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山を知らなかった長野県民の話⑩ ~塔ノ岳 大倉尾根往復~

塔ノ岳 大倉尾根。

そう聞いてピンとくる人はピンとくる。

大倉尾根は、”バカ尾根”なんて呼ばれたりもしている。


神奈川県の丹沢山域にあるそのコース。

標高差およそ1200m。

その道中は遊びがなく、ひたすらに登りが続く。

やたら長い階段が終わったかと思ったら、今度は石がゴロゴロある登り坂を登り、それが終わればまた階段。

階段が終わったと思ったら階段が現れる。

冗談かと思うくらいに。

基本的にあまり平坦な道がない。とにかく登る。

バカみたいに登りが続く」から、”バカ尾根”。

あまりにひたすら登りが続くもんだから、登山をする上での体力を測る「マイペース登高能力テスト」にちょうど良いコースとして勧められているほど。



私は、登山動画でそんな尾根があると知った時、

「そんなドMルートなんて一生縁ないわ~~~~www」

と笑っていた。

その動画のコメント欄には「バカ尾根往復とかやろうと思ったことすらないわ」「体力の鬼すぎる」「ドMの所業」という趣旨の言葉が並んでいた。

私の職場には丹沢によく行っている先輩がいるが、塔ノ岳は表尾根縦走は何度かしたことがあっても「バカ尾根往復は絶対やだよw」と言っていた。

私だけでなく、大倉尾根往復を避けようとする人は多いのだ。


なのにどうして私は、大倉尾根往復の登山記を書いているのだろう。

いや、登っちゃったからなんだけど。

そりゃそうなんだけど。



なんて言うか、「無理」「キツイ」と言われ続けた結果、逆に興味がわいてしまったというか……

「他人がキツイというものに、自分はどれだけ食らいつけるのだろうか?」

という疑問が頭から離れなくなった、という言い方が近いかもしれない。

初心者ながら、いっちょまえに、自分の力と登山への熱を試したくなったのだと思う。


登ったのは2020年。コロナ禍1年目。

登山を始めて2年目の夏なんて、もう登山にも徐々に慣れてきて色んな山に行きまくりたい時期ではないだろうか。

私は長野出身。生まれ育った場所にコロナを持ち込みたくないと思い、登山1年目の時には「絶対に来年は行くぞ!!」と決めていた北アルプスに、結局行くのをやめた。

だからこそ、代わりとなる目標の山が欲しかったのだと思う。


他の山でトレーニングをしつつ、大倉尾根の下調べをする。他の人が書いたブログや登山記を読んだが、登った人の悲鳴の数々に笑ってしまった。

登り続ける以上荷物はあまり重くしたくなかったが、それなりに気温が上がることが予想され、コースのきつさから考えるといつも以上に体力を消耗する可能性が高い。水分や行動食も増やした。

どうせ下山で足がガクガクになるだろうと、トレッキングポールを持参。また、丹沢地域はヒルがいることで有名。ゲイターで足を守りつつ、思い切ってヒル対策のスプレーを買ってザックに入れた。


当日。

なるべく行動時間に余裕を持たせたかったので、死ぬほど苦手な早起きをする。

小田急線「渋沢駅」からバスで「大倉」バス停まで乗車。

空の色は青く、気温は若干暑いが苦になるほどではない。バス停の周りには秦野ビジターセンターがあり、カフェやお土産屋さん、丹沢地域の情報が展示された施設などがある。トイレや水道もあり、まさに登山の玄関口といったところ。

トイレの裏にベンチがあり、そこでゲイターを付けたり、気温に合わせてレイヤリングを調整したり、ヒル対策のスプレーや日焼け止めを塗ったりして準備。普段以上に念入りに体操をして出発した。

道の脇にある家や林に丹沢の麓の雰囲気を感じながら数分歩くと、大倉尾根の看板があった。

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こんな空の青い日に大倉尾根往復に挑めるなんて、登山冥利に尽きるじゃないか。思わずヨダレが枝垂る……なんちゃって。でもそんな風に、私の目はギラギラしていたと思う。

少し進むと、砂利だらけの道になる。雨が乾ききっていないのか若干濡れており、しかも少し傾斜のある道だったので「これは下山が怖いなぁ」と思いながら登った。

時折小屋や景色が開く場所はあるものの、大きな変化やドラマのある道ではない。淡々と登る。


楽しい。わくわくした。

淡々と登りが続く。それは確かにきついかもしれない。それでも、私にとっては未知の山の中をひたすら歩ける、それだけで好奇心が刺激された。

滴る汗をタオルで拭う瞬間が好きだった。自分の頑張った証拠を拾い集めているような気がして。

息や心拍数が上がっていく感覚が好きだった。身体を隅々までフルに使って、全身で生きているような感じがして。

小屋では毎回休憩した。気持ちを落ち着けて、自分のコンディションを確認する。体力や関節、空腹具合など、自分が知らず知らずのうちに無理をしすぎていないか確認する。


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駒止茶屋ではブンブン飛び回る何かしらの黒い虫をたまに避けながら麦茶を飲む。普段生活をしていてこのサイズのペットボトルを飲み干すなんてなかなかないが、特に暑い時期の登山だと割とあっという間になくなる。それがちょっと嬉しかったり。

さらに、事前に出していた登山届に記載したスケジュールから遅れをとっていないか確認。今のところ巻くことができていた。「だったら、無理して急がなくて良いな」そういう心の余裕ができた。

下山時に真っ暗になってしまうのが怖いので、自分がどれくらいのペースで来れているのかは登山中に結構気にする。

何回か登山を重ねていくと、標準のコースタイムに対して自分がどれくらい速いのか/遅いのかが分かるようになってくる。そうすると、より正確なタイムスケジュールを組みやすくなる。

私はCompassというインターネットで登山届を提出できるアプリでスケジュールを組んでいるが、そのアプリのコースタイムの0.8倍くらいの速さでいつもだいたい歩いている。休憩時間がつい伸びてしまったり、苦手な下りで手こずったりすると結局コースタイム通りくらいになったり…ということもあるが、ペースがいつもより速すぎないか/遅すぎないかが分かってくるので、自分のタイムを把握しておくのも大事だと思う。

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【綺麗な蝶を発見✌️】


徐々に景色が開き始める花立山荘付近。

ここまで来るとだいぶ足の疲れも出てきた。登りが楽しい楽しいとは思っていたが、「さすがにそろそろ穏やかな道になってくれてもいいよ…?」という気持ちになってくる。

それでも登りが終わらないのが大倉尾根なのだが。

そして、気づいてしまった。麓では青かったはずの空が、この辺りから明らかに白くなり始めていた。「くそ……まじか……」せっかく登ってきたのに、塔ノ岳の美しい眺望が遠のき始めた。

富士山、相模湾……あぁ、行かないで……。

ほとんど景色が真っ白になったところで花立山荘のベンチに座る。カロリーメイトで補給をして、地図を確認。「山頂までもう少し……と言うほどには少しじゃないけど、とりあえず少しということにしておこう…」そんな風に若干自分を騙して行動再開。

ひたすらに目の前に出てきた階段や岩を踏んで登るだけの修行になりつつあった。

きつい、楽になりたい、まだ終わらないの?、え、ほんとに終わらないの?、どこまで続くの?、え、なんで私こんなとこ登ってるの?、っていうかなんで皆こんなとこ登ってるの?、なんのために?、え……?

疑問がわいては消える時間と、何も考える余裕もない時間が交互にやってくる。

若干雨までぱらつき始めた。もうここまで来ると、登頂した時の喜びをより大きくするためのスパイス程度にしか思えなくなってくる。今後の天気予報を再確認したが、小雨でしかもすぐに止みそうだった。

山行を中止するほどではないと判断し、念のためレインウェアを着用してまた登り始めた。「もし落雷が始まったら…」ということも脳内でシミュレーションしながら、とにかく登り修行を続けた。

やせ尾根や鍋割山との分岐を越える。

もう少し。もう少しのはず。

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辺りは真っ白で、頂上までどれくらい近づいてるかは先の景色からは分からなかった。

ただ登るしかなかった。

そして、

ついに、ついに山頂到着。

本当に山頂ギリギリまで徹底的に階段が続いていた。

「まじで最後まで追い込むなぁ…w」と内心笑いながら、ヘロヘロになって山頂標にタッチ。

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バカ尾根の登りを制覇。残念ながら景色は真っ白。

なのに身体中に達成感が駆け巡っていた。

正直今日の山行は、途中撤退も全然あり得ると思っていた。それくらい自分の体力や気力に自信がなかったから。

でも登り切ることができた。自分には思ったよりも体力があって、思ったよりも”登る”ということへの情熱があるのだと感じた。

これから先の登山の展望が開けたように感じた。

登山動画を観ていて、行きたいけど自分には行けるか分からない場所はいくつもあって、でも、挑む前から諦めようとすらしていけれど、

「いや、行きたい。」「きっと行ける」

そういう意志を持てたのは、これまでの一つ一つの登山で得た達成感の積み重ねと、この大倉尾根登頂で出会えた新たな自分の側面のおかげだと思う。

次はヤビツ峠からの表尾根縦走コースから来たいなぁ…なんて思いながら、おにぎりを食べる。


今後の登山の展望は開けたのに、山頂からの展望は開けない。(山ギャグ)



下山を始めるが、行きで苦しめられた階段は、下りでも強敵になる。下りが苦手な私にとってはむしろ下りの方が苦行だったかもしれない。

それでも、一つ良い事があった。花立山荘通過後、もともと景色が見晴らしが良いとされるスポットがあったのだが、そこで不意に晴れ間が現れて

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こんな美しい景色が目の前に広がった。

「あぁ、やっぱり塔ノ岳って綺麗なんだ…」

樹林帯を抜けてからずっと真っ白だった今日の登山。ようやくその景色の美しさの片鱗を観ることができた。

また来なきゃね。今度は360度快晴でよろしく。


行きで砂利だらけで怖いと思っていた箇所は、案の定下りでは踏ん張らなければ簡単にすっ転べる厄介な道となっていた。しかも、案外長い。散々これまでの行程で足を消耗してきた末に、滑らないよう踏ん張り続けるのはなかなかに拷問。

それでもひたすら無心になって耐え…

登山口に戻ってきた。

これで正真正銘、大倉尾根往復を達成。

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この看板に愛おしさすら覚える。

今日一日ありがとう。



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ビジターセンターのカフェで飲んだクリームソーダが美味しかった。てへ。




この日、確信したことがある。それは、私がどんな登山スタイルが好きか、ということだ。

同じ登山好きとはいっても、登山の何に魅力を感じているかは結構人によって違うと思う。

綺麗な景色を見れる、普段の生活圏から離れて静かな自然の中にいられる、一味違った写真が撮れる、仲間とワイワイ話しながら登るのが楽しい、道中や頂上で食べるお菓子や食事が楽しいetc…

私も勿論色々な魅力を感じているけれど、この日気づいたことは、

自分が登り好きであるということ。

キツい角度の坂を下から見上げた時、「絶対登ってやるよ」とワクワクしてしまう。

体力も運動神経もクラスで最下位を争える人間が、よりにもよって急登好きなんて…。自分でも全く意味が分からない。

どれだけ階段が出てこようが「登ってやる」という意欲が絶えない。

上がっていく息が好き。身体を隅々まで燃やしている感覚が好き。

だから、「またどこかへ登りに行きたいなぁ…」の無限ループになるのだろう。


もうこうなると、鍛えておかないと危険である。自分の体力を超えて、登ろうとしてしまう日がいずれ来てしまうかもしれない。そうならないために、意志に体力が追いつくように鍛える。そのうえで、自分の限界を超えないように撤退する勇気も持つ。これらを肝に銘じなければならない。


生きて、山で躍動するぞ。

そんなことを思った、大倉尾根での一日。






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