とりま、お暇

 私は仕事を辞めた。新卒で入社した会社を約4か月で。
 いや、実際は約3か月、あとの1か月は休職扱いにしてもらっていた。休職したての頃は戻るつもりだったが、心と体を休めているうちに「なぜ私が戻らねばならんのか」という気持ちになってしまったのだ。


 東京の片隅、山の上にある大学を卒業した私は、業界内ではそれなりに大きな制作会社に勤め始めた。幼い頃からテレビやネットがお友達の私にとったら、<憧れの職に就けてラッキー!>という感じ。
 週5日、基本的にパソコンの前に座って資料を作ったり、時には会議の議事録を取ったり、とても充実していた。新卒が私だけだったため、頑張って先輩たちに追いつかなくちゃという気持ちでいっぱいのフレッシュさ。

 しかし、仕事は充実していても、人間関係は別だった。私が仕事を辞めた唯一の理由。
 私は、職場のある先輩から一方的に無視をされるようになった。私たちの仕事は、2、3人で一緒に資料を作成することが多く、範囲などが被らないように最初に分担を決めておくのが暗黙の了解になっていた。

 ゴールデンウイーク明け、初めてその先輩とふたりで組むことになった。始業後、先輩と分担を決めようと話しかけると、無視。特に忙しい時間というわけでもなく、少人数の狭いオフィスの中で聞こえないというのもあり得ない状態。<まじか~>と、そのときは重く受け止めず、自分で進めることに。
 案の定、範囲の被った無駄の多い資料になっていた。上司からも注意されたため、もう無視されることも無いだろうと思った。が、そんなことなかった。
それからも、私の問いかけには一切答えず、相手が私に用のある時だけ話しかける。私から話しかけても返事はない。一度、先輩が帰るときに挨拶をしようとしたら遠回りされたこともあったな。上司が近くにいるときは稀に受け答えしてくれることもあったけど、基本的には恐怖の一方通行。
 一度、私が彼女のミスに気付いたこともあったが、別の先輩経由で伝えてもらった。伝えてもらったあとの顔、怖かったなぁ。でも、しょうがないじゃんね。

 先輩からのいわゆるパワハラは、無視だけに留まらなかった。私の作業中の仕事を取られ、上司に私がやっていなかったと報告されたり、私が初めて参加する会議で時間を教えてもらえなかったりした。



 その頃から、だんだん体調を崩すようにもなった。もともと持っていた喘息の発作が毎日のように起き、次第に声が出なくなり、ずっと掠れた状態になっていた。朝も昼もご飯が喉を通らないし、汗や動悸も激しくなった。
 6月の後半、電車で過呼吸になり倒れた。1時間出勤を遅らせて、もちろん終業も1時間遅らせた。その頃から上司たちも異変に気付いていたと思う。誰も何も言ってこなかったけれど。

 過呼吸で倒れた翌日、その先輩と、もうひとり私と年の近い先輩と組むことになった。その日は、いつも以上に当たりが強く、話し合いの間じゅうずっと私に背もたれを向けていた。
 仕事の話をしに行っても、イヤホンを外さず、キーボードを打つ手を止めることも相槌をされることもなかった。私の中で、何かがポキッと折れた。

 翌日、私は会社に行けなかった。食事も喉を通らず、脚に力が入らない。体調不良の連絡をして休んだ。心の底から辛くて、直前に処方された風邪薬を一気にすべて飲み干して眠った。死ねないどころか<ちょっとムカムカする気がするな……?>というほど。

 翌朝はばっちり目を覚まし、電車には乗れたが職場には行けず、実家暮らしのため帰る気にもなれなかった私はカラオケに逃げ込んだ。
 精神科や心療内科を検索し、出たとこ勝負で予約の電話をかけまくった。全く予約が取れないのな、びっくり。1か月以上先の予約なんて死んでまうやんと突っ込みを入れながら、予約の電話をかけ続けていたら、職場の少し手前の駅のメンタルクリニックに予約できた。2日後の日曜日だった。
 メンタルクリニックに行った結果、よく分からなかった。とりあえずで薬を処方された何とも言えない感じ。プライベイトなことにも土足で聴き込んでくる感じが腹立たしかった。(ちなみに2回目の診療はクリニック側のミスで1000円近くぼったくられた。)


 その後、ありのままの現状をメールにて上司に伝えた。先輩に無視されていることも、精神的に限界だということも。翌日、上司と面談をすることになり、休職を余儀なくされた。
 結果として、私の新卒生活は約3か月で打ち切られた。就活していた期間よりも短いってどういうことよ。
 また、その時点で辞めなかった理由は、単純に仕事が楽しかったからだったが、もうひとつ理由があった。その先輩が翌月いっぱいで退社するというのだ。退社理由は全く私と関係ないが、先輩が辞めてからまた戻ってくればいいと上司にも言ってもらえて、完全にその気になっていた。

 しかし、私は仕事を辞めている。
 送られてきた夏季休暇のスケジュール、面談通りなら居るはずのない月に先輩の名前が書いてあったのだ。
 一気に戻る気力を無くした私。早速、上司に退職の相談をし、休職中ということもあってかとんとん拍子に話は進んだ。
 一応、オフィスに最後の挨拶に行くと、お大事に~と惜しまれることも無くお別れ。まぁ、こんな短期間に辞める人に惜しむもジーコもねぇよな、という気持ち。
 翌日、退職届を提出し、借用品を返却し、パソコンの中身を消去されて退職完了。


 細かいところを省きつつ、私が仕事を辞めた流れを書いてみた。逃げるの下手な僕特別ルールで休職カードを使ったのだけれど、休職しなかったら、今もうこの世にはいなかったと思う。
 あと、先輩をすごく悪者に仕立てている文章が多いけれど、もちろん私も出来ていないことや分かっていないことが多かったし、出来ていない部分を指導してくれたこともあってそこはとても感謝している。
 だけど、私は仕事を辞めたことを後悔していない。やりたいこともたくさんある。この経験が笑い話になるくらい強くなりたいなあ、なんて思ったりもするよ。なーんてな。


終わり之介

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