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ヤクノジの「センセー質問です!」【交流企画:ガーデン・ドール】


自室のベッドに寝転がり、図書室で借りた本を読みながらヤクノジは昼過ぎのまったりとした時間を過ごしていた。
近くにあるペットのモルモットのケージからは、さこさこと牧草を食べる音がする。

穏やかで、まどろんでしまいそうな幸福感。
惜しむらくは傍に恋人がいないことではあるが、それはそれ。


「…………」


ふ、と。
頭を過ったものがあった。


そして、今のヤクノジにはそれをある程度探る術があった。

ならば、やってみるのも一興だ。


ベッドの傍らにあった端末を起動して、目的の声を呼び出す。


「センセー、ちょっと話をしてもいいかな?」


≪はい、何でしょうか≫

返ってきたのは、無機質な声。
最早無機質なのが個性なのかもしれないと思う程、


「……センセーはさ、卒業ってどう思う?」


センセーと、世間話がしてみたかった。

たとえその先に何もなくとも、ひたすらに体温のないものであっても。
自分たちの身近にあり、それなのに妙に遠い端末の先に、少しでも触れてみたかった。


≪どう思うとはどういうことでしょうか≫

返答は予想の範囲のものだった。
それでも構わない。
これは世間話なのだ。


卒業。
あの時の選択肢で出てきたものだ。
別にそれを選ぶ気はなかったが、自分にとっては未知のもの。


この箱庭の外に出る。


一人では寂しいかもしれないが、みんなとなら悪くないかもしれないと思えた。


「そうだなあ、生徒が巣立って嬉しいとか、居なくなるから寂しいとか。そういうことを、思うのかなって」


≪センセーは生徒の選択を尊重します≫


卒業といえば、別れ。

もしもドールが箱庭を去るのなら、センセーは来ないだろう。
センセーの元を去るのが、卒業というらしいのだから。


生徒の選択を尊重する。
如何にも生徒を見守る教師の回答といったところだ。


「そっか……例えばさ、ガーデンからいなくならなくても……ドールが成長することは?いいことだとか、悪いことだとか……思うのかな」


≪成長するのは良いことだと思います。センセーは生徒たちの成長を望んでいます≫


この返答もまあ、予測の範囲内。
ドールが何か校則に関わることをした時などの事態でなければ、センセーの発言は基本的に「善」を尊ぶものだとヤクノジは感じている。

そういう風に作られたのだとすると、モデルがいたのか、いなくとも「教師とはこういうものである」という何かしらのイメージでもあったのか。


その辺りはヤクノジには分からない。

分からないが、何かの願いを込めて作られていたのなら嬉しいと思うし、そうであって欲しいと思う。


そこまで考えて、少し悪戯がしたくなった。


「……もしもその成長が、箱庭の仕組みに反しても?」


ちらりと端末を見やって口角を上げた。

そんなことを言ってすぐに何かしらの罰が来るとは思っていない。
恐らく、もう少し明確な意思や言動があれば罰せられるのだろう。


≪その場合は相応の対処を行います≫


「だよねえ……ってことは、箱庭の仕組みに反しなければ、どんな成長でもいいのかな」


ふふふ、と笑いながらヤクノジはごろんとベッドに寝転がる。
教師の話を聞くには少々品のない体勢と振る舞いかもしれないが、センセーはそれを咎めない。
感情がないのか、それともこうしたことは咎める気がないのか。


≪ドールの可能性を広げることに繋がりますので、どのような成長でも望ましいと思います≫

その返答が、無機質な音声であっても嬉しいと思った。

ドールの可能性。
きっとそれはあるのだ。
難しい場所だとしても、それはある。
それを教えてもらえたようで、嬉しかった。


「そっか……成長して、出来ることが増えたらいいんだけど……センセーはさ、成長したドールがガーデンを運用する……なんてことが出来ると思う?」


≪一般的なドールはそのプログラムを所持していませんので不可能です。ガーデンを運用するのはセンセーの仕事です。プログラムを持たないドールがガーデンを運用しようとする場合、ガーデンの運営を阻害する行為と見なして廃棄処分になる可能性が高いです≫


世間話の延長で尋ねた。
返答は、半分想定内、半分想定外。

恐らく、この問いを実行するならばそうした結末になるだろうと思っていた。
それでも、全く出来ないわけではないというのは想定外。

つまりは、一般的なドールでなければ可能ということ。
プログラムを持つドールなら、可能ということ。


とはいえ、あまりそこを深く突っ込んで聞くのは危ないという感覚があった。


「……じゃあ、プログラムを持っていればいいのか……なーんて、ごめんねセンセー変なこと聞いて。センセーの手助けになれたらいいなって思ったんだよ」


≪センセーはたくさんいるので問題ありません≫


考えるのを一旦切り上げ、端末ににこりと微笑みかける。
その必要性がないとしても、気持ちの問題というやつだ。

それに、そうした気持ちがゼロではない。
ガーデンには様々なドールがいて、一般生徒も出入りする。
運用の手助けとまでは行かなくとも、何かしらドールに出来ることがあればその方がいい。

どうやら、その必要もないようだが。


「まあ、確かにそうなんだけどさ。……日頃お世話になってるから、聞いてみたかったんだ」


≪話はこれで終わりですか?≫

「うん、終わり。……話を聞いてくれてありがとう、センセー」

≪ガーデンはキミが優等生であることを願っています。それでは失礼します≫


声と共に、端末の画像が消える。
センセーとの世間話は、これでおしまい。


でも、出来るならこれからも話してみたい。
それが何故なのか分からないけれど、分からないからこそ、なのかもしれない。


「……うん、ありがとう。センセー」


真っ暗になった端末の画面に向かって、小さく礼を言う。
どこか寂しい気持ちになるのは、センセーとの世間話がつまらなかったからではない。
もっと何か、上手く言葉にならない何か。


情なのか、と聞かれればそれも分からない。
これも、センセーや人型教師AIのアルゴに関わっていけば分かるのだろうか。

……多分、よりよい道が欲しいのだ。
今よりもっと、善いと思える道が。



#ガーデン・ドール
#ガーデン・ドール作品
企画運営:トロメニカ・ブルブロさん


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