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#山尾三省の詩を歩く 2月

  夢起こし ——地域社会原論——  

わたくしは ここで夢を起こす
どんな夢かというと
大地が人知れず夢みている夢がある
その夢を起こす
大地には 何億兆とも知れぬいきものの意識が そこに帰って行った深い夢がある
その夢は椎の木
その夢は小麦
その夢は神
わたくしは ここで夢を起こす
無言で畑を起こす一人の百姓が 一人の神であることを知り
無言で材を切る一人の大工が 一人の神であることを知り
無言で綱を引く一人の漁師が 一人の神であることを知って
わたくしもまた 神々の列に加わりたいと思う

わたくしはこの島で 夢を起こす
地球上だけでなく 宇宙の何処まで行っても ここにしかないこの島で
地球ながら宇宙ながらに 足を土に突っこんで
その深淵をのぞきこみ
そこに究極の光を見たいと思う
わたくしは ここで夢を起こす
どんな夢かというと
竹蔵おじが死に 松蔵おじが死に ウメばいが死に リュウばいが死んで行った
その大地が
人知れず夢みている夢がある
その夢は船
その夢はばんじろう
その夢は神
わたくしは 人々と共にここで夢を起こす
その夢はしんしんと光降る静かさ
その夢は深い平和
その夢は 道の辺(べ)の草

わたくしは ここで夢を起こそうと思う

                            『びろう葉帽子の下で』(野草社)

「夢起こし」は三省さんが屋久島に移住してまもない頃の作品だ。
『びろう葉帽子の下で』の初版は屋久島移住10年の節目に出されたから、少なくとも10年以内の作品である。
屋久島に移住して、これから自らの自己実現の道を歩むという喜びの中で創られている。
畑の土を起こすという慣れない仕事をしながら、自分の夢を起こしていると身震いするような喜びの中にいたに違いない。
その心の震えが伝わってくるようだ。
「その夢は椎の木、小麦、ばんじろう、船、神」と畳みかけるような言葉たちが読む者の心も震えさせる。
その夢は人間を含めたたくさんの生きものが夢見た夢……大地が夢みている夢……。
しんしんと光降る静かさそのものが夢であり、深い平和という夢でもある。
道の辺の草自体はもう実現している夢なのである。
竹蔵おじや松蔵おじやウメばいやリュウばいも、もしかしたら実現していたかもしれない夢である。
地位や権力や名誉などとは無縁なものだけが実現できる夢であるかもしれない。
自分も名も無い人やものの系譜に繋がるということに興奮しているようにも見える。
後年の三省さんなら、「神」ではなく、「カミ」と書いただろう小さなカミに繋がる夢である。
晩年、新しいアニミズムというという思想を遺した三省さんは、この時すでにアニミズムという思想の芽を育んでいたのだなあと思う。
ロシアのウクライナ侵攻から、日本を含めて世界は戦争への不安に晒される時代を迎えているが、私は人類がもしアニミズムをもっともっと深めていくことができれば、「深い平和」への道は残されているに違いないと思っている。
なぜなら、アニミズムは人間優位の思想ではなく、万物が平等に価値あるものとする思想だから。
人間以外の生きもの、あるいは地球という生き物を傷めつけて、自らを省みない考えとは真逆の思想だから。
万物にカミが宿るという思想は、他者を殺害し、自由を迫害する戦争を許さないからである。

アニミズムの「深化」が今こそ希望であると私は考えている。
…………
山尾 春美(やまお はるみ)

1956年山形県生まれ。1979年神奈川県の特別支援学校に勤務。子ども達と10年間遊ぶ。1989年山尾三省と結婚、屋久島へ移住。雨の多さに驚きつつ、自然生活を営み、3人の子どもを育てる。2000年から2016年まで屋久島の特別支援学校訪問教育を担当、同時に「屋久の子文庫」を再開し、子ども達に選りすぐりの本を手渡すことに携わる。2001年の三省の死後、エッセイや短歌などに取り組む。三省との共著に『森の時間海の時間』『屋久島だより』(無明舎出版)がある。