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山を知らなかった長野県民の話②~観光客から登山者へ~ [弘法山(神奈川)・高尾山・入笠山]

 山を意識し始めて最初に登ったのは、神奈川県の「弘法山(こうぼうやま)」。友人から誘われたこの山は桜の名所として知られており、実際に多くの人々が訪れていた。山の難易度自体は、サンダルのような軽すぎる服装をしなければ、ハイキングのような感じで登れるものだ。

 しかし難易度は低くとも、山への興味が高まってから初の山登り。登山道に入った時「登山動画を投稿していた先輩たちも、こうやって山に登り始めたんかなぁ」と、少し感慨深くなっていた。歩くペースなんてちっともわからなかったが、一歩一歩踏みしめるように歩いた。

 弘法山に辿り着く前に、権現山(ごんげんやま)の山頂でお昼休憩。桜の木の下で、多くの人が食事を摂っていた。私は家で作ってきたおにぎりを食べた。「登山といえばおにぎり」という考えがあったので、早起きして作っていたのだった。

 周りからはワイワイと賑やかな声が聞こえ、お肉を焼いている匂いなんかも漂ってくる。ここにいる人みんながここにいることを楽しんでいる、そんな気がして私も楽しくなった。

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【権現山山頂。展望台からの景色が綺麗】

 弘法山へ行った翌日、今度は県外から遊びに来ていた友人から「高尾山に行きたい」と言われ、再び高尾山へ。

 2日連続で山へ繰り出すことなどなかったので、この時点で今年は何かが違うかもという予感がしていた。

 縁結びのお守りを友人と一緒に買い、付属されていたお札を納めるためにまた一緒に高尾に来なきゃねという話をしていた。帰りは、今まで通ったことのなかった4号路を通ってみる。「もっと色んなルートを通ってみたい」という気持ちが膨らんだ。

 思えばこの2日間で、私はもうだいぶ登山に魅せられていたのだと思う。

 実際に山に登ってみて、今持っている靴に不安を感じた私は、用事ついでにららぽーとに立ち寄ってみた。そこには複数のアウトドアショップが入っており、良い靴に出会えるのではと思ったのである。

 そこで、デザインも気に入った靴を一足購入。9000円近くするものをほぼ即決で買ったのは初めてである。ちなみに、ここで買ったのはハイカットの本格的な登山靴ではない。まだ自分が、そこまで真剣に登山にハマっていくかわからなかったからだ。

 それでも、この日買った靴からこの先の登山に思いを馳せ、かなりワクワクしていたのを覚えている。


 その靴を履き、数日後に私は、再び高尾山の登山口にいた。今回は、6号路という川沿いを歩いていくコースだ。途中には沢の中を歩く箇所もある。それまでは、メジャーな1号路からしか登ったことがなかった。

 6号路は1号路と違い、飲食店や神社などの観光名所はなく、登山をしているという感覚が強くなる。体力にさほど自信もなかったので、登り切れるか少し不安であった。ケーブルカー乗車口を横目に、更に奥へと進んでいく。

 普段着やペット連れ、スカート姿の人すらいるエリアから離れ、徐々に本格的な登山ウェアを着た人々だけになっていく。それが、観光客から登山者に移り変わっていく最近の自分の様子と重なった。やがては、ああいうウェアを身に着けるようになるのだろうか、そして、いつかは高尾山を出て、別の山にも登るようになるのだろうか。そんなことを思いながら、6号路に足を踏み入れた。

 6号路は今でも高尾山の中で私が一番好きなコースだ。最初はひたすらなだらかな道で山の奥へ入っていき、体を慣らしながら木々生い茂る雰囲気を味わい、高揚感を帯びてくる。そして体が温まった頃に徐々に傾斜が増し、沢登りもこのあたりで始まる。それが終われば、ひたすらに階段が続き、「もうこれ以上は本当に無理っ!」となる直前でその階段が終わる。階段を終えた達成感を味わえば、山頂まではあとわずか。

 山頂に着いた時、この日は富士山がとてもくっきりと見えていた。ちなみにこの6号路終盤の階段、この日は何度も立ち止まりながら登ったが、数か月後に再び登ってみた時にはノンストップで登りきることができていた。いつの間にか、登り方を覚えていたようだ。
「このコース好きかもしれない」と思いながら、帰路についた。

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【高尾山 6号路】

 後日、稲荷山コースや3号路など、更に別のコースへも足を踏み入れるようになる。もう、他の山へ行ってみたいという衝動を抑えるのは不可能になっていた。登山動画において、登山用具のうち、まずは何があっても登山靴だけは他で代用できないから買えと言われていた。私は、以前は買うのをためらった登山靴をついに買うことにした。

 登山靴を選ぶ際、「どちらの山へ行くことをお考えですか?」と問われ、私は「いずれは燕岳(つばくろだけ)とか…」と答えていた。燕岳は、母が中学生の時に学校行事で登った山で、よくその思い出を聞いていた。中学という体力がかなりあった頃でも、そこに登るのは辛かったと。

 登山動画においても燕岳へ登頂した動画は数本投稿されており、「綺麗だなぁ、行ってみたいかも」と思っていた。技術はそこまで必要ないが、合戦尾根(かっせんおね)と呼ばれる非常に長く続く急坂を擁しており、よほどの体力がない限り宿泊が必要となる。私は勝手にその山をアルプスの初級編と位置づけ、いつしか、そこへ登頂することを登山の一つの通過点として捉えるようになっていた

 そんな本格的な登山靴を履いて、最初に挑むのは、長野県にある「入笠山(にゅうかさやま)」である。大学でお世話になっている先生から勧められた山。ちなみに、長野にいる親族や友人に「入笠山って知ってる?」と聞いたところ、誰も知らなかった。県外の人から県内の山を教わる…もしかしたら、長野県民あるあるかもしれない。

 話を戻すが、入笠山はゴンドラで標高1780mあまりまで登ることができ、すでにそこからの景色も素晴らしい。目の前に八ヶ岳が広がり、下に雲が見えることもある。大地が少し丸まって見えて、「やっぱ地球って丸いんだね」と同行した母と話していた(目の錯覚かもしれないが)。燕岳以来山から遠ざかっていた母も、その景色に感嘆していた。

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【入笠山。ゴンドラを降りたところから見える景色】

 そんな景色を堪能したあとは、1時間ほど登れば、1955mの山頂にたどりつける。その途中には、たくさんの花の名所がある。実は入笠山は、花の百名山に数えられている。特に、入笠湿原という広い湿原には、季節によって様々な花が咲いている。私たちが訪れた時期には、たくさんのスズランが咲いていて、私も母も写真をたくさん撮っていた。

 途中、やや急な箇所もあったが、山に慣れていない我々でも通過できた。いくら山の外観は見飽きている長野県民でも、山の中の景色は新鮮だ。白っぽい土、岩場…近所の裏山とは違う山道を味わいながら、上へ上へ登っていく。

 山頂は、晴れていれば360度のパノラマだったのだが、この日はあいにく真っ白であった。雲の流れによってはたまに下の景色が見えるので、それを見ながらおにぎりをかじっていた。私は、晴れていれば雄大な景色が見れるような高い場所に来ている、その事実だけで高揚していた。母も「入笠山だったらまた登りに来たいなぁ」と言っていた。この山は、良い。富士見駅で、初めて土で汚れた登山靴を眺めながら、充実感に浸っていた。

 この入笠山登山で、今後自分が登山を続けていくことにすっかり疑問を抱かなくなっていた。松本パルコの好日山荘で、友人と「これ派手じゃねwww」と騒ぎながら、真っ赤なレインウェアを買った。

 ちなみに、登山三種の神器は、登山靴・レインウェア・ザックである。ザックとは要するに登山用リュック。この時点ではまだザックを購入していなかったので、「どれ買おっかな…」と思いながら登山ブランドの店を回っていた。

 そして、出会ってしまった。運命のザックに。バスタ新宿からエレベーターを降りたところにあるL-Breath(わかる人にはわかる)の店内に貼られていたポスターに、そいつは載っていた。黒地だが、縦に虹色のラインが一本入っている。その主張しすぎない、可愛さとカッコよさが共存したデザインに一発でやられてしまった。一目惚れだった。脳内でPrisoner of Loveが鳴り響いた。宇多田ヒカルが歌いだした。

  登山動画で、ドイターやミレーなど、快適で背負いやすいブランドを使った方が良いと散々先輩たちが言っていた。それでも、それでも、こいつのデザインが頭から離れなかった。背負い心地は劣るかもしれない。それでも、どうしてもこいつと登りたかった

 「必ず実際に試着して背負い心地を確認してから買え」という先輩たちの言いつけだけは守ろうと、実際に売られている店を調べた。Chumsというブランドのものなのだが、ザックに関しては直販店でなければなかなかお目にかかれないらしく、表参道へ直行した。そこでの店員さんの一言に、背中を押された。

店員「結局ねー、デザイン気に入ってないと、登っててテンションが上がらなかったり、大して使わなかったりするんですよねー。」
私「……………ですよね!!!!!!!」

 このザックを背負っただけでテンションが上がる自分が容易に想像できたので、購入を決定した。店員さん商売上手。でも感謝してます。

 お気に入りのザックとともに、どこへ行こうか登山動画を見ながら考えていた。夏はアルプスへ挑むことが多いようだ。だが、私はまだ燕岳に挑戦できそうな体力もないし……。そんな時に偶然目にしたのが、乗鞍岳の動画だった。


続く

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