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短編小説 『黎明』 #12

1話

前話

スピカはそこから本当に何も話さなくなった。淡々と店舗納品を続け、ついに最後の店舗がやってきた。あたりはもうだいぶ明るくなってきている。
 
店舗から空の番重を回収し、最後の店舗の荷物を引き出したとき、異変に気づいた。別立てで用意してあったパンが一つ足りないのだ。どこかで入れ忘れてしまったのか。

いや、パンが一つ足りないということは、どこかで一つ余分に入れてしまったということだ。配分が間に合わなかったのはメーカー側の責任にはなるのだが、どこかの店で欠品が生じてしまうので、ドライバー責として査定に反映される。

配分伝票を見ながら記憶を辿っていると、「これじゃない?」とスピカがパンを手渡した。

「あれ? どこかに落ちてましたか?」

「ううん、これ、最初から持ってたの」

「え?」

「トラック、最初に乗るときに、荷台から。これ、余ってるやつなのかなあ、って」

「そんなわけないでしょう。立派な窃盗ですよ」

「ごめんなさい」

短くため息をついた。まあ、終わったことはしょうがない。それに、ちゃんとこうやって出してきたわけだから、問題がないといえば問題はない。



気を取り直して、また番重を手に取り、納品した。これまた無愛想な店員から店着証明をもらっているとき、こんな厄日みたいな日も半分が終わったな、と思うと同時に、スピカともここまでか、と思った。

この店舗の納品が終わったら前半が終了し、納品すべきパンはすべて納品したことになる。いったん工場に戻って、軽く休憩してから、また納品するパンを積み込まなくてはならない。

いくらスピカがわがままを言ったところで、これ以上同乗すると確実に誰かの目には触れるし、積み込みの場所に一緒にいることなど不可能だった。
 
納品を終えて外に出ると、スピカはこちらを見ていた。

「じゃ、ここでお別れです」

「どうして?」

「だって、もう納品するパンはないでしょ? ここが、前半の最後の店舗なんですよ。あとは工場に戻って、次の便の積み込みをします」

「あたしもついてくよ」

「それは無理です。うちの会社のトラックもちょうど同じタイミングで帰ってくるんで、見つからずに戻ることは不可能です。それに、工場の中は関係者以外は入れないんで、そもそも無理ですよ」

スピカは腕組みをして、何かを考えているようだった。

「こんなところに取り残されても、帰れないよ。近くまででいいから、乗せてってよ」

「ここからタクシーで帰ったほうがよくないですか?」

「そんなお金ないし。だいたい、ここから家までって相当あるよ。工場の近くからだったら、たぶん電車で帰れるから」



押し問答は続く。いろいろと言葉は交わしたが、それで終わるんならいいか、と思いはじめていた。ガラス越しに店員がこちらの様子を気にしていることもわかった。変にトラブルを起こすよりも、さっさと乗せてしまったほうが賢明かもしれない。

「いいですよ。もう本当に、これが最後ですから」

スピカは少し宙を睨むような仕草を見せたが、小さく頷くと、トラックに乗り込んだ。

僕は運転席に座りながら、あることが気になった。

なぜスピカは工場の場所を知っているのだろうか?


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