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#山尾三省の詩を歩く 8月


夏の朝
                      
     山の上の空が
     しん と澄み
     きょうも 上々のお天気である
浜木綿(はまゆう)の真白の花が
     その青空に
     匂うように咲きだし
白木(む)槿(くげ)の花も
     凛々と
     その青空を 讃えている
白い花たちと
     子供たちの無垢の希望と わたくしと
     すべてのことは 同時同行
山の上の空は
     しん と澄み
     ただここに ひたすら在(あ)ればよいことを 伝えている

『五月の風』(野草社)

 山尾三省が住んだ、そして私たちが今も住んでいる白川山集落は夏が最も過ごしやすい季節だ。一湊集落から山の方へ4キロほど入って標高が幾分高いのと、谷川がそこらじゅうを流れ下っているおかげで、夏はどこよりも涼しい(と私は思っている)。家の温度計が昼間に30度を越えることはほとんどない。そして朝晩の涼しさ。夏が極まれば極まるほど夜は寒いほどに涼しくなる。
 そして朝のすがすがしさは格別である。この詩のように山の上の空がしんと澄んで、良い天気で暑くなることはわかっているが、肌に触れる空気は清涼で気持ちが良い。今日も夏らしい一日が始まることを素直に喜べる朝だ。
そして、夏休みが始まれば、何ものにも代えがたい解放感を伴った朝になる。子ども達は今日も川で泳ぐぞと思い、うなぎの仕掛けのことや餌にするかじかのことなどで頭はいっぱいだ。
 その背後に白い浜木綿の花が咲き、白い木槿の花が咲いている。
 そして、私たち大人もあっという間に過ぎてしまう黄金の季節を逃すまいと夏の空を見上げるのだ。

 屋久島の夏の朝の澄みきった青い空は希望である。
 地球環境は悪化の一途をたどり、格差社会もどんどん進むばかり。ロシアのウクライナ侵攻から、台湾情勢など戦争の足音さえ聞こえてくるような日々だ。
 人間はどこへ進もうとしているのか……そんな状況の中でも、屋久島の夏の朝の空を見上げ、その清涼の気を吸うと、まだ希望はあると思えてくる。自然はこんな愚かな私たち人間にさえ、ありのままである。静かにここに在ればいいと素直に思わせてくれる。

…………
山尾 春美(やまお はるみ)

1956年山形県生まれ。1979年神奈川県の特別支援学校に勤務。子ども達と10年間遊ぶ。1989年山尾三省と結婚、屋久島へ移住。雨の多さに驚きつつ、自然生活を営み、3人の子どもを育てる。2000年から2016年まで屋久島の特別支援学校訪問教育を担当、同時に「屋久の子文庫」を再開し、子ども達に選りすぐりの本を手渡すことに携わる。2001年の三省の死後、エッセイや短歌などに取り組む。三省との共著に『森の時間海の時間』『屋久島だより』(無明舎出版)がある。