グロウ先生とヤクノジ、仕立て屋に行く。【交流企画:ガーデン・ドール】
フルーツビーストの襲来で賑わう4月のガーデン。
それでも、日常を送りたい日は出てくるもので。
「グロウ先生、遊びに行きませんかー?」
たたた、と踊るような足音を響かせてヤクノジが辿り着いたのは、ドールたちのメンタルケアとして赴任してきた教育実習生のグロウの部屋である。
「はい、ヤクノジさん?どこに行く予定ですか?」
基本的に穏やかなグロウは、こんな風にいきなり訪れても嫌な顔ひとつしない。
「こんにちは、先生。いやあ、仕立て屋……って行ったことなくて。そういやグロウ先生の服も僕らの制服と違うから、そういうのも仕立て屋さんに行けば分かるのかなー……と。ってことで、一緒に仕立て屋さん行きません?」
「なるほど、服ですか……あまり気にしたことありませんでした。ぜひご一緒させてください。では、仕立て屋さんに行きましょうか」
ガーデンには、仕立て屋という場所がある。
ドールの衣服は勿論のこと、布に関することならばここに頼むとほとんど解決すると言ってもいい。
そして、ヤクノジは仕立て屋にまだ行ったことがなかった。衣服に興味がなかった身には制服で事足りていたが、そうではなくなった今、興味関心のひとつに仕立て屋も含まれるようになったのだ。
他愛ない世間話をしながら、仕立て屋へと向かう。
ヤクノジが気になったのは、グロウの着るスーツだ。
ドールの制服でもなく、対策本部にいる本部(もとべ)が着ている服とも違う。それがスーツというものであると本で知ったが、首を飾るネクタイもどうやって結ぶのか分からない。
「こんにちは。失礼します。……服の種類ってたくさんありますよね。ヤクノジさんはどんな服に興味がありますか?ここなら私が着ているようなスーツもあると思いますよ」
「……ううん、最近興味が湧いたことだったんで、まだはっきりしてなくて……でも、スーツも気になるんです。グロウ先生が着てるのを見て、いいなあって思ったから」
ネクタイの結び方について快く承諾してくれたグロウに続いて、仕立て屋の扉をくぐる。
可愛らしい足音を立ててやってきた仕立て屋さんに、慣れた雰囲気でドールサイズのスーツを頼むグロウの様子にを見てヤクノジは首を傾げた。
「……グロウ先生、仕立て屋さん来るの慣れてます?」
グロウとは対照的に、ヤクノジは落ち着かなかった。初めて来た場所というだけでなく、興味を抱いて間もない分野の物事だから、というのが大きい。
「私のスーツ、仕立て屋さんでクリーニングしてもらってるんです。だからよく来てるんですよね」
「へえ……じゃあ、もしも僕がスーツを着るようになったらクリーニングをお願いしないといけないのか……」
スーツには細かな手入れがいるのか。
その話を聞くと少しばかり眉間に皺が寄る。
別に面倒くさがりというわけではないが、今までやらなかった手入れをやるというのは少しばかり億劫だ。
そうしていると、布の山……ではなく。仕立て屋さんがスーツを抱えて戻ってきた。
ふらふらと揺れるそれを受け取ったグロウに試着室へと案内され、スーツに袖を通す。
が。
その袖丈は随分とぶかぶかだった。
「仕立て屋さん、生徒達のサイズのものはないんですか?これでは大きいみたいなんです」
グロウ用のサイズと思われるスーツの余り具合に戸惑っていれば、グロウも同じような顔で仕立て屋の店員に問いかけた。
それに対して、店員は首を傾げて店の奥へと消えていく。
ドール向けの服ではないのだろうか。
そんな疑問が頭を過る。
「この……ネクタイだっけ。こういうのも色んな柄とかあるっていうのは本で読んだけど、グロウ先生はそのネクタイが似合ってるよね」
「そうですか?ありがとうございます。ネクタイを褒めてもらえて嬉し……え?仕立て屋さん?」
仕立て屋が戻ってくるまで、再びの世間話に興じていれば戻ってきたその手には大きなハサミが握られていた。握られている、というのは正確ではない。
小さな身体にそぐわない大きなハサミを抱えているため、足元が何処か覚束ない。シャキ、シャキンとハサミを鳴らす姿は異様な恐怖を漂わせている。
「何かするなら、僕これ脱いだ方が良くない?ねえ、仕立て屋さん?」
グロウだけでなく、ヤクノジもその光景に顔が引き攣り声をかけるが、店員は何も応えずに真っ直ぐに向かって来た。
そして。
ジャキン、という音を立て余っていた袖が切り落とされた。
「そ、袖が……!?」
「……すごい技術、なんだろうけど……これ僕もう少しでケガするところだったのでは……」
驚くグロウ、感心していいのか怒るべきなのか複雑なヤクノジ。
生徒に危ないことはしないでください、と声を上げるグロウも意に介さず、店員はヤクノジが試着していたスーツを剥ぎ、調整し始めた。その手さばきはまさに職人技と言うべきものなのだろうが、何となく手放しで褒められないのは何故だろう。
仕立て屋が調整をしている間に、ヤクノジはグロウにネクタイの結び方を教わることにした。
制服のリボンを結ぶのとは少し勝手が違うこともあり、グロウに教えられてもなかなか上手く結べない。グロウのネクタイが綺麗に結ばれているのは、どうやら彼の日々の積み重ねらしい。
「……えーっと、こっちがこうで……?慣れるまでに時間がかかりそうだなあ」
「最初は難しいですよね。覚えるまで何度でも教えますよ」
ネクタイ練習会の間に戻ってきた仕立て屋は、調整した上着を持ってきていた。
それに袖を通せば、今度はドールにぴったりのサイズ。
続いてスーツのズボンも、仕立て屋にお願いすることにした。
一先ず制服に着替え、色々な服を見て回るグロウの後に続く。
「他の服も着てみたいんですよね?スーツ以外には何があるんでしょうか」
「着てみたい、というか……動きやすい服とか、あと薄手のコートが欲しいなって。……この間ワンズの森に行ってみたら、制服よりももう少しアウトドア向きの服が欲しいなって実感して」
グロウから問われれば、ヤクノジは自分の望みを口にした。
先日訪れたワンズの森は、森と呼ばれているだけあって草木が生い茂り、奥の方はより鬱蒼とした雰囲気を漂わせていたのだ。もっと奥に行くには、もう少し動きやすいものが欲しい。
「なるほど、動きやすい服ですか……薄手のコートは探せばありそうですね。ヤクノジさんは、どういう色が好きですか?」
「色かあ……緑色が好きです。でも真緑のコートだと目立つから……カーキくらいがいいなあ」
「……あ、これはどうでしょうか?丈が短いのと長いのがありますね、どちらが良いですか?」
そう言ってグロウが手に取ったのは、薄手のカーキ色のコート。
丈が長いものと短いもの、両方を手にしたグロウにヤクノジは目を輝かせた。
「あ!そういうやつです、そういうの!それの丈が長い方!」
早速グロウからコートを受け取り、ばさりと羽織れば思った通りのサイズ感と素材を確かめればヤクノジは満足げに微笑んだ。
「なるほど……うん、似合ってますよ!サイズは大丈夫そうですか?」
「ばっちりです!ちょっと大きい気はするけど、それくらいが丁度いい気がするし」
試しにくるくると回ってみると、軽いコートの布地はふわりと翻る。
「ふふふ、ヤクノジさんが楽しそうで良かったです。他に必要なものはありますか?帽子やアクセサリーもあるみたいですよ」
「アクセサリーまで……仕立て屋って色々あるんですね。もっと早く来れば良かった。服は少し勉強したけど、アクセサリーってまだよく分からなくて……グロウ先生は、何か着けないんですか?」
アクセサリーの飾られた一角には、華美なものからシンプルなものまで幅広く並べられていた。その多様な品々に、つい口から後悔の言葉が零れていく。
興味がなかったとはいえ、やはり一度は来るべき場所だったのだ。
今からそれを補うように訪れればいいとしても。
「私はこういうものには疎くて……それに教育実習生ですから、あまりチャラチャラした身なりはできませんね」
品物の中にはグロウに似合いそうなものも並べられていたが、どうやらそういう話ではないらしい。
その違いはヤクノジには分からないが、教育実習生というものはそういうものなのだろう。
再び戻ってきた仕立て屋から、調整されたズボンを受け取ってスーツの上下を改めて試着する。
試着室から出て、近くにいたグロウに問いかけた。
「グロウ先生、どうですか?」
「とっても似合ってます!ヤクノジさんも先生みたいですね!かっこいいです!」
「……そ、そうですか……?そう言われると、ちょっと照れますね。グロウ先生みたいな、みんなに寄り添える存在になれたらいいんですけど」
穏やかに微笑み、先生のようだと言われてしまうとヤクノジもその言葉に照れてしまう。先生という言葉はセンセーを連想するので複雑ではあるが、グロウのようなドールに寄り添おうとする存在になれるとしたら。
それはとても幸せな未来かもしれない。
そんな空想に表情を綻ばせるヤクノジとは対照的に、グロウの顔は僅かに曇っていた。
「私、皆さんに寄り添えてますかね……?そう言ってもらえて嬉しいです。ヤクノジさんなら、誰にでも優しく寄り添えると思います」
「一緒に楽しんだり、悲しんだりしてくれるから、寄り添えてますよ。少なくとも、僕はそう思う」
そんなグロウに、ヤクノジはニッと自信満々に微笑んで自分なりの精一杯の言葉を返す。
「ありがとうございます。そう思ってもらえてるなら、少し自分に自信が持てます」
励まし合って、笑い合う。
それはひどく心地よくて、心穏やかなひと時だった。
きっとこういう時間も大切なものなのだろう。
それも一人ではなく、誰かと。
日常の心地よさを、再確認させてもらった気がした。
「グロウ先生のおかげで、いい感じのスーツも出来たし、コートももらえたし。次は何して遊ぶか考えておきますね」
「ヤクノジさんのおかげで楽しかったです。また遊びに行きましょうね!」
「ふふ、僕もです!また遊びましょうね!」
そうしてお互い手を振り合って、それぞれの場所に帰っていく。
充実した気持ちと手に入れたかった服を手に、ヤクノジは足音弾ませて部屋へと戻るのだった。
#ガーデン・ドール
#ガーデン・ドール作品
企画運営:トロメニカ・ブルブロさん
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