事例でみる金融トラブル〜信用保証協会

(2020年3月:保証協会の制度など追記しました)

※この話はフィクションです。実在の人物、出来事などとは関係ありません。

「おい、お前、今週マル保やるって言ってたよな!なんで今日になっても申込書ひとつ貰ってきてねえんだよ?!ろくでもない雑用ばっかりしてるんじゃねえぞ!」
「やりたくないなら別にいいんだよ。でも店の数字行かなくてみんなの迷惑になるからさ、自分の分の足りない数字を誰がやるか指名しろよ。そしたらやらなくてもいいからさ、どうなんだよ?」
「ん…?結局やるんだよな、よし、俺も聞いたし、みんな聞いてるよな?自分でやると言ったんだからな、何とかしろよ、絶対だぞ」

金融機関で良くある、いつもの打ち合わせ風景です。色んなノルマに対して、こうやって詰められます。この「マル保」の部分がカードや投信や保険や融資やNISAや定期預金に変わるだけで。
ちなみにマル保というのは、信用保証協会の保証付貸出のことです。金融機関によっては「信保」とも言ったりするようです。詳しくは、日本政策金融公庫のサイトを見てもらうと良く分かると思いますが、かいつまんで言うと以下のような制度です。

・金融機関からお金を借りる時に、借り手が保証料を支払う事で協会が保証人になってくれる。万一倒産等の事態になっても、保証協会が金融機関へ代わりに返済をしてくれる(代位弁済) → 勿論、借金が棒引きになることはなく、借り手と保証人は協会に対して求償債務を負う
・基本的に、保証協会と協定を結んでいる全ての金融機関で使う事が出来る。ただし、借りられる額には限度がある。限度額は各金融機関合算で管理される。→早いもの勝ち
・これによって信用力が増すので、担保に出せるものが無くても、精緻な計画が出せなくても、中小零細企業、個人事業主の方が事業資金を借りやすくなる
・ただ、金融機関側の採り上げ時の審査や事後管理状況に瑕疵があると、後で代位弁済をしてくれないことがある

こんなところでしょうか。金融機関にとってはとても有利な制度に見えます。責任共有制度※が始まったとはいえ、それでも8割も保証をしてくれるのですから。

※責任共有制度…
責任共有制度は、信用保証協会と金融機関が適切な責任共有を図ることにより、両者が連携して、中小企業・小規模事業者の事業意欲等を継続的に把握し、融資実行およびその後における経営支援や再生支援といった中小企業・小規模事業者に対する適切な支援を行うことを目的としています。
責任共有制度には「部分保証方式」と「負担金方式」の2つの方式があり、そのいずれかの方式を各金融機関が選択することとなっています。
部分保証方式は、個別貸付金の80%(一部の保証を除く)を信用保証協会が保証し、負担金方式は、保証時点では100%保証ですが、代位弁済状況等に応じて、金融機関は信用保証協会に対し負担金を支払うことにより、部分保証と同等の負担を負うこととなっています。

信用保証制度を支えるしくみ|もっと知りたい信用保証|一般社団法人 全国信用保証協会連合会)より

このように、部分保証・負担金、いずれでも保証協会は80%部分のみ保証し、残り20%は金融機関が負担する形になるわけです。2007年から導入されているので、協会といえばこういうもの、という方も多いと思います。

どうしてこういう制度ができたかというと、2007年以前は保証協会融資というと100%保証、即ち融資先がダメになっても代位弁済をして貰えれば金融機関の損害は無い、という状態でした。そしたら金融機関はどういう行動を取るでしょうか。

まず、融資するとき。保証協会が100%保証してくれるなら、金融機関に過失がない限りは全て融資金は返ってくるわけです。保証料はお客さんが金利とは別に負担するわけだし、こちらの懐は痛まない。そうすると中での稟議では「保証協会保証付きにて返済懸念はなく、支援したい」とか三行くらいでいいわけですよ(よくない)。それは冗談としても、稟議もテキトーになり、本当に必要な額を見定めることもなく、保証が出る分だけ余分に貸してしまいがちになります。

そして、貸した後。金融機関は冒頭で述べたように日々色んなことをやらないといけない。債権管理は後回しにされがちですし、さらに保証協会付き融資は100%返ってくるから、ロスが出て怒られることもない。上では「適切な責任共有」という大人の言葉で書かれていますが、貸しっぱなしになってしまって経営に困ったことがあっても何もフォローしない、結果返せなくなっても代位弁済して終わり、となりますよね。

これら2点が問題になったため、金融機関もロスが出たら負担するよう、責任共有制度が導入されたわけです。ただ、全部が80%になったかというとそういうわけではなく、相応にリスクが高い使途である所謂セーフティネットといわれる経営安定関連保証や創業保証等は100%保証になっています。

今でも100%保証の場合、金融機関の審査ハードルは大きく下がると思います。上で書いたように、金融機関もやることが沢山ある中で、時間かけなくて良い稟議は、時間かけずに済ませたいのが本音ですからね。今まで100%保証だったセーフティネット5号の保証割合を80%にしたら、保証承諾件数が半分以下になった、という話もありますし。
中小企業政策審議会金融ワーキンググループ(第13回) 配布資料より)

ということで、80%保証になってもまだまだ保証協会のニーズは高いと思います。では、今の利用実績はどうなっているでしょうか。全国信用保証協会連合会のサイトに統計が載っていますので見てみましょう。

平成23年度の保証債務残高は34,446,374百万円(34兆円)あったのに、平成30年度は21,080,871百万円(21兆円)と随分減ってますね。その間、金融機関全体の融資量は減っていないわけですから、保証協会付融資の割合が減ってきていることになります。何故でしょうか。

やはり、大きな要因はマイナス金利による競争激化だと思います。例えば、ある会社が金利1.5%、保証料0.55%で金融機関から借りていたとすると、トータルの負担は2.05%なわけです。でも、融資先に困っているほかの金融機関が「金利1.6%で良いのでうちで借り換えてください!保証料は戻ってきますから!」とか営業すれば、興味を示す先は一定数出てくると思います。他、借りる都度保証料を負担するのは嫌だから、同じ金融機関で再度調達する場合でも、他行の動きを引き合いに出せば、プロパーで出してくれるかもしれません。
こういう状況ですと、これからもなかなか残高は増えないのではないかと思います。

前置きが長くなりましたが、保証協会付きの融資は中小企業にとって非常に重要な位置づけを占めていると思います。ただ、一つ間違うと色々とトラブる要素も。そう、金融機関に過失があったりすると、代位弁済をしてもらえなくなります。金融機関側からすると、8割/全部保証をして貰ってるという前提だったのに、いきなりゼロになって普通の無担保融資と変わらなくなってしまうわけで。そして、大抵返済が滞って代位弁済をしようとして発覚するので、金融機関側にはとてもヘビーな事態です。

ある会社に、第一回で説明した工事引当付の融資を、この保証協会付で貸してました。当然、保証協会にもその旨を説明してますから、工事が終わったら回収をしなければいけないわけです。そして、早めに工事が終わったので、期日よりも前に入金になってきました。
ところが、冒頭の様な厳しいトレースがされるくらいマル保残高のノルマが全然行っていない中、更に返済を受けるとなると、上司から殺されかねません。困った担当者は、その会社に「今月は私の数字がヤバイので、協力してください、取り敢えず期末超えるまで返さなくても良いです」と言ってしまいました。
そして1ヶ月後に本来の期日が来ましたが、元々業績の厳しかったこの会社は、資金を別の仕事の仕入資金に使ってしまい、返せなくなってしまいました。

さあ、こうなると完全に金融機関の過失ですよね。もう保証付融資での継続はしてくれません。プロパーで肩代わるか、無理にでも回収するかしか、方法はないわけです。そして、焦げ付いたとなれば、自分も、上司も、タダでは済まない訳で…通常は、こういう時はまず一旦返させておいて、また間髪入れずに次を出すべきなんですが。
その担当者は、叱責や問題発覚を恐れてかなり厳しく回収を迫ったようです。社長からしてみれば返さなくていいと言っておいて、新しいお金を貸してくれる訳でもなく、一方で回収を迫る。ふざけんなって事でその担当者の行動を逐一書いて内容証明にして本店や、監督機関に送ったそうです。「返せないと分かると××担当は筋違いにも私に恫喝をし、強引な返済を迫ってまいりました」とか、文字にされるととてもキツイです。

もうこうなってしまっては、どうしようもありません。仕方なくプロパーで継続をしますが、結局他所からの調達も上手くいかなくなり自己破産を申請してしまいました。言ってしまえば数字欲しさに人の会社を潰してしまった訳で、本当にクズみたいな事例ですよね。そんな担当者にあたったのは、運が良かったのか、悪かったのか…

「道徳なき経済は罪悪であり、経済なき道徳は寝言である」という二宮尊徳の言葉がありますが、ノルマが全く無ければ、金融機関は存続すら難しくなってしまうかもしれませんが、過度なノルマは道徳を奪ってしまいます。コンプライアンスをいくら言っても、過当競争の時代、これからもっと酷い、あり得ない事態が起こるのではないかって心配になります。

そういえば、コロナウイルスの影響で全国でセーフティネット4号保証が使えるようになるみたいですね。これも100%保証、100%保証自体が最近はそんなにない、ということは。。。。金融機関の方は、これから忙しくなりそうですね。

私なんかで良いんですか…?