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雄平(元ヤクルト)ドラフト答え合わせインタビュー公開!【後編】投手をやった7年間も最高の野球人生です

絶賛発売中の『別冊野球太郎ドラフト答え合わせ1998-2022〈増補改定・完全保存版〉』では、NPB現役から離れた6名のインタビューを行いました。
嶋基宏(元楽天、ヤクルト)、坂口智隆(元近鉄、オリックス、ヤクルト)、内海哲也(元巨人、西武)
白濱裕太(元広島)、寺島成輝(元ヤクルト)、吉持亮汰(元楽天)
アマチュア時代から取り上げてきたからこそできる、内容の濃い、プロ生活を振り返る「ドラフト答え合わせインタビュー」ができました。
が、それ以前にも一度同じ趣旨のインタビューを『野球太郎No.041』でも元ヤクルト、現在は楽天の1軍打撃コーチを務める雄平さんに行っていました。
せっかくの機会ですので、本誌に掲載した記事を「増補改訂」したほぼ全文バージョンで公開しちゃいます!
【前編はここをクリックしてください】
(取材・文=菊地高弘)

●野手として成功するには?

――プロでは投手として7年間プレーし、2009年秋に野手に転向しました。投手に未練はなかったのですか?
雄平
 ありませんでした。スパッと野手転向に切り替えました。
――未練を残して通用するほど、甘くはないですものね。
雄平
 そうです。バットは振らなきゃいけないし、守備もものすごい量のノックを受けたし、トレーニングも野手の体にしなければならない。イチから作り直す形で、走攻守の練習を全部、めいっぱいやりました。ピッチャーのことを思ってやる暇なんてないです。
――たしかに、めちゃくちゃバットを振った、という話、記事はよく見聞きしました。
雄平
 バットをよく振った、というのは数字が目立ちやすいからじゃないですかね。守備を60分よりも1000スイングのほうがすごそうじゃないですか。
――当時は「サイドスロー転向を直訴」という報道もありましたが。
雄平
 それは事実と違います。当時の高田繁監督が「サイドにしたら?」と提案しただけで、僕は「野手をやりたい」と伝えました。
――高校時代に経験があるといっても、野手転向はイチから作り直すイメージでしょうか。
雄平
 ルーキーよりもさらに下の地点からスタートしなきゃいけない感覚でした。ルーキーの子たちはアマチュアではありますけど、ずっと野手でプレーしてきています。僕は高校野球で野手「も」やっていた上に、プロでは7年間、ピッチャーのことしかしていないブランクもあるので、イチでも、ゼロでもなく、マイナスからのスタートですよね。
――ですが、こうして野手で10年以上も長くプレーし、しかもレギュラーとして、これだけの実績も積まれました。さらに、何度もケガを克服しました。長く続ける難しさも感じられながらの現役生活だったと想像できます。雄平さんの目から見て、特に野手として長く活躍する、ということで必要な要素があったら教えていただけますでしょうか。
雄平
 僕はしてしまいましたが、やはりケガをしないことが一番大事です。コンディショニングやトレーニングで避けられるようなものも、不慮の事故のようなものでも、いかにリスクを回避できるかが、一流になるために大事だと思います。もちろん、毎日試合に出ていればケガをしない人なんていないですし、選手はすべてに気をつけています。全力でプレーしつつも、ケガの危険性をうまくかわすことも技術であり、大事な判断です。
――レギュラーになっても、そのポジションを守り続けるのはまた大変ですものね。ケガで失うことのももったいない。
雄平
 外野手ならポジションは3つしかありません。常に3番以内に入らないといけないわけで、チーム内の勝負に勝ち続けなければならない。140試合を超える長丁場で、いい時も悪い時も最低限の仕事を積み重ねていくしかありません。あとは監督に使ってもらえるかどうか。必要と思ってもらえれば、試合に使ってもらえるので。
――せっかく持っている能力は高いのに、プロで活躍できない選手もいるのではないでしょうか?
雄平
 たくさんいます。やっぱりドラフト1~2位で入る選手のポテンシャルはすごいですよ。素晴らしいスピードボールを投げるピッチャーや、とんでもなく飛ばすスラッガーもいる。走ればめっちゃ速い。特殊能力を持った選手ばかりです。みんな突出したモノを持っているのに、結果が出ない人は出ない。もったいない選手も多いですよ。
――なぜ、そんな能力の高い選手が活躍できないのでしょう?
雄平
 それは非常に難しいですね……。プロでは運や実力など野球のことだけじゃなく、さまざまな困難に直面して迷ってしまう選手もいます。そこでぶれてしまって、本来のよさが消えてしまうケースもありますからね。
――アマチュア時代の方がよかったのに……と思ってしまう選手もいます。
雄平 即戦力としてドラフト1位で入るのか、ポテンシャルを評価されて時間をかけて力をつけるべきなのか。それぞれに期待を受けて入ったはずなのだけど、入ってから環境にアジャストしなければならない。その難しさはありますね。
――雄平さんが特に「化けた」と感じた選手はいますか?
雄平
 山田哲人(ヤクルト)ですね。もちろん、入った時からポテンシャルは高くて、首位打者や盗塁王を狙える選手になるとは思ったんですけど、ホームラン王を獲るほど飛ばせる選手になるとは思いませんでした。特に1年目の時は。当時からスイングスピードも速かったですが、ホームランも打てる中距離バッターのイメージですね。
――そんな山田選手も村上宗隆選手(ヤクルト)も、勝負師としてのメンタリティーが人間離れしていると感じるのですが、それは生まれ持ったものなのでしょうか。それとも、試合に出続けるうちに備わっていくものでしょうか?
雄平
 両方だと思います。あの二人はもともと人間としてしっかりした考え方の持ち主でしたし、経験を積む中でいい方向へ進んでいく吸収力もありました。なおかつ、やはりドラフト1位だけあって、持ってるものはものすごい。だから、こうして侍ジャパンに選ばれるわけです。近くで見ていたらわかりますよね。
――2選手に限らずなのですが、先日、橿渕聡スカウトにお話をうかがう機会があり、こんな話をしていました。ヤクルトの打撃コーチ陣は中西太さん(元西鉄ほか)の影響を受けており、すごく優秀なので、いい素材の野手を獲得して、うちのコーチ陣に任せれば、ある程度打てるようになる。そんな信頼関係がある、という話をされていました。
雄平
 いままではどなたが、中西太さんに教えてもらっていたコーチになるんですか?
――杉村繁さんが原点で、杉村さんの指導を受けた宮出隆自さんや松元ユウイチさんの名前が挙がりました。そのあたりのヤクルトのチームとしての文化・土壌は、選手として感じますでしょうか?
雄平
 僕も杉村さんにはいろいろ教えてもらいました。ユウイチさんは、2020年からのコーチなので、僕は1軍にあまりいなかったので、わからない部分ですが、スカウトとコーチが信頼してチームを作っていることはいいですね。
――プロには高卒、大卒、社会人出身など、さまざまなパターンがありますが、一気に伸びる時期は人それぞれのように感じます。
雄平
 それはそうだと思います。
――たとえば東北学院大からプロ入りした岸孝之投手(楽天)は高校時代、雄平さんと同じ宮城県で無名の投手でしたね。
雄平
 じつは僕は高校時代に岸を見ているんです。
――えっ、そうなんですか?
雄平
 3年の夏にたまたま名取北の試合をチームメートと見ていたんですけど、とんでもない球を投げていてビックリしました。ノーマークだったので、みんな「なんだこのピッチャー!」と言っていました。
――では、大学経由でプロに入っても驚きはなかった?
雄平
 高卒で全然プロにいけるレベルでしたから。だから、大学でも、プロに入ってからも岸のことは応援していましたよ。もちろん、負けたくない気持ちも同時にありましたけど、それ以上に、一緒にがんばりたいな、って感じですね、どちらかというと。

●野手に絞れば名球会だった?

――19年間プロでプレーすることだけでも本当にすさまじいことですが、もし、雄平さんが自身の野球人生に採点をつけるとしたら、何点でしょうか?
雄平
 うーん、何点だろうな……。難しいですね。まだ採点はできないかなぁ。
――後悔はありますか?
雄平
 ありません。その時その時にベストを尽くしてきましたから。常にうまくなるために考えて、「こうしたらどうなるんだろう?」と思いついたら、試合で試していました。後悔ではなく、「こうしておけばよかった」と思うことは、単純に野球を追究する気持ちが強かっただけだと思います。この前の引退試合(11月1日/レフト前ヒットを放つ)だって、試したいことを試していました。
――引退試合なのにですか?
雄平
 1カ月半は生きたボールを見ていなかったので、「こういう意識で打席に入ろう」と考える部分はありました。
――そこまで実戦から離れるといままでにない感覚での打席だったでしょうか?
雄平
 もちろん少しは練習はしていましたし、期間はあいてても対戦するイメージはいつもできます。
――それはもう本当にキャリアの為せる業で。
雄平
 そうですね。せっかく打席に立たせてもらえるわけですから。19年もやってますけど、毎回の打席は貴重な経験。もちろん、毎回、結果を求めてやってましたけど、1軍の打席に立てない選手もいるわけですし、引退試合だろうがなんだろうが、貴重な打席という気持ちを持って、結果を出すために試行錯誤しながらやっていました。
――では、あの現役最後のヒットは、イメージ通りの打球だったのでしょうか。
雄平
 あのボールに対してはイメージ通りです。いまの理想のバッティングかなと。でも、もう少し甘いボールを打てばよかったな、という反省もあります(苦笑)。
――現役最後の試合までも反省するあたりが雄平さんらしいと感じます。投手をやった7年間も、後悔はまったくないのですね?
雄平
 最高の経験をさせてもらいました。「野手に絞っていれば2000本安打を達成できた」と言っていただけることもあって、それはそれで嬉しいものですが、これが僕の最高の野球人生です。ベストを尽くしてきたから、投手も野手も両方やらせてもらえた。本当にすべてが貴重な経験でした。ありがたいですよね。
――その言葉をお聞きするために、インタビューをさせてもらったような気がします。今後は指導者として、その経験を野球界に還元していってください。
雄平
 そうできるように、これからも野球を勉強していきます!

【番外編コラム(編集長と雄平さんの会話)】
高校生の時から追求心が強かった

編集長 雄平ノートは、どうなってるんです。溜まってるんですか。
雄平 めちゃくちゃありますね。
編集長 私がすごく覚えてるのが、東北高校時代に取材にうかがった時に、自分のピッチングフォームにかなりの数のチェックポイントを設けている、っていうのが、衝撃的でした。正直、そんなにチェックしてたらイップスにならないのかな? と思ったりしまして。
雄平 結局はなっちゃいましたね(笑)。
編集長 そうではあるんですね。でも、すごく衝撃的で、そこまで突き詰めている高校生なんだ、という印象が強く植えつけられました。
雄平 バッティングも似ていました。細かくチェックポイントを作っていてましたね。

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高井雄平プロフィールと過去の野球小僧、野球太郎で掲載してきた高井雄平評価コメント

雄平さん(元ヤクルト/現楽天打撃コーチ)のインタビュー全文公開はいかがだったでしょうか?
いままで読むことができなかった未掲載部分も読むことができ、深く、独占情報満載のインタビューが6本掲載されている『別冊野球太郎ドラフト答え合わせ1998-2022』もどうぞよろしくお願いいたします!