事例でみる金融トラブル~売上偽装

※この話は全てフィクションです。実在の人物、出来事等とは一切、本当に関係ありません。

工事引当付融資とは

金融機関から融資を受ける際、使いみちは特に気にされます。何に使うのか、どうやって返してもらえるのかは、審査のうえでの基本的な事項です。
よく言われるのが「運転資金」ですが、その中のひとつとして工事引当付融資(金融機関によって用語は異なると思います)、というものがあります。

例をあげて説明しますね。ある工務店が施主さんから賃貸マンションの建設工事を発注されました。工務店は注文の通りに作ろうとしますが、施主さんからは代金は出来高に応じてしか支払われないということが往々にしてあります。当然ですよね、出来ていない建物にお金を払う必要は無いわけですからね。一方で工務店側は材料の発注や下請への支払は随時行わないといけません。

その、施主からお金を貰うまでの間、支払うべきお金はどうするかというと、工務店側がどこからか調達をしないといけないわけです。手許にお金が沢山あるところなら良いのですが、この厳しい時代、どこもお金はたくさんある訳ではありません。だから、どうしても借りる必要が出てきます。この資金を借りるのが「工事引当付融資」です。
貸す側からみたら、その工事さえきちんと完成して出来て、施主がきちんとお金を支払えれば貸したお金も回収できますから、財務内容が良くなく、普通の長期の融資が難しい場合でも、割合貸しやすい面はあります。
勿論、完成工事代金の入金は自金融機関の口座に指定させるとか、売掛債権を担保に取ったりという手法でより保全を固める事もあります。

実例

あまり財務内容の良くない会社から、工事引当付の融資の申込がありました。工事の確証として、工事請負契約書のコピーなんかも揃えてあり、契約書通りの前金も、その契約書の相手方であるゼネコンから振り込まれてきてます。工事現場はそこそこ遠かったのですが、工事代金の振込もあるから工事があることは間違いないし、短期で返ってくるし、金利も取れるし、ということで決裁も取って、融資を実行しました。

ところが、工事が完成したはずの時期になっても、入金はない、返済もされない。慌てて聞いてみると、そんな工事は無かったし、カネもないから今更返せないと言うではありませんか。大慌てで約束違反を強硬に求めて回収に走ろうとしますが、その前に法的措置を取られ、勝手な回収は出来なくなってしまいました。

さて、どうしてこういうことになったのでしょうか。要はお客さんが嘘をついていて、金融機関がそれを見抜けなかったというところにある訳ですが、皆さんは金融機関の取った行動で、どこが問題だったと思いますか。

まず、「請負契約書のコピーを揃えてあった」という点。それを貰っただけで満足し、要は原本を見てない訳です。見たからといって完全に防げるのものではありませんけどね。最近は工事請負契約書も電子契約が増えてきてますけど、これの原本確認はどうするんでしょう。

次に、工事現場を見に行ってないですよね。これもダメです。工事が実在しないのに、お金は返ってくるはずありません。引当付で貸すなら、きちんと場所を把握し、現場を見に行く。これも常識です。たまに「私有地の奥で見に行けない」というパターンがありますけど、同行してでも行くべきです。

あとは、工事が完成する時期になるまで、資金繰等のチェックをしてなかったのもよくありませんね。やったらやりっぱなし。よくある事ですが、少なくとも出したお金が何に使われたのかは、確認しておく必要があります。使途に気を配ってれば、少なくとも資金に窮していた事は分かったのかもしれません。融資を入金した口座から下請や仕入に支払っているならまだしも、他行の自分の口座へ全部出しているような場合は注意が必要でしょうね。

これらの基本的な事をどうしてしなかったのでしょうか。担当者は「取引も古い先で信用もしてたし、前受金も元請(工事の発注元)業者から振り込まれてきたし、大丈夫だと思った。月末までにこの案件をやれば、店の数字は達成して表彰も受けられる大事な案件だったし、何としてもやりたかった。とても悔しい」と言っていたそうです。悔しいのはこっちだよ。返してもらうまでが融資なので、これら基本的な事を怠っていたのは大きな問題ですね。

ところで、前提のところで気になる点がありませんでしたか。そう、実際に工事がなかったのに、どうして前受金がその業者から振り込まれてきたのでしょうか。

実は、ほかの銀行からわざとその業者宛に振り込んで、「お金を間違って振り込んだので、この口座に返してください」と言って返してもらったそうです。確かに、それなら分かりませんし、なかなか見抜くのは困難でしょう。だからこそ、現場を見に行ったり、元の契約書を見たりといった事が必要になるわけです。隣の県だろうが、遠かろうが、必ず行くべきなんです。
その金融機関では、この一件があってから必ず工事現場の現地を見に行き、写真を撮って稟議資料につけるようになったそうです。

最後になりますが、改めて。これはあくまでフィクションであり、実際の出来事とは何ら関係ありません。

私なんかで良いんですか…?