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行者三人三柱悉皆供養譚

ある時、三人の行者が富士山にあるお堂へお詣り行きました。

一人目の法華経の行者は秩父にいました。この行者は富士霊山に向かう途中、宝登山中にある寳登山神社を通りかかった時、社殿の前に一匹の山犬が坐ってました。秩父の行者は一目見て、その山犬が寳登山神社の御犬さんだと解りました。しかし、寳登山神社の御犬さんの御姿は異常に窶れ、体毛もボロボロで、足から血が滲んでました。あまりにも惨い御犬さんの御姿を見てしまった行者は御犬さんに聞きました。
「なんて酷い、どうしてこんな御姿になってしまったのですか?」
その問いに御犬さんは
「行者殿、わたくしは山之神の眷属神として古の時から峠を歩む現人等を守護しました。現人等は山犬の毛皮を欲しさ故、彼等を狩り及び山林の木々を刈り彼等の住処を破壊し、私の同胞を一切滅亡に葬りました。残ったのは私、一匹です。」
そこで、行者はまた問いました。
「三峯山の御犬さんは人間が憎いですか?」
すると、御犬さんは
「いいえ、憎くありません。例え疲労でどれほど足から血が流れようが、毛が傷もうが、痩せようが、山に足を入れる現人を一切守るのが私の眷属神としての務めです。」
それを聞き、行者はニッコリ微笑み
「わかりました。御犬さん、私と一緒に霊山富士へ参りませんか?『妙法蓮華経』をよいて供養し、御犬さんの苦を全て取り除きましょう。」
御犬さんはこれを聞き
「ありがとうございます、行者殿。是非、お供させて下さい。」と、大いに喜びました。そこで行者は御犬さんの窶れた体を両腕で持ち上げ再び、富士山に向かって歩き始めました。

二人目の法華経の行者は東予にいました。この行者は富士山に向かう途中、峰にある竜口の谷で胴回りが二尺程太い大白蛇に出逢いました。このとぐろを巻いた大白蛇の鱗は荒れてて、潤いが微塵もなく干乾びてました。東予の行者は一目見て、この大白蛇が谷峠の雨乞いの神だと解りました。あまりにも惨い大白蛇の御姿を見てしまった行者は大白蛇に聞きました。
「なんて酷い、どうしてこんな御姿になってしまったのですか?」
その問いに大白蛇は
「行者殿、私はこの地の雨乞いの蛇神です。元々は神通力をよいて風とともに峰から峰へ駆けるように飛べました。地の村人は昔、旱魃の際に地蔵を拝むと私は彼等のもとに舞い降り雨を降らしました。村人は喜びの末、池を築造し、お盆にはお礼踊りを行っておりました。ところが近頃は誰も地蔵に近づかず、雨乞いも行いません。次第に池は朽ち果て、私もこの有様です。」
そこで、行者はまた問いました。
「竜口の谷の大白蛇様は人間が憎いですか?」
すると、大白蛇は
「とんでもありません。今迄、私を神として讃え、祀り上げてくれた村人達を憎むことなど決してできません。」
それを聞き、行者はニッコリ微笑み
「わかりました。大白蛇様、私と一緒に霊山富士へ参りませんか?『妙法蓮華経』をよいて供養し、大白蛇様の苦を全て取り除きましょう。」
大白蛇はこれを聞き
「ありがとうございます、行者殿。是非、お供させて下さい。」と、大いに喜びました。そこで行者は蛇神の乾いた体を両腕で持ち上げ、長い身体を両肩掛け再び、富士山に向かって歩き始めました。

三人目の法華経の行者は幡多にいました。この行者は富士山に向かう途中、大堂山中で若い乙女を見かけました。幡多の行者は一目見て、その乙女が山之神、小松玉姫だと解りました。しかし、小松玉姫の御顔は汚れており、ざんばら髪で着てる衣服もズタズタでした。あまりにも惨い小松玉姫の御姿を見てしまった行者は姫に聞きました。
「なんて酷い、どうしてこんな御姿になってしまったのですか?」
その問いに小松玉姫は
「私は平家の末裔である小松家のものでありましたが私の髪が兄上様の袴に触れてしまい、兄上様の手によって斬られ、殺されてしまいました。怨みのあまり私は祟り神と化し、一家を祟殺しました。それ以降、残った小松家の者共は私の爲に社祠を立て供養しました。しかし、ある日どこからかの巡礼者が私の社祠から神体を盗み取り私は再び、現人等を祟り始めました。それ以降、恐怖のあまり私を供養する者は誰一人いなくなりました。」
そこで、行者はまた問いました。
「小松玉姫は人間が憎いですか?」
すると、小松玉姫は
「いいえ、憎めません。現人等が供養しなくなったのも全て私が彼等を祟ってしまったからです。なにで、こうなったのも自分のせいです。」
それを聞き、行者はニッコリ微笑み
「わかりました。小松玉姫、私と一緒に霊山富士へ参りませんか?『妙法蓮華経』をよいて供養し、小松玉姫の苦を全て取り除きましょう。」
小松玉姫はこれを聞き
「ありがとうございます、行者殿。是非、お供させて下さい。」と、大いに喜びました。そこで行者は小松玉姫の手をとり再び、富士山に向かって歩き始めました。

一番先に到着した秩父の行者は連れてきた御犬さんと富士山の近くにあるお堂へ入りました。そこで大曼荼羅の前で行者は手を合わせ、「妙法蓮華経陀羅尼品」と終いに「南無妙法蓮華経」百回を唱えました。すると一気に眩しい光を放ち、光が薄れた時には山犬の姿はありませんでした。代わりに鋭い目をした、体つきの良い男が一人立ってました。その男はお堂の床から浮き上がり
「これで私も立派な護法善神になれました。今から諸仏がいらっしゃる法界へ登り、独自の陀羅尼を唱えに参ります。今後は山に入る法華経の行者等を守護します。行者殿、この御恩は決して忘れません。誠にありがとうございました。」
と、述べ富士山の頂上へと姿を消しました。一方、成仏した御犬さんが居た三峯神社の御犬さんの石像にヒビが入り、一瞬にして粉々に砕け崩れました。

二番目に到着した東予の行者は連れてきた大白蛇と富士山の近くにあるお堂へ入りました。そこで大曼荼羅の前で行者は手を合わせ、「妙法蓮華経陀羅尼品」と終いに「南無妙法蓮華経」百回を唱えました。すると一気に眩しい光を放ち、光が薄れた時には大白蛇の姿はありませんでした。代わりにツヤのある白い肌を持つ、公家の様に品の高い美男子が一人立ってました。その男はお堂の床から浮き上がり
「これで私も立派な護法善神になれました。今から諸仏がいらっしゃる法界へ登り、独自の陀羅尼を唱えに参ります。今後、法華経の行者が雨を祈願しましたら私は必ず雨雲を呼び寄せ、雨乞いをしたその地に雨を降らします。行者殿、この御恩は決して忘れません。誠にありがとうございました。」
と、述べ富士山の頂上へと姿を消しました。一方、成仏した大白蛇が居た池の底に地割れが生じ、貯まっていた水が徐々に吸い込まれていきました。池が空になったと同時に空から日照り雨が降り注ぎました。

三番目に到着した幡多の行者は連れてきた小松玉姫と富士山の近くにあるお堂へ入りました。そこで大曼荼羅の前で行者は手を合わせ、「妙法蓮華経陀羅尼品」と終いに「南無妙法蓮華経」百回を唱えました。すると一気に眩しい光を放ち、光が薄れた時には小松玉姫の姿はありませんでした。代わりに豪華な着物を着た、以前と見違えるほど美しい羽衣を纏った天女が一人立ってました。天女になった小松玉姫はお堂の床から浮き上がり
「これで私も立派な護法善神になれました。今から諸仏がいらっしゃる法界へ登り、独自の陀羅尼を唱えに参ります。今後、現人を祟るのを一切辞め、法華経の行者等が寺や卒塔婆を建てる際必要な木々を山中で育て上げます。行者殿、この御恩は決して忘れません。誠にありがとうございました。」
と、述べ富士山の頂上へと姿を消しました。一方、成仏した小松玉姫が祀られてた祠がある山が荒れ、祠は土砂に埋もれて跡形もなく消えました。

全三柱が悉皆供養され、成仏した姿を見た三人の行者は満足し、それぞれの土地に戻りました。

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