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『南の子供が夜いくところ』恒川光太郎(角川ホラー文庫)

☆4.0

ゆるーくつながる七編が収録されています。
語り口は淡々としているが、そこには確かに叙情が滲む。
南国の架空の島、トロンバス島が主に舞台となっているが、いつの間にか現実との境界を越えてあちらへ行ってしまいそうになる気持ちを体験できました。



「南の子供が夜いくところ」
一家心中による死を迎えようとしていた一家が、訪れたバスの露店で出会ったのは、120年生きている呪術師の女性ユナだった。
息子のタカシはユナに連れられていったトロンバス島で生活しながら、別々の島で働いているという両親を待っている…

自分の知らぬところで自分のことが決められ、目まぐるしく振り回されたタカシが、本当の意味でトロンバス島に馴染んだのはきっとこの夜なんだろう。


「紫焰樹の島」
ユナが子供の頃住んでいた島には紫焰樹と呼ばれる樹があった。
その場所は聖域となり、つけた果実は村でも大事にされ一年に一度の祭りの時のみ食すこととされていた。
聖域にたどり着けるのは果樹の巫女だけ。
ユナはある時紫焰樹に偶然たどり着き、巫女に選ばれたのだと知る…

じゃれ合うユナとトイトイ様がとってもキュート。
"古き良き"という表現が似合いそうな島は、その存在自体がファンタジーそのものだ。
紫の焔のように見える紫焰樹の花を心底見てみたくなる。


「十字路のピンクの廟」
トロンバス島のティアムという街で見かけた十字路にあるピンクの廟。
中には木彫りのご神体があり、通りすがりの女の子が投げキスをしている。
街の風習かと思いきや、知らない人もいる。
聞き込みしてみると、小学校の先生が建てたと言う。
何故そんなものを建てたのだろうか…

な、なんておちゃめなヤツなんだ!と思ってしまった。
絶対むっつりだぜ、あいつ。
そんな一面も持っているけれど、本当は怖いヤツなんだろうな。


「雲の眠る海」
島の祭りが盛大に行われた翌日、ペライアは大国を後ろ盾にした付近の島から攻め落とされた。
伝説にある島の一族の力を借りれば攻め返すことも不可能ではない。
自らの家族の安否もわからぬまま、シシマデウは〈大海蛇の一族〉を探すため海に漕ぎ出した…

明確に言葉にできないけど、とんでもなく切ない気持ちを心に刻み込んでいった一編。
それは何故か泣き出してしまいたくなるような、もしかしたら傷なのかもしれない。


「蛸漁師」
崖の下に若い男が死んでいる、そう警官へ告げた蛸漁師をしている男は「ヤニューって知っているか?」と聞いた。
その男が蛸漁師になった理由、そしてその崖にいた理由が少しずつ語られ明らかになってゆく。
何故彼は警官にそんな話をするのか。
そのことにさえ、とても大きな理由があるのだ…

ちょっとミステリっぽさもあって、スリリングで好き。
"俺だけが知ってる蛸の秘密"が、すごい究極の悪趣味よね。
爺さんの愉悦って感じ。


「まどろみのティユルさん」
目覚めた時、何かに埋まっていた。
動けずに長い眠りの中にいたが、飲まず食わずでも平気だった。
名前はティユル。
思い出してみれば海賊をしていた過去が浮かぶ。
その頃出会った人、奪ったもの、奪った命、与えたもの。
海賊をやめた後のこと。
このまどろみの先には何が…

一番好きな一編かも。
読んでいるうちにティユルさんが雲上の人に思えてくる。
ゆるやかな永遠の平穏にいてほしい。


「夜の果樹園」
ケイタは息子のタカシに会いに行くためにバスに乗った。
間違ったバスだとは知らずに。
たどり着いたのは町中に蔦が絡まる奇妙な町。
そこに住むのはフルーツ頭の奴らだった。
バスの停留所に戻ってもバスは一向に来ない。
そこで赤ひげと名乗る一人の小鬼と出会う…

この連作の中では最もホラーっぽい。
流されて流されてここまで来たか。
思えば最初からタカシの父親はそんな感じだったね。
もうきっとタカシの方がしっかりしてるぞ!


続きが読みたいような、でもここで終わっていてほしいような、自分の中でも面白い位置に残る作品集でした。
あわよくば、恒川さんの他の作品で少しリンクとかしてくれたら嬉しい。

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