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NORIKIYOさん逮捕の報道を契機に考える、日本におけるコンパッショネートユース

先日、ミュージシャン・ラッパーとして知られるNORIKIYOさんが大麻取締法違反により逮捕され、収監されるとの報道がありました。報道(*参考1)によると、重症筋無力症という持病があり、体調管理目的で、自身で使用するために大麻を栽培・所持したことが逮捕につながったようです。西洋医学ベースの標準治療が合わず、なかなか症状が良くならないために代替医療的な手段を模索することは、がんや痛み・アレルギーなどの難病分野でもよくあることですが、その手段が法律に違反していたという場合、どのように考えれば良いのでしょうか。

苦しみは本人にしか分かりませんし、この事件の是非について、私たちがジャッジできることは何もありません。しかし、複数の報道を見て(*参考2)、欠けている点があると感じたため、今回の記事を書くことにしました。それは コンパッショネートユースという観点です。日本における「大麻という薬草」の医療利用のあり方について、考えるきっかけになれば幸いです。


コンパッショネートユースとは?

標準的な治療が合わなかった場合に緊急的かつ、代替的な治療を選択することを「コンパッショネートユース(Compassionate Use)」と言います。「思いやりのある治療法」を意味し、生命に関わる疾患や身体障害を引き起こす恐れのある疾患を有する患者の救済を目的とし、他に治療法がない等の限定的状況において、未承認薬等の使用を認める制度のことです。

よく知られる事例として、アメリカでAIDS患者たちが大麻という薬草をコンパッショネートユースとして求めた動きがあります。この要望により「1996 California Proposition 215」という法案が通過し、カリフォルニア州では医療目的で大麻を入手・所持・使用することが違法でなくなり、処罰の対象から外れたのです。これがアメリカの多くの州で大麻合法化が進むきっかけとなりました。(*参考3)

日米における、 コンパッショネートユースとしての大麻

実はアメリカ合衆国における大麻の法的な扱いは、矛盾を抱えています。連邦法の規制物質法では、高THCの大麻(いわゆるマリファナ)は現在も、ヘロインやLSDと同じくスケジュール1に分類されており、医療用途価値はなく、乱用の可能性が大きいとされています。にも関わらず、28の州とワシントンD.C.は大麻の医療目的での利用に関する独自の法を制定し、16 の州がカンナビジオール (CBD) に特化した法律を制定しました(2023年7月現在)。アメリカはこうした法的な矛盾を抱えながらも、大麻という薬草を体調管理や医療目的でも使用する人が大勢いるという実態があり、すでに大きな市場にもなっています。この乖離を埋める意味でも、「コンパッショネートユース」という考え方が大きな役割を果たしています。

一方、日本では大麻に関する厳罰化政策を長年継続しています。そのため、使用実態が少なく、必要性が理解されづらいという問題があります。コンパッショネートユース自体についての議論はありますが、あくまで一般的な未承認薬に関するものであり、大麻という薬草がその対象になるためには様々なハードルがあります。今後、品質規格などが決まり、医薬品として認められるような動きがあれば別でしょうが、現状は難しいと言わざるを得ません。(*参考4)

慎重にならざるを得ない現実

以上のことから、私たちはコンパッショネートユースとして「大麻という薬草」を利用することについて、慎重にならざるを得ないと考えています。現在、最大のリスクは所持・使用による逮捕です。しかし、それ以外のリスクやデメリットがあることもお伝えしておきます。それは体調悪化のリスクです。医師や医療者の協力が得られないまま、自己判断で大麻を使用すれば、薬の相互作用などにより病気が悪化することや、誰にも相談できないまま、標準治療を遠ざけてしまうことなども考えられます。この点については、アメリカでも「大麻由来製品が患者に及ぼす影響は評価して、使用を継続するかどうか患者と医師が一緒に判断する必要性がある。」(*参考5)と訴えられています。最優先に考えるべきは患者の安全であり、本来は医師や医療者とともに慎重に検討できることが望ましいのです。

繰り返しますが、NORIKIYOさんが逮捕や体調悪化のリスクを承知の上で、大麻を栽培・所持する選択をしたという意志は尊重すべきであり、他人がどうこうジャッジ出来ることなどありません。しかし同時に、違法下で「大麻という薬草」を使用するリスクやデメリットが語られないまま、ある種の美談として、「大麻解禁運動」に利用される現状には大きな違和感を覚えます。大麻という薬草の利用を真剣に考えるのであれば、病気で困っている人の期待を無責任に煽るべきではありません。

参考

1:熊本日日新聞 有名ラッパー、後悔の詞 【法廷で】

2:KAI-YOU Premium 「後悔も反省もしてない」逮捕・収監されたNORIKIYOが放つラップという弾丸

3:University of Michigan Proposition 215: De Facto Legalization of Pot and the Shortcomings of Direct Democracy

4:医薬品のコンパッショネート使用制度(CU)東京大学大学院薬学系研究科医薬政策学 寺岡章雄 津谷喜一郎

5:Hospital Policy Considerations Regarding Medical Cannabis Use

2023 07/26


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