innocent world vol.2 〜ようやくたどり着いた楽園はゴミだらけ。〜

  沖縄で夏を過ごすと、そのスコールや太陽光を受けて草木がニョキニョキと音を立てて成長するのが見えて、その残像を都市で思い出す時、庭木の葉っぱをどんなに掃除しようが、草むしりをいくらしようが、人類が絶えたあとはこの植物たちが元気いっぱいに広がる姿を想像してしまいます。

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 今年の夏、コロナ騒動の渦中でステージがなくなってしまったのを受けて、かねてより行きたかった”西表島自給自足キャンプ”に参加しました。ここでは内容に触れません。一つの衝撃的な事件のことを話します。

 その日、僕らはステイしたキャンプ地から、ちょうど島の真裏にあたる場所にある白い砂浜(鹿川湾)を目指したのです。このあたりはベースキャンプも含めて道路がないために知る人ぞ知る秘境となっております。ジャングルの中を3時間半ウォーキング。ザックを浮き袋にして川を渡ってマングローブの林を抜け、ジャングルに入り、様々な動物の鳴き声を聴きながら歩きました。25名のキャラバン・・・いろんなペースがある大型キャラバン。僕は一番後ろを、ペースの遅くなった人と共に歩きました。峠を超え木々の間に青空を見て、下り坂を降りきり、森を抜け、まばらになった木々の間から向こう側に白い砂浜、そして波が広がっています。

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 まだ僕が白浜に足を踏み入れていない、新たなる秘境の姿に胸が期待に膨らむ、そんなとてもナイスでグッドなタイミングに、先頭の人が戻ってきて言いました。”浜がゴミだらけなんだけど。”

 そして、プラスチックまじりの砂浜を踏み進み、まだザックも下ろしきらない太陽にさんさんと照り付けられているタイミングで、先に泳いでいた人が浜に上がってきて言いました”海の中がゴミだらけ。サンゴにビニールがかかってる。”

 僕はようやく一息つける安堵と共に、自分の目でそれを見た時に、確かに痛かったのです。何が痛かったのか?誰が痛かったのか?素敵な景色、楽園を見ることができなかった子供たちが痛かったのか?地球が痛いのか?照りつける太陽のしたで景色に埋没する意識の中、ザックを下ろしました。

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 人は僕らのキャラバン以外にいません。人と自然のステージと雲と波と他の生物、あらゆるものを内包した世界の調和が見てとれます。

 調和された世界に入り込んだカラフルなゴミ(主にプラゴミ)は調和を壊す異物か?人間は己がいない場所にもくっきりとその痕跡を残しています。

 海に潜りにいくメンバーを横目に山から砂浜に流れる真水の小川に浸りました。この水が飲料です。とても美味しい水です。

 川にも時折、人間制作物(ゴミ)が沈んでいます。それらを舐めながら川の清らかな水は海へと流れていきます。しばし、その砂浜にできた小川に身体を横たえます。僕の身体という異物が川に侵入してしばらくすると僕より先の川は新たな砂浜を削り流れを変えていきます。新参者が環境(調和した世界)に関わり、新たな世界が構築されることの縮図でしょうか。いえいえ構築ではなく、全てが流れていきます。 

 熱い砂浜を歩き、川を進み、滝に打たれ、海に潜り、来た道を迷子になりつつ、ベースキャンプに残るわずかな人の痕跡(ゴミ)を眺めつつ、変わらずそこには風、波、対流、調和、循環、ダイナミックに流れ混ざっていきます。

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  1989年に放送された西表島のターザンという番組に真っ白に輝く鹿川湾が映っています。あれから30年とちょっとの年月が経ち、景色は一変していました。

 一人ゴミ拾いを始めることをアタマの片隅で想像しつつ、成果を求める自分。無理。ユートピア。幻想。幻。夢。・・・人の人生などどんなに永く見積もっても100年足らずです。

 南の島から2ヶ月ぶりに帰宅し、その旅のメンバーと再会の出鼻に聞いたのが”ゴミを拾いに行きたいと思っている”という声でした。

 こんだけ個人の欲求が拡張された時代に、こんなに気持ちを共有できることがあるのか???と思うくらい、それはピュアな気持ちの重なりで、他のこと、打算的なことは何も考えてなくて、それで僕も何も考えずに答えてしまったのです。

”おいらもいく”

 人がいないのに、人が出したゴミで埋もれてしまった秘境掃除の旅の準備が始まりました。

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 50歳を目前としたこのタイミングで音楽ステージが激減、これまでを見つめ直せる今をラッキーだと思っています。おいらの活動を愛し支援してくれる方、ぜひ応援お願いします!!

 時間のないあなたに代わり夢見る大冒険をしましょう!!(^^)


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