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短編小説 『黎明』 #11

1話

前話

次の店舗も、いつも大量の注文をする店舗だった。住宅街に位置するため、通勤の時間帯にパンがよく売れるのだろうか。スピカのことを気にする余裕もなく、納品の準備をした。
 
台車を押しながら入店し、いつものように挨拶をすると、また驚きの光景を目にした。スピカが、レジ横に立って店員と何かを話している。先ほどの焼き鳥の例もあるので、また何か余計なことをするんじゃないか、と思った。
 
いや、これ以上面倒ごとを起こすのなら、もうここで置いていこうか、と思った。夜はだんだん明るみ始めている。田園地帯を抜けて、住宅街に入ってきたので、もう少しで電車も動く時間になるだろう。

そんなことを考えながら、店着証明をもらいにレジまで歩く。スピカと店員は何かを楽しそうに話していたが、店員はこちらをみると、さっとスキャナーを手に取った。スピカは買い物をしていたわけではなかったらしい。
 
店着証明が終わると、スピカは驚くことに店員に手を振った。店員も小さく胸の前で手を振り返しているのが見えた。
 
スピカを置いていくつもりが、無効化されたので少し苛立った。大丈夫だ、まだチャンスはある。乱暴にドアを閉めると、「何話してたんですか?」と感情のままに荒々しく聞いた。

「別に。ちょっとした世間話だよ」

「世間話?」

「そう。世間話はしない?」

「納品のときに? 店員とですか? するはずないでしょう。そんな暇もないし」

「店員さんだって人間だよ? 知ってた?」

「……」

「確かに、普通はマニュアル通りに接客してくるコンビニの店員と世間話はしないよね。でも、それって相手をロボットか何かだとみなしてる、ってことだよね」

「そんなことはないですよ」

「キミが店員さんを内心で見下しているように、店員さんもキミのことを同じように見てるんだよ。たぶん、配送ロボットか何かだと思ってると思うよ」

「とにかく、あんまり勝手なことしないでください。クレームになったら、本当、迷惑なんで」

スピカはシートに深く腰掛け、短くため息をついた。



店員のことをロボットみたいだ、と思ったことはある。というより、この仕事をするまでは、ロボットみたいなものだと思っていた。マニュアルから外れた会話はしないわけだし、そういうものだと思っていた。

しかし、当たり前だがコンビニの店員だって、コンビニの店員である以前に、普通の人間だ。もちろん彼らなりの生活があるし、人生があるのだろう。
 
スピカはそれきり、何も話さなくなってしまった。自分から望んで一緒にいるわけではなく、むしろ押しかけてきたような格好なのに、妙に沈黙が重く感じた。
 
スピカは一体何者なのだろう、と思った。ただの頭のおかしい女にしか見えないが、ときどき核心を突いたようなことを言う。
 
沈黙が重く感じたのは、昨日のことが影響しているのかもしれない。昨日、学生時代から付き合っていた恋人と別れたのだった。夜勤が基本なので、常に昼夜逆転のような生活をしており、まともに相手をする時間がとれなかったのが原因だと思ったが、本当はもっと別の原因があったのかもしれない。
 
本当にきついのは、この仕事そのものじゃない。この仕事によって、何か自分の人生を削られているような感じ、本当はもっと大事に過ごすべき時間という大切な資産を、どこかに置き忘れてしまっているような気がするのだった。

深夜配送をする中で自分が唯一気に入っているところは、毎日ちゃんと夜明けを見ることができる、ということだ。学生の頃は、もちろんそんな時間に起きていることはなかったし、夜明けがそんなに綺麗なものだと感じたこともなかった。

暗闇からだんだんと周囲の視界が開けていき、世界が赤く染まっていく様は痛快だった。

それと同時に、ほとんど車や人がいない中でそんな光景を見ている自分は、本来いるべき世界から外れてしまったような気がして、焦りも覚えた。

一人暮らしのアパートの一室ではなく、ローンを組んで建てた家で目覚め、ほかの大多数の人と同じように出勤する自分はまったくイメージできなかった。真夜中に出勤し、世間の人がまだ忙しく働いている昼間に家路に着く自分はどこに向かっているのだろう、と思った。


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