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恋愛履歴書①

僕の人生は、恋で作られている

恋の経歴を伝えることは、僕の経歴を伝えること。

そう、これは恋愛履歴書なんだろう。

'92 Y's memory

彼女との出会いは、暑い夏の最中だった。

僕は小学5年生、まだ恋なんて気持ちがピンと来ない年頃だった。

県主催の夏休みの子供キャンプで、2泊3日で山に出かけた。

親元を離れて過ごすのだが、僕は去年も参加していたから寂しくはなかった。

それよりも普段と違う友達と出会える経験が、なによりも好きだった。

Yちゃんもその一人だ。

キャンプでは班分けがされて、僕と彼女は隣の班だった。

夜は男子と女子は(もちろん)別のテントだったから、僕は同じテントの中学生からオナニー(ジェダイ)について色々と教えてもらった。

正直衝撃だった。こんな世界があったとは。

帰ってからしばらく毎日ホース(フォース)をいじることに興味津々だった。

そんな折りに、突然Yちゃんから電話がかかってきた。

「久しぶり、覚えてる?」

「え、あー、覚えてる、よ?」

正直、そこまで印象は無かった。なんせ同じ班じゃなかったし、特別な話をした記憶もない。

それよりも、僕は人体の神秘の探求に心を奪われていたのだ。

「あのさ、私、やっほーのことが気になっちゃって、好きって意味で、」

脳天にカミナリが落ちた。

え?こんなことってある?

幼稚園では確かにジャングルジムに君臨して、好みの女子を檻に捕らえていた暴虐の帝王だったけれど、小学校に入ってからは正直告白されたことなんか1度もない、3枚目キャラな僕だ。

それが突然出会ったばかりの女子の方から告白されるなんて!!!

「え、あ、そう、なんだ、、嬉しい、よ?」

そもそもこういうシチュエーションで女子と話すことに慣れていない!

酸欠の金魚みたいになった僕は、お互いに手紙を書くことを約束してパクパクしながら電話をきった。

どうやら、僕には(文通だけれど)彼女が出来た。

※令和生まれの方に解説しておくと、昭和の時代には子供が携帯を持てる状況はなかった。メールなんてもちろんないし、電話は家の電話にかけて親御さんに呼び出してもらう必要がある。文通というのは手紙をやり取りして通じ合うことだ。

それから彼女の最初の手紙が来るのが、待ち遠しくて仕方なかった。

もちろんその間、伸ばしたり縮めたりの股のホースいじりにも余念が無かった。

初めて手紙が来た。可愛らしい青の便箋に、可愛らしい文字。彼女は青が似合うふっくらほっぺの女の子だ。

何回も何回も舐めるように読んだ後、オシャレなエアメールの縁どりのある便箋に返事を書いた。

「好きだ、好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだすき家好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ」

控えめにいって100回は書いたんじゃないだろうか。

僕は恋愛相手にどのように接したらいいかを何も知らなかった。

とりあえず、好きな気持ちを、好意を伝えなきゃ!

そう思って、返事にはいつもたくさん好きだと書いた。

彼女もそれにいつも応えて、好きだと書いてくれた。

そうするうちに冬休みになり、再び彼女と会えるチャンスが来た!

冬はキャンプではなく、スケート教室が開かれる。

僕と彼女は同じコースを申し込んで再開の約束をした。

ホースをいじるコツが分かってきた僕は、少しずつ性的なことへの興味が芽生えてきていた。

帰省した兄が慎重に隠していたらしい週刊プレイボーイをこっそり盗み見ていた僕は、再開に向けてひとつの大きな野望を持っていた。

「キス、を!!!するんだ!」

好きあった男女は抱きしめあって口づけする。

もちろんもっと先のことがあることも、プレイボーイ先輩から教わっていたけれど、そこまでの勇気は無かった。

とりあえずキスをしたい。

久しぶりに暴虐の帝王の血が滾る思いが蘇る。

そうして僕たちは初めて会った思い出の地で再開した。

「、、久しぶり」

「おう、」

会話はそれだけだった。

3日間ほとんど会話も、目を合わすことも、もちろん触れ合うことなんて一度もないままだった。

さらに最悪なことが起こった。

スケートに行く前にお茶の補給があるのだが、やかんのお茶は冬場なので尚更異常に熱い。

みんなお茶を入れるのを待つのだが、熱すぎて取り扱えない。

並ぶ列の中にYちゃんもいた。

もう冷えたか、まだかとしてるうちに、温度を確かめたくなった僕はやかんの蓋をとり、指をつけてお茶の温度を確かめてしまった。

「あ、、、」

周りから声が漏れた。

なんてことをしてしまった。

家ならまだしも、他人の指のつかったお茶なんて誰も飲みたくない。

数人のバカ騒ぎ好きな男子を除いて、さぁっと人がひいていく。

「ま、気にしない気にしない♪」

こういう時ほどバカ男子に救われる気持ちになれる時はない。愛すべき存在だ。

ほんの3.4人だけがお茶を汲んでいった。

そのうちの1人はYちゃんだった。

そうして僕達の再開は終わり、僕は相変わらず好きだ好きだという気持ちを便箋に必死に書き留めた。

次の年に僕は塾に通うことになり、キャンプには参加できなかった。

次いつ会えるかな?という彼女の問いかけに、返事をできないまま僕たちは中学生になり、いつしか手紙も出さなくなった。

次の夏に、もしかしたらとキャンプに参加してみたけど、彼女の姿はなかった。

そうして僕の初めての恋愛は終わった。

まんまるほっぺの彼女とのキスは叶わなかった。

(つづく)

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