上の速球を投げるためには、それだけのパワーや瞬発力が必要になります。そして、そのパワーや瞬発力は、岡林が見せたような好スローイングはもちろん、長打を打つためのパワーや相手に脅威を与えるスピードなど、野手に転向しても大きな武器になり得るのではないかと思います。今後、上述の小林や岡林のように、打撃センスのある最速150キロ級の投手が野手としての将来性を見込まれてドラフト指名を受けるケースは増えるのではないかと予想します。

まとめ:ドラフト指名を受けるために目指すべきライン

今回はドラフト候補の「最速150キロ」に価値はあるのか?をテーマに考察してきました。個人的には、「今でも150キロに価値はあるが、その価値自体は昔と比べて落ちてきており、それだけでプロには行けない」と結論づけたいと思います。

ドラフト候補としては、
最速150キロは必須項目(変則派や左腕、将来性を見込まれる高校生でも最速140キロ台後半は求められる)
で、その上で
プラスαの武器の習得(150キロを操るコントロール、150キロを活かす変化球、150キロを投げ続ける馬力etc…)
野手としてのポテンシャル(高い身体能力、打撃力etc…)
がプロ入りのためには必要となっていると考えられます。

年々このハードルが高くなり、プロ野球のレベルの高さ、そしてプロ野球が進化していることを感じます。一方でアマチュア野球界でも以前から比べて大きな変化が見られていることも事実です。トレーニングとメカニクスの知識の進歩により、150キロが決して到達不可能ではない現実的な数字となったからこそ、どこまで球速を伸ばせるか、また球速以外に他の投手と差別化できる武器を習得できるかが今後投手としてドラフト指名を受けるための鍵となるでしょう。

プロ野球界の水準ももちろんですが、アマチュア野球界全体の水準が今後どのくらいまで上がっていくか個人的に楽しみにしたいと思います。


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