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『嘘の木』 フランシス・ハーディング (東京創元社)

☆4.2 

高名な博物学者の父を持つ14歳のフェイスは、尊敬する父の影響を受けて博物学を好んでいる。
しかし、父が発見し世界を熱狂させた"翼を持つ人類の化石"が捏造であると新聞に記事が出てしまったことで、人の目を逃れ一家でヴェイン島に移住する。
島の人々は一家を歓迎してくれたのだが、捏造の噂はすぐ島まで届き、その狭い人間関係はめちゃくちゃに。

そんなある日、父親が死亡してしまう。
周りはみな自殺と疑わないが、娘のフェイスは何かを隠していた父の様子から疑問を持ち、父の突然の死について調べ始めた。
すると、暗闇の中で嘘を養分に育ち、実った実を食べた者に真実を見せるという"偽りの木"についての研究資料が見つかる。
しかも父親の様子からして、その木は島に持ち込まれている。

きっとこの木が父親の真実を教えてくれる。

フェイスは嘘をこの木に囁き、真実を知るための実を育てると決めた……


フェイスの噴飯やる方ない思い、そして忸怩たる思いといったら。
子どもであること、女であること、姉であること。
自らを縛る鎖に苦しみ怒る。
単なる"思春期"なんて言葉だけでは表せない、複雑でコントロールできない思いが、フェイスの胸にはつまっている。


まだ難しいことはわからない弟へ向ける気持ちも、かわいいと思うそばから憎らしくなる相反する現象にも共感しつつ胸が痛い。
何よりも父親へのひたむきな心が傷だらけに見えて、その心に占める存在の重さがもどかしい。

それでもフェイスは知りたい。
愛する父親に何があったのか。

偽りの木に実をつけさせるためにする行動には、結構したたかなところもあって、偶然に助けられながらもフェイスの手腕が光る。
本当にすべてが体当たりで、そこにできる傷跡も愛おしい。

読み終わった時には、フェイスはその広がった視野でこれからを生き抜いていくんだろうなと思えた。
暗くじめじめしていた世界を切り裂いて、太陽の光さす世界が見えたラストだった。


以下ネタバレで。







これが本国では児童書というかYAなのかぁ。
ファンタジーであり、ミステリでもあり、ジャンルを超越した傑作なんじゃないでしょうか。


サンダリー師、ダメなヤツだなぁと思ってたら、本気で駄目な奴だったな。
作中はフェイス視点で見てるので、読んだ後に印象がガラッと変わっている人いっぱいいるんだけど、サンダリー師は徹頭徹尾あかん。
こんな父親、フェイスが可哀想で……


女性が軽んじられている時代、女に学はいらないなどと決めつけられていた頃。
フェイスは自分の父親がどう思っていたか意識の奥底ではわかっていたんだろうね。
自尊心を何度も何度も踏みつけられても。
それでも思わずにはいられなかった。
愛されたい、認めてもらいたいと。


女性の戦い方にはいろんな戦い方があって、自分が持っている思いは一人だけのものじゃなかったと知ったフェイスは、これから存分に悪い見本になって、後の人が少しでも楽に辿れる道を切り拓いてくれることでしょう。
嘘を育てたフェイスには、その片鱗が既に見えてるからね。


太陽の似合う女性にフェイスはきっとなる。
彼女に嘘の木はもういらない。



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