溶けない願い、消えない想い。【交流企画:ガーデン・ドール】
学園祭。
ガーデンのグラウンドにはステージが設営され、あちこちにドールの個性豊かな出店が出来ている。
機構魔機構獣という厄介なマギアビーストは出ているものの、心地よい賑わいがガーデンにはあった。
「さーて……頑張りましょうねヤクノジさん!」
「そうだね、リラちゃん」
そして、ヤクノジとリラもまた出店の準備をしていた。
ヤクノジとリラが出すのはわたあめとフルーツ氷の屋台だ。
わたあめは様々な色や形のバリエーションを出し、フルーツ氷は一口サイズで凍らせたフルーツをごろごろと器に盛って提供する。
「ヤクノジとリラのあまあま屋台」という屋台の名前は少々気恥しいが、リラが名付けてくれたものでそれを変えようとする気はヤクノジにはない。
出店の支度をしながら、ヤクノジの頭を先日の自覚が度々過る。
己の恋情や愛情の中にある、危険な種。
そうした感情を持っていれば、必ず抱えることになる危害の種。
自覚しても、自覚しなくてもそれが芽を出し、想う相手を傷付けるのだと分かってしまった。
「あのさ、リラちゃん」
「はい、どうしました?」
「……何でもない」
どう話せばいいのかが分からず、もごもごと言葉を濁した。
こういう振る舞いも、本当は良くないのだと知っている。
それでも、伝えるべき言葉がまだ見付からない。
「何でもない、じゃなくて……なんて言ったらいいのか分かんない、んだよね。ちょっと待ってて」
ごめんね、とヤクノジが謝ると、リラは首を傾げた。
それもそうだ。今までこうした振る舞いをしてこなかったのだから、不審に思われて当たり前だ。
「ヤクノジさん?」
「違うんだよ、悪いこととか、良くない話じゃなくて……本当に、僕の中でまとまってないだけだからさ」
少し心配そうな顔をするリラに、柔らかく笑ってみせる。
それも今までにないことの筈なので、笑ってもリラの不安が晴れるわけではないのだろうが。
早くこの感情を言語化してしまわなければ。
こうして不安を与えてしまうことそのものが、良くないのだ。
出店の準備を終え、練習したとはいえこの場所でもしっかりと作れるだろうかとわたあめを作る。
様々な色があり虹色にも出来ると知った時には珍しくワクワクしてしまって、その勢いでリラに出店を提案したのだが、わたあめ作りは案外性に合っているようだった。
機械の調子を確かめるついでに作った小さな虹色のわたあめをひとつまみして、果物の下準備をしていたリラの口に放り込む。
柔らかなわたあめの甘さにリラの顔が綻んだのを見ると、ヤクノジの心も綻んだ。
恋愛感情の裏に必ず芽生えるものを自覚したからこそ、リラの笑顔が眩しい。
恋人のこうした表情は眩しい筈なのに、愛おしい筈なのに、どうしてそれが危害に結びつくのか。
間違いだ、傷付けるものではないと考えなくとも分かるのに、それと同時にその衝動そのものが分かってしまう自分がいる。
これは思いの外、難しい。
同じ感情の存在を理解してくれるドールは思い浮かばず、図書室の本にも手助けになりそうなものがあったかどうか。
打開するには複雑に絡もうとする感情をどうにか解き、リラに自分の言葉で伝える以外にはないのだろう。
けれど言葉はあれこれと見付からず繋がらず、ヤクノジの頭の中で散らかるばかり。
「……ヤクノジさん、お店の準備も出来ましたし……少し座りませんか?」
出店の飾り付けも終えたリラの言葉に、こくりとヤクノジも頷いて出店の傍らに植わっていた木の根元に座り込む。
リラもヤクノジの隣にすとんと腰を下ろし、まだ残っていたわたあめを摘まんでヤクノジの口元に運んだ。
「最近、何か考え事してますよね」
「うん……考え事っていうか、困りごと?何て言えばいいのか、ちょっと分からなくて」
「困りごと?」
「気付かないといけないけど、気付いたら苦しくなる……みたいなことだからね」
「?」
またも首を傾げるリラに、ヤクノジも困ったように眉を下げる。
本当ならば、こんな顔もさせたくないのだ。
片手を伸ばし、小指の先だけを絡めるように手を繋いで、ヤクノジはぽつぽつと言葉を紡いだ。
「僕からは、というか……もしかしたら、『俺』も、ちゃんとリラちゃんに告白とかしてない気がして。いきなり、ねだったような気がするし」
「?」
「だから、」
ヤクノジはそこで言葉を切った。
そして互いの小指を絡めるだけでなく、そっと手を重ねるように繋いだ。
恥じらいと不安が滲む表情で、こてんとリラに向けて小首を傾げる。
「リラちゃん、好きだよ。大切で、愛おしくて……何処までも一緒に歩いていけたらなって思うんだ。そういうのも僕のワガママかもしれないけど……リラちゃんに寄り添って、手をつないでいたい」
ぽつぽつと、丁寧に自分の気持ちを言葉にしていく。
ひとつひとつ取り零さないように。
「でも、そういう気持ちを持つ度に、怖いことも自覚しちゃって」
「誰かを好きになるってことはさ、危ないことなんだって……危ない気持ちを抱えることなんだって気が付いたんだ。……ククツミちゃんの記録映像を見た日に。僕にもそういう、一歩間違えたらみたいなものの……種みたいなものがあるって」
今度は、意を決したように指を絡めて繋いだ。
しっかりと、強い力で。
それでも、リラに痛みを与えることを恐れるように。
「そうならないように気を付けたい。でも、もし僕が危ない感じになったり、リラちゃんの嫌なことをしようとしたら、全力で止めて欲しいんだ。やってしまう前に、僕を叱ってほしい。リラちゃんを傷付けることが、何よりも怖いんだ。……傷付けるのは、コアをもらったあの時を最初で最後にしたいし」
リラを傷付けたくないのは本心だ。
それでも、リラのコアを望んだのは誰にも奪われたくなかったから。
だから、リラを傷付けるのはあれが最初で最後。
そういうことにしたいのだ。
「こういう時に、こんな話して……良くないかなって思うんだけど、やっぱりその……こそこそ抱えてる方が、悪い状態になりそうな気がして。リラちゃんが悲しむ可能性を、僅かでも減らしておきたいんだ」
「いつも傍にいてくれてありがとう、リラちゃん。リラちゃんが色々受け入れてくれたから、僕が僕でいられてる。でも、リラちゃんが受け入れるばかりも多分違うんだよね。僕もリラちゃんの色々を受け止めて、その上でしっかりリラちゃんを見ていないと……何かがあった時に、困ったことになるんだと思う。僕は『俺』に比べて、頼りないのかもしれないけど……これからも、よろしくね」
やっと胸につかえる不安を言葉にしたことで、ヤクノジの顔にいつもの穏やかさが戻る。
自分に生まれた危険なもの。それと向き合う力は、やはり隣にいる恋人の存在なのだろう。
「きっと、私が『大丈夫ですよ』って言っても……ヤクノジさんの不安は消えないんですよね」
リラは困ったように眉を下げる。
それが難しいことなのだというのは、リラにも分かるのだろう。
それでも話を聞き、不安を不安として受け止めてくれる。
ヤクノジの自慢の恋人は、やはり美しい強さを持っていた。
「ヤクノジさんが落ち込んでいたら励ましますし、危ないことをしようとしたら止めます。私に酷いことをしそうになったら、そんな気持ちが吹き飛ぶくらい……戦います。私が戦えるように鍛錬しているの、ヤクノジさんも知ってるでしょう?」
「みんなより小さい私ですが、戦いにおいてはヤクノジさんにも負けない自信がありますよ?」
リラは悪戯っぽく笑って、そんなことを言う。
その眩しい笑顔と、芯のある言葉にふっとヤクノジの表情も緩んだ。
迷いなく告げてくれることが。
真っ直ぐな気持ちを告げてくれることが。
何よりも強く。
何よりも愛しい。
これだけで、「大丈夫だ」と思える。
それだけで、「怖くない」と思える。
心に掛かっていた靄はやわらかく解け、危険な種も穏やかな眠りにつく。
この靄や自覚してしまった加害の種に、再び牙を剥かれる可能性はあるけれど。
それでも、それに向き合えると信じられる。
氷のように溶けず、
わたあめのように消えない。
二人の出店のメニューは溶けて消えるようなものだけれど。
笑い合う二人を繋ぐ糸は、より一層強くなった。
#ガーデン・ドール
#ガーデン・ドール作品
企画運営:トロメニカ・ブルブロさん
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