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「エデンに堕つ」 相田宗介編 #006

 『エデン』のインターフェースは、コミュニケーションツールと動画ツールに大きく分かれている。基本は同じアカウントで見ているのだが、クリックひとつで切り替えることができる。
 宗介は匿名アカウントでログインすると、動画チャンネルを立ち上げた。自動的に画面にはおすすめの動画が次々に表示される。『エデン』は、ユーザの好みを時間をかけて学習してくれるから、だいたいのおすすめ動画にはハズレがない。
 宗介はしばらくトップ画面を見ながら食事をした。そして、しばらくして、トップ画面にあった、贔屓のチャンネルの動画をクリックする。
 最新の動画がアップロードされたのはほんの一時間前だが、もう再生回数は十万再生近くになっている。動画を再生すると、オープニングも何もなく、いきなりはじまる。薄暗い部屋の中で、丸顔の女性の顔のアップが浮かびあがる。
〈はい、どうも、なぉちーです。いま午前四時でーす〉
 ひそひそ声で、声を潜めたまま、なぉちーと名乗る女性が言う。画面の端に、小さな『なぉちー』という吹き出しが浮かび上がり、その下に青色の文字で『おひるね宣言』という文字。『おひるね宣言』というのは、彼女らのグループ名であり、『エデン』のチャンネル名でもある。
 部屋は薄暗く、見通しが悪い。
〈ええっと、昨日、東堂さんが差し入れ持って来てたんですよぉ。それでね、渋谷のね、あれ、なんだったっけ、なんとかっていうケーキを買って来て〉
 『*ド忘れしてます』という大きなテロップが画面いっぱいに表示され、その下に小さな文字でケーキ屋の名前が表示される。
〈みんなの分あるからって二つずつ買って来てくれたんですけどぉ。ひびきちゃんが昨日から引きこもっててー、部屋から出てこなくって。ケーキ、ずっと冷蔵庫にあったんですけど、賞味期限明日までだし、このままひびきちゃん気づかない可能性あると思って。さっき部屋の前通ったら、起きてるっぽかったんで、このままケーキ持って部屋に乗り込みたいと思いまーす〉
 なぉちーはカメラを自分から外すと、部屋のドアを開けた。真っ暗な廊下を静かに進んで行く。しばらく歩くと、大きなドアが見えて、リビングが映し出される。
 リビングは広く、コの字型に黒い平べったいソファが置かれている。ソファというよりは、背もたれがついているだけの、ちょっとしたベッドのような家具だ。
 正面には大きな画面の液晶テレビが置かれている。コの字型に置かれたソファのちょうど反対同士に女性が二人横たわっている。顔は見えないが、眠っているようだ。
 なぉちーは自分でカメラを持ったまま、ひそひそ声で続ける。
 カメラが寝ている二人に寄る。メンバーのマコエリの顔がアップにされる。
〈はい、エリちゃんとアカネちゃんですね、二人とも徹夜でゲームしてお疲れで寝てまーす〉
〈はい、こちら冷蔵庫開けて……。はい、これですね。で、さっき一人でコンビニ行ってきたんですけど。いまから徹夜でお疲れのひびきちゃんに、このケーキ食べさせて、セブンのスイーツの新作だって言い張ろうと思います。ちょっと先にひと口食べよ。うん、普通にうまい〉
 ひそひそ声のまま、片手で器用にケーキを二つ持って、歩き出す。ふたたび薄暗い廊下。突き当たりの部屋から明かりが線状に漏れている。ドアは完全には閉まっていないようだ。
 カメラがドアに近づく。ドアの隙間から中を覗き見る。部屋の中は白一色の家具で、カーペットの上で、ドアを背にして小柄な女性がヘッドフォンをつけたままパソコンに向かってキーボードを叩いている。(つづく)


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