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【mt.Akimoの「山になりたい」】 ④山を識ること、山岳調査(前編)

“職業・山屋”を自称し、山に関わるあらゆる仕事に貪欲に突っ込んで行っては山を「浴びる」かのような生活をおくる、山を愛しすぎた若き現代の岳人、Akimo氏。インターネットでコアな人気を誇る彼の、奇特すぎる人生哲学を追う魅惑の(誰得な)コーナー。ちなみに表題は彼の口癖。

 Akimoさんが山で関わっている様々な仕事のひとつひとつにフォーカスするシリーズ第2弾。
 今回のテーマは「山岳調査」だ。


――正直「山岳調査」って何をどう調査するのか、あんまり想像がつかないんですよね。

Akimo
 そうですね……僕が関わらせてもらってる調査は大きく分けると、頻度が高い順に森林調査、植物調査、動物調査……主に仕事になっているのはこの3つです。他にも土壌とか地質の調査、気象調査、あと滅多にチャンスがないんですが、菌類の調査なんかも経験があります。
 元々僕、大学時代に中央アルプスで植生の研究をしていたんですが、そこには他にも様々な研究をしている人がいて、彼らの研究も手伝ってたんですよ。例えば森に堆積したリター(まだ土になる前の落ち葉などの堆積物)をガサッと回収してきて組成を調べたり、あとはリプトンのティーバッグを土に埋めて……。

――へっ? リプトンのティーバッグ!?

Akimo
 リプトンのティーバッグって世界で規格が共通なんですよ。それが土の中でどれくらいのスピードで分解されるかってのを世界各地で調べる研究があって、その日本バージョンをやってる先生がいたんです。一緒に山に登ってティーバッグを埋めて、一定期間が経ったら回収しに行って。持ち帰ったものを測定して、この季節でこういう気温変化の条件下ではこれくらい分解された、みたいなのを調べてる人がいるんです。

――へえー、面白い。

Akimo
 山で何かを調べたい人が案外たくさんいて。一つの山で一回調べるだけなら、思いついた人が自分で行けばいいんですが、網羅的に調べたり比較検討するためには、色々な条件の山で一斉にやって、それを人数を使って回収に行ったりしないといけない。そこに僕みたいな山の人間が呼ばれたり志願したりして参加するわけです。

――さっき、調査の中に森林調査と植物調査がありましたけど、二つは別モノなんですか?

Akimo
 微妙に違うんですよ。森林調査は、主に林業のための調査です。
 日本の森林ってかなりの割合が植林による人工林で、建材になるヒノキやスギとか、長野県だとカラマツだとか、生えてる木がだいたい決まってるんです。それらが何年前に植えられた木で、今どれくらいに成長してて、木材として体積がいくらって情報は、その林を管理するために必要な情報なので調べなきゃいけない。
 なので、森林調査で何をやってるかっていうと、山に行って、木材になる木の太さとか高さとかを測ってるんです。なので1日6時間くらいずーっと、木に抱きついたりしてるんですよ(笑)。メジャーとか太さを測るための器具とかを回すために。あとはレーザーを使って樹高を測ったり、先が折れてるとか、鹿に食われてるとか、熊にやられてるとか、そういう木の状態についてチェックするべき項目がいくつもあって、それらを全部チェックして記録して、今その森がどんな状態になっているかってのを纏めるんです。

――はぁ~、途方も無い作業ですね。

Akimo
 でも、こういう仕事は本来、僕のような山屋にはあまり来ないです。林業や森林調査に携わっている会社が既にあるので。
 じゃあどういう時に僕らみたいな山屋が呼ばれるのかっていうと、普通の人だとたどり着くのが困難な山奥を調査しなきゃいけないとき。例えば御嶽山の麓の、全然人が入ってないような森とかに行くと、車で乗り入れできる所から目的の林まで2時間くらい山登りしないと辿り着かない場所があって。もちろん登山道なんか無いので、地形図を読んで目的の場所まで辿り着けないといけないし、笹が2mくらいの高さで繁茂しててずっと藪こぎしなきゃ進めない。途中沢の渡渉(としょう)もあったり。そんな道を延々とかき分けて進んで、着いたところからようやく本来の仕事が始まるんですよ。しかも日が暮れるまでに同じ道を引き返して帰らないといけないので、現場でもスピード勝負でとにかく木に抱きついて測りまくる。でも笹が2mもあると、樹高を測るレーザーが全然通らなくて測れない(笑)。
 そんな感じで、到達困難な山奥にたどり着けて、その環境で求められるデータをとってこれるスキルがあるものとして、山屋が外部招聘スタッフとして呼ばれるって感じです。

――基本的には調査のお仕事って、データを取るために山に行って、頼まれたデータをとってくるって感じがメインなんですか?

Akimo
 基本的にはそうですね。取ってくるデータや取り方なんかは本当に様々です。例えば動物調査だと、僕が経験したことがあるのはカモシカやライチョウとかなんですけど、カモシカの時は純粋に頭数でした。残雪期の朝日連峰でカモシカの頭数調査をするために、連峰が見渡せる山に登って、避難小屋で数日間生活しながら、ヘリノックスの椅子を据えて朝から日暮れまで、雪の斜面をスコープでず~っと見続けるんです。カモシカが現れないかなあって。

――街中でカチカチやってる通行量調査のエクストリーム版だ!(笑)

Akimo
 そうですそうです(笑)。
 しかも、全然現れないんですよ。真白い斜面に時々動く物が見える。「あっ、いた!」ってスコープを覗くんですけど、朝日連峰ってけっこう人気の山域なんで、だいたい登山しているおじさんとかなんですよ(笑)。そのおじさんは数百m離れた隣の山から見られてるとは知らずにノソノソ登ってるんですけど、こっちとしてはけっこうガッカリで。「なんだおじさんかよ」みたいな(笑)。それを毎日ずっとやってるんです。
 僕、その仕事に誘ってもらって大喜びで行ったんですけど、結局カモシカ、3日間で1頭しか出なかったんです。しかも、僕が見てたほうじゃなくて、調査員の先輩が見てた方に出た。その期間中見つかったのがカモシカ1頭とクマ1頭。どちらも先輩の見てた方向に出た。僕が見つけたのは結局、おじさん2人(笑)。

――(爆笑)

Akimo
 こういった色んな調査を、国とかが期間を定めて実施してるんです。環境が今こういう状態で、こう移ろってて、動物はどう、みたいなデータを取り続ける必要がある。それは緊急性がある調査というよりは、基礎的データとして必要なんですね。そして、世の中にはそういう調査をしている人がけっこういるんですよ。


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登山道という「線」だけでなく
「面」で山に向き合える楽しさ


――つい最近の話として、Akimoさんライチョウの調査に行ってたじゃないですか。

Akimo
 最近というか今朝までしてました。6日間。更に明日から2日間。

――それってどういう調査なんです? 講習会で、ライチョウの個体識別に足輪をつけたりしてるってのは聞いたことがあるんですけど。

Akimo
 あ、今回の調査は足輪のとは全く別ですね。以前その足輪をつける調査も参加したことがあるんですけど。足輪をつけるには一度ライチョウを捕まえなきゃいけなくて。もちろんその捕まえ方とかはちょっとオープンにはできないんですけど、そもそも足輪をつける事自体が研究者の中でも賛否両論あるっぽいんですよね。足輪をつけるのは、要は個体識別が明瞭にできないと、どういう風に移動しているのかとか、どれくらい寿命があるのかとかが分からないからで。なので、足輪云々はともかく個体を識別することは研究する上でとても大事なことだとは思います。

 今回の調査はというと、縄張りや生態を調べてます。ある山のエリア内でライチョウがどんな風に縄張りを持っていて、その中に家族がどれくらい生息しているのかってのをハッキリ調べるための仕事なんですよね。具体的に何をやってるかというと、許可を得て登山道の外まで出て満遍なく歩きながら、ライチョウをひたすら探し続けるんです。見つけたら、GPSで座標を確認して記録する。もちろん、捕まえたりはしないです。

――登山道の外まで満遍なく……途方も無い時間がかかりそうですね。

Akimo
 そこが、そんな悠長にやってるわけでもなくて、例えば今回の調査の初日は、朝3時に柏原新道登山口から入山して、一日で針ノ木岳まで調査を進めます。

――えっ、えっ!? ちょっと待って、冗談でしょ。(登山地図を確認する)普通に登山道歩いてもコースタイム12時間くらいかかりますよ!?

Akimo
 しかも16時くらいには山小屋にちゃんと到着しますからね。なので、普通の登山よりも早いスピードで動きつつ、登山道外も全部見るという。調査員の方は全員ライチョウ専門家で、それにプラス山屋が参加するわけです。

――山を歩き慣れてないとできない仕事ですね。

Akimo
 たぶんけっこうヤバくて、岩場とかも見たり、沢地形とかをガガガッって数百mくらい下まで降って見て、それを更に別のルートで登り返すみたいなことを繰り返すんですよ。その先にライチョウがいるかもしれないんで。

――ええー……そんな事しながらその距離をその速度で移動するの、常軌を逸してません?

Akimo
 でもそれが面白いんですよ。登山道だけを進むと「線」ですけど、この調査は「面」で山に当たるわけですよ。総当り。たまんなくないですか?

――それ自体はまあ、なんとなく理解できます。

Akimo
 何がたまらないかって、ライチョウがいそうな地形は、事前知識を教えてもらっているのでなんとなく目星がつけられるんですけど、じゃあ実際にいるのか確認するために近づいてみると、本当にライチョウがいる場合、痕跡がだんだん濃くなっていくんです。糞とか羽が落ちてたりだとか、食事や砂浴びの跡があったり。で、ついに、ライチョウが視界に入ってきたときですよ。もうたまんないです。「いたー!」って。近づくとライチョウがバッって飛び出してくることもあるんですけど、大体はジッとしてるライチョウが不意に目の中に入ってくるんです。痺れますよね。そしたら、何をするわけでもなく座標を確認して記録して、次のライチョウを探しに行くだけなんですけど(笑)。

――はー、面白い。調査をしてて、新しい発見とかはありましたか?

Akimo
 あー……でも、僕の発見って正直、ライチョウ研究をしている人からすれば当たり前のようなことばかりだと思うんですよね。

――いや、そういうのでも僕らからすればたどり着けない情報ですよ。

Akimo
 もともとライチョウの基礎知識ゼロで調査に参加して、専門家の人に教わりながらやってるので、僕にとっては何もかもが全部新しい発見なんですよね。例えば、オスが全然子育てをしないとか。これももしかすると皆知ってるかもしれないんですが。

――いやいや知らないですよそれ! 興味ある!

Akimo
 オスはメスが卵を温めている時期とかは近くで見張ってるんですけど、雛が孵って、皆でお散歩しながら餌をついばむ時期になると、オスはフラフラ~ッとどっか行っちゃうんです。ぜんぜん雛を守らない(笑)。で秋頃、もう雛が育って大きくなった頃に、何故か同じつがいのメスの元に帰ってきて一緒に行動したりするんですけど、雛が一番危険に晒されるコアな時期に、なぜかフラフラしてるんですよ(笑)。

 あと僕、ライチョウの羽は冬の白から夏の茶色に徐々にグラデーションで移り変わっていくと思ってたんですけど実は違って、ピンポイントに年3回換羽しているんですよね。冬羽と夏羽と、最後があまり知られてないんですが、秋羽。
 そして秋羽って、さっきまで観察してきて身にしみて分かるんですけど、秋山の色にめちゃくちゃマッチした保護色で。ジッとされると、もう双眼鏡で舐め回すように探さないとマジで見つからない。

――へえー!

Akimo
 とにかく全てが目新しい事ばかり。そんな中、僕の仕事の使命はライチョウをひたすら見つけることなんで、それに全力を注ぎつつ、その都度「何やってるんだろう」って思いながら観察させていただいたり、専門家の人に「これってどういうことなんですか?」って聞いて論文とかを教えてもらって、それを読んだりしながら学んでいくってことの繰り返しですね。



(後編へ続く)


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