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【WBC・侍ジャパンメンバーのあの頃】宇田川優希のシンデレラストーリーの始まりは1年前? いやいや運命の大逆転劇は高校時代から始まっていたのだ

WBCことワールド・ベースボール・クラシックで日本一に輝いた侍ジャパン。
大いに盛り上がり、触発されて野球熱が再加熱したことでしょうか。
これから侍ジャパンの選手をNPBの試合で見たり、一球速報を追ったりする際に、アマ時代など選手のバックボーンを知っていると、よりおもしろく、より選手に愛着を持てるはず!
ということで、そんな選手の背景がわかる『野球太郎』の過去記事を公開します。

今回は宇田川優希(オリックス)をご紹介。昨年の今頃は、背番号3ケタの育成契約。そこから支配下となり、日本シリーズで活躍し、侍ジャパンへ。
大学時代は上位候補と野球太郎では言い続けたものの、育成ドラフト指名となり、入団を少し躊躇した、といったこともありましたし、
今春のキャンプ時は心細そうな報道→宇田川会の開催により侍ジャパンの結束が強くなったり、
宇田川投手を見ていると人生はすべてに意味があり、劇的さを強めるスパイスになるのではないかと思えます!

そんな大逆転劇がわかる『別冊野球太郎2020春 ドラフト候補ランキング』『野球太郎No.036 2020ドラフト直前大特集号』の2つの記事から宇田川優希投手の高校、大学時代を紹介します。
(取材・文=高橋昌江)

『別冊野球太郎2020春 ドラフト候補ランキング』より

「同じ公立高校の自分にも可能性があるのではないかと思いました」

仙台大進学の決め手

――アンケートの結果、東北地区ナンバーワンに選出されました。
宇田川
 今年の東北地区には大道(温貴/八戸学院大)や山野(太一/東北福祉大)など、いいピッチャーがたくさんいるのですごく嬉しいです。埼玉出身の自分としては、大道と地元が一緒なので負けたくないという気持ちが強いです。山野は1年春のリーグ戦で仙台大を4安打完封してインパクトが強かった。大学野球の残り1年、その期待に応えられるように頑張ります。
――仙台大に進学した経緯は?
宇田川
 高校時代、進路については「どうしようかな」という感じで決めきれずにいました。他大学の付属高校と練習試合をした時に、その大学に誘われて、大学もありかなと思い始めました。また別の高校と練習試合をした時に仙台大の森本吉謙監督まで話が広がったようです。
――仙台大の印象は?
宇田川
 正直、あまりなかったのですが、森本監督から公立高校の出身でドラフト2位でプロにいった熊原健人さん(楽天)のことを聞き、同じ公立高校の自分にも可能性があるのではないかと思いました。いくつかの大学からお誘いをいただいていたのですが、それが一番の決め手になりました。
――実際、仙台大に入ってみて。
宇田川
 高校時代は1学年10人前後で人数は多くなかったので、まずは人数が多いなと感じました。同級生と話しても球が速かったり、甲子園に出ている人もいたりして。自分は公立高校の出身で大丈夫かなと思いましたね。最初は「頑張るぞ」というよりも、ついていけるかなという感じでした。1年生の時、4年生にドラフト1位で阪神に入団することになる馬場皐輔さんがいて、ブルペンで〝これが上のレベルか〞と思いながらピッチングをしていました。先輩から「いいボールだよ」と言われても、自分としてはまだまだレベルが低いんだろうな、と思いながら練習していました。
――それでも、1年春からリーグ戦でベンチ入りしました。
宇田川
 キャンプと、その後の関東遠征にも行き、オープン戦で抑えることができたので自信がつきました。1年生のうちに投げたいと思っていた145キロを投げることができたのもよかったです。

憧れは千賀滉大のフォーク

――高校時代はどうだったのでしょう?
宇田川
 高校では、1年生の夏前くらいからピッチャーに専念するようになりました。ストレートの球速は123キロとか。その頃は監督から褒められることはなかったのですが、2年生の夏くらいから褒められるようになって自信がつきました。球速も130キロ中盤まで出るようになり、空振りも取れるようになっていました。
――ピッチャーになって難しかったことは何ですか?
宇田川
 変化球です。最初に覚えたのはカーブ。でも、全然ダメでした。1年生の冬にタテのスライダーを練習して投げられるようになり、2年生になると三振を取れるようになりました。ただ、そのスライダーはどこでワンバウンドするかわからないボールだったので、2年生の秋が終わるとコントロールできるように投げ込んで感覚をつかみました。
――フォークは?
宇田川
 大学1年生の秋が終わった頃から練習しました。ストレートに似た落ちる系の変化球がほしいな、と思っていた時に、馬場さんがスプリットを投げていたので。馬場さんからは「俺は指が短いけど、お前は指が長いからフォークの方が絶対にいいよ」と言われて。フォークはすぐに投げることができて、空振りを取れる確率が高くなりました。意識しているのは千賀滉大投手(ソフトバンク)のフォーク。あんなフォークを投げたいなと思って、よく動画を見ています。
――大学での3年間が終わり、よかった取り組みは?
宇田川
 一番、成長につながったと思うのはウエートトレーニングです。高校では一切やっていなくて、大学で初めてやりました。体が大きくなり、球速は10キロも上がりました。中でもジャンプ系のメニューは意識的に行っています。
――場数も踏んできました。
宇田川
 1年生の時は打たれたら「ヤバい」と思っていましたが、学年が上がるにつれてピンチの場面でも「ホームベースを踏ませなければいいだけ」という強い心で投げられるようになりました。技術面だけでなく、メンタル面も鍛えられたかなと思います。
――侍ジャパン大学代表の候補合宿にも2度、参加しています。その経験は?
宇田川
 レベルの差を感じましたが、このままではダメだなと自分を見つめ直す機会になり、すごくよかったです。昨春の合宿で同部屋だった伊藤大海さん(苫小牧駒大)からは投球フォームについてアドバイスをもらいました。
――今季への意気込みをお願いします。
宇田川
 チームとして全国大会に出場したいです。自分が投げた試合は全部、勝つ。リーグ戦で東北福祉大相手にいいピッチングをして、全国を目指したいです。そして、プロにいくためのアピールもしたいと思っています。

〈取材後記〉
今年のグラブに入れた言葉は「笑う門には福来たる」だそうだ。安打を許すと悔しくて顔が強張ってしまうことを気にしているようで、「打たれても笑っていれば、こっちに流れがくるかなと思って」とセレクト。打たれないことに越したことはないが、今年はピンチの場面での表情にも注目。スカウトはそういう仕草もよく見ている。

(取材・文=高橋昌江)
『別冊野球太郎2020春 ドラフト候補ランキング』で初出掲載した記事です。

『野球太郎No.036 2020ドラフト直前大特集号』
ドラフト候補&指導者マンツーマンインタビューより

●森本吉謙監督の証言
★最初の印象

 大学の後輩から連絡があり、宇田川が八潮南高3年の6月、練習試合に行きました。そうしたら、びっくりしましたね。軽く投げているようで、ボールがパチーンと指にかかっていた。肩周りが柔らかく、逸材だなと思いました。キレのあるスライダーもよかったですよ。その時はまだ宇田川自身が、自分がどれくらいのピッチャーなのかピンときていないようでしたが、私はスケールを感じました。夏の大会の初戦も見に行きました。

★腕の出るタイミング
 1年春のキャンプから連れて行きました。球速はいまよりも出ていませんが、オープン戦で投げさせると、大学・社会人のバッターが前に飛ばせない。ファウルになるんです。左足が地面に接地してからボールをリリースするまでの時間が他のピッチャーよりも長いため、腕が出てくるタイミングが遅い。相手バッターは戸惑っていましたね。その後、球速も伸びてきましたが、変化球も含め、バッターを打ち取る感覚は経験を重ねてよくなっています。角度のあるストレートと、ちょっと揺れる特殊なフォークはけっこうなレベルになってきたのではないでしょうか。

★浮き沈みなし
 宇田川の印象は「スー」なんです。どの試合でも、どんな場面でも同じように投げる。それはいい意味での特徴です。気合いが入っていた試合や強烈な試合があるわけではなく、淡々と投げられる。短いイニングですが、1年春からリーグ戦を経験し、上を目指しながらもチームに対する責任が生じる環境だったと思います。きつい場面での登板もありましたからね。

★これから
 皆に応援される選手になってもらいたいですね。人気者であってほしい。これはプロ野球選手だから、ということではなく、どの教え子にも思うこと。会社員でも教員でも、誰もがそうあってほしいと思っています。後ろ指を指されたり、困った時に助けてもらえなかったりするような人間にはなってほしくない。〝人の気〞が集まる人間になってほしいですね。

●本人の証言
★投手・宇田川の誕生

 高校入学時はファーストを守っていましたが、ノックの時、サードのシュートしながら垂れてくる送球を捕れずに〝クビ〞になりました。守るところがなくピッチャーに。1年の夏前くらいです。球速は120キロ前半で最初に覚えた変化球はカーブ。1年冬からスライダーを練習しました。2年冬にスライダーを磨き、バッターの空振りが増えるようになりました。球速は2年で130キロ中盤、3年で142キロをマークしました。

★心も体も成長
 高校3年の夏前まで、進路が決まっていませんでした。それが、徐々に大学から声をかけていただくようになり、進学を考え始めました。森本監督も練習試合と大会に来てくださって。大学では、高校までやったことがなかったウエートトレーニングにより、体が大きくなり、球速も上がりました。1、2年の頃は試合中に焦ることもありましたが、強い心で投げられるようになったと思います。

★ライバルの存在
 同じリーグの東北福祉大・元山飛優、山野太一には負けたくないですね。元山を抑えた3年秋のリーグ戦後、「お前からホームランを打つ」と連絡がきて、「打てるもんなら、打ってみろ」と返したら、明治神宮大会代表決定戦で打たれてしまって。今年は抑えたいですね。山野は2年秋の新人戦で投げ合って以来、意識する存在です。

★これから
 1年目から活躍し、その後も続けて活躍できるピッチャーになりたいです。目標とする選手は千賀滉大投手(ソフトバンク)。160キロ近いストレートと、速くて鋭く落ちるフォークがすごく魅力的。自分も千賀投手のようなボールを投げたいと思っています。

〈グラウンド外での素顔〉
 別の中学に通う友人から誘われて、自宅から自転車で1時間以上かかる八潮南高に進学。7時30分から始まる朝練に間に合うように6時に出発。雨の日はカッパを着て、バッグにはビニール袋をかぶせて通った。フィリピン出身の母は朝が早くても、帰宅が遅くてもおいしいご飯を作ってくれた。父への反抗期もあったというが「両親への恩返しはプロになって活躍すること」。その気持ちが原動力だ。

〈取材こぼれ話〉
野球以外のスポーツ経験を問うと「ない」と言う。体育で活躍するタイプかと思いきや、バスケットボールやサッカーなど、他の球技は苦手なんだとか。「バスケはいつもゴール下。体育で楽しかったのはプール」。“肩”を使うスポーツは得意!?

(取材・文=高橋昌江)
『野球太郎No.036 2020ドラフト直前大特集号』で初出掲載した記事です。