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損をするという落とし前をどうやってつけるのか?

それはある月の20日。唐突にその方はやってきた。

「社会保険事務所の者ですが、A社様の件で」

A社。少し前に他社の肩代わりをして取引を開始したばかり。手には差押の紙を持ってる。なんでだよ。なんでこんな早く来るんだよ。

「今日、売上の入金があったはずですが」
「反対債権がありますので、応じられません」
「それであれば持ち帰ります」

とりあえずの難は去ったが、こんな事象が起こるということは期限の利益喪失、ようは直ぐに全部返せといってもいいくらい。今にして思えば、A社の言動にはいくつかおかしいところがあった。

「何故、わざわざ金融機関を変えるのか」「今の担当が頼りないから」
「決算書に載っている××社からの借入は何か」→「さっきみたいに頼りなくて必要な時に足りなくなったから已む無く借りた。もう全部返してる(といって完済した書面を出してきた)」

一応筋は通ってるように見える。いくら喉から手の出るほど欲しい融資新規先とはいえ、こういったやり取りやその他諸々に疑念を感じたことも事実。支店長にも面談して貰うのは勿論、実行する前に納税証明書を貰って未納のないことも確認した。きちんと完納してた。うん、これなら大丈夫だ。そしてこれをやれば何とか自分の数字、店の数字も目標達成する。主要な取引先がうちのお客さんだから入金もうちにしてもらった。固められるところは全部固めた。プロパー分は短めにしたから、一定期間持てば大丈夫。

そうやって自分に、上司に言い聞かせて進んだのに。すぐにこれかよ。早速社長を呼んで事情を聴いた。

「ああ、あの件ね。たしかに1回分確かに遅れてた。忙しくて話し合いの手紙を放置していた」
「あれからきちんと話し合って分割払いの約束をした」

それならきちんと約束している紙があるはず。そういうと「ちょっと今日は忘れてきた、また次持ってくる」と。元々ルーズな面はある人だったけど、本当に嫌な予感が。とはいえ、やってしまった後で取れる手は限られる。自宅も賃貸だし、親も遠方在住みたい。急に不安に思えてきた。不安に思えると、今まで目をつぶってきたことが全て疑わしくなってくる。

確かに、融資した日に肩代わりを除いた残りの金を現金で全部出していった。「外注への支払は現金でやってるから」と言ってた。でも、現金でなければいけないことなんてそんなに無いはず。そしてさっき納税証明書を見たと言ったけど、よくよく考えたら融資する間際まで出してこなかった。出された紙には確かに未納のない旨は書いてあったけど、日付は印刷ではなくてゴム印だった。データが役所にきちんと来てればこんな書式にはならないはず。ギリギリになってから納めたんだろう。

そして、冒頭の差押。決算書を見ててもそんなに未払の額としては多くないのでスルーしていたけど、結局払ってないし、約束も守れなかったからここへやってきたわけで。こういった約束が守れない人が、我々との約束を守れるのかな。こうなると、他にも未払いのが結構あるんじゃないか。本当に大丈夫か…?

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さらに1か月後。返済の日になってもお金が入ってこなくなった。電話しても出ない。私用のケータイも含めて色んな番号からかけても出ない。すぐに事務所に行ったらもぬけの殻。鍵も開いてて中に入れるのに。

家にも何度か日や時間変えて行ったけど、人の気配はないまま。行くたびに郵便ポストに入ってる名刺の数が増えていた。庭先に置いてあったピンク色の子供の自転車。娘さんが一人いるって言ってたけど、その子のなのかな。これ家や事務所貸してる人は残置物の処理とか後が大変だろうな、とか他人事のように思ってた。

もうここまで来たら仕方ないので、粛々と代位弁済とバルクセールの準備を進めるほかない。その報告をしている時に本社の管理回収部門の方に言われたのが、題名の言葉です。上司にはこれ以上に人間の尊厳を否定されるような事も沢山言われましたが(そりゃそうだ)、それよりもこの言葉が印象に残っています。

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失敗というとまずこの話が思い浮かびます。あれから結構経つけど、書くだけで辛くなるし、暫くは人ごみに行くと必ず社長の顔を思い浮かべて探してました。十分やり切ったらそうならないはずなので、自分の中でも努力が足りずにやらかした失敗だから後悔があるんだと思います。

それからはスピードを重視しつつも、止まるときはしっかり止まって納得いくまで考えるようになりました。ノルマは重くなる一方ですが、やらかした後の事後処理のほうがはるかに大変ですから。そんなんに忙殺されたらノルマどころじゃないですし。だから過剰なノルマで判断力を失って暴走する系の話は大嫌いですし、自分の目の黒いうちは、身の回りでそんな事にはなってほしくないって本気で思ってます。

幸い、これ以降は大きなやらかしはしていませんが、いつ何時怪しい事例に接するかも分かりませんので、初心に返るためにも改めて書いてみました。
あれからそれ以上の額は稼いだはずですし、防いだはずですが、日ごろの働きを振り返ると、まだまだ私は「落とし前」はつけられてないかな、と思います。

文中に出てくるエピソードは全てフィクションです。仮に実在の人物や出来事に似ていたとしても、偶然の一致だとお考え下さい。

#あの失敗があったから #エッセイ

私なんかで良いんですか…?