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短編戯曲「私の好きだった週末」

・登場人物
本城拓馬
本城紗和

本城真紀・・・拓馬の母

バニラ・・・拓馬の実家の犬

◆本編

1.車のなか

高速道路。渋滞している。
車中、運転席に紗和、助手席に拓馬。
拓馬のスマートフォンとカーステレオを無線で繋いで、音楽が流れている。
しばらくして、メールの通知がくる。
拓馬、スマートフォンを確認して、視線を窓の外に移す。

拓馬 「何時に着く?」
紗和 え?
拓馬 母さんから。
紗和 あー。…あと100キロだから…

窓の外は良い天気。車が永遠に続いている。

紗和 …や、読めない。まだまだかなあ。
拓馬 まあいつでもいいよ、うん。
紗和 そんなわけにいかないでしょ。
拓馬 仮であと3時間とか言っとく。
紗和 うえ、早く進まないかな。

音楽が流れている。

紗和 お母さん以外、誰かいらっしゃるの。
拓馬 や、ひとり。うち親戚と疎遠だから。
紗和 そう。
拓馬 そうそう。

間。

拓馬 …ああ、バニラもいるな。
紗和 バニラ?
拓馬 実家の犬。
紗和 へえ。飼ってたんだ、わんちゃん。
拓馬 言ってなかったっけ。
紗和 全然。犬派とも知らなかった。
拓馬 そっか。
紗和 どんな子なの。
拓馬 あー、毛がバニラ色だから、バニラっていって。まあただの雑種なんだけど。ラブラドールてわかる?
紗和 いや。
拓馬 まあそういうのとなんかの雑種だと思う。捨て犬だったから正確な年はわかんないんだけど。でももう結構な年だろうな。拾った時から結構大きかったから。
紗和 そうなんだ。

音楽が流れている。

紗和 バニラ色ってどんなの。
拓馬 え。
紗和 バニラ色。
拓馬 …え、普通に常識じゃない、バニラ色。
紗和 わかんない。
拓馬 うそだ。
紗和 え、あれだよね、アイスのバニラの色ってことだよね?
拓馬 まあうん、そう。
紗和 まあ、だよね、うん。…クリーム色と同じか。
拓馬 全然違う。
紗和 え。
拓馬 バニラ色とクリーム色は全然違う。
紗和 そうなんだ。
拓馬 クリームの方が全然黄色っぽくて、バニラの方が品があるんだよ。色が淡くて。
紗和 へえ。

間。

紗和 タクちゃんが名前つけたんだ、バニラちゃん。
拓馬 …わかる?
紗和 こだわりがね、強すぎ。

くすくす笑う紗和。

紗和 我が子の名前が間違えられたら、誰でも怒りますよね。
拓馬 まあ、うん、まあ。
紗和 私もそうなるのかな。
拓馬 そうなんじゃない。
紗和 テキトーだなあ。どんな名前にするか考えた?
拓馬 …やっぱ顔見ないと、なかなか。
紗和 いやいや、無茶言わないで。

車が少しだけ動き出して、アクセルをふむ紗和。


2.(回想)

知人から、いらなくなったという絨毯をもらった。数年前に一目惚れしてしまい、捨てる時がきたらくださいと、何度となくねだってきたものだ。くるくる丸めたそれを抱えて帰り道を歩く。
途中、楽しみでうずうずが止まらなくなり、最近舗装されたばかりのアスファルトの上に敷いてみる。道が部屋になった。横にそびえるアパートの影が、絨毯に新しい柄を足している。家ごとに柄ができるのだなと思った。ということは、私は彼の家の柄が好きだったわけなので、この絨毯を我が家に持って帰っても、大して愛着は持てないのだなと思った。
そのままゴミ捨て場に置いて帰った。


3.実家

拓馬の実家の居間。ホルモンのみの焼肉が振舞われている。
机には拓馬・紗和、向かいに本城真紀が座る。
犬のバニラも机の下で、たびたび真紀から肉をもらう。

真紀 成長していくにつれて好き嫌いが減るっていうでしょ。私も昔はそう思ってたんだけど実際はそうじゃないのよね。嘘よね。逆よね。例えば昔はビワをずっと食べてたの。庭の木になっててね、立派な、でもまあ数年前の台風で倒れちゃって今はないんだけど、そのビワを食べてたの。でも今は嫌だもんね私。だからごめんなさいね。今日ホルモンしかなくて。ホルモンしか食べれなくなっちゃったのよね私。
紗和 ああ。いえいえ。私、好きですよホルモン。
真紀 ほんと?
紗和 ええ。美味しい。
真紀 あら、ほんと、嬉しいな。
拓馬 ロース、もう食べられないの。
真紀 あー、うん、そうねえ。
拓馬 昔はずっとそれしか食べてなかった。
紗和 へえ。
真紀 もうねえ、ダメなのほんと。若気の至りだったのかなあ。口の中をへばりつく感じとか、ほんと肉って感じが気持ち悪くて。まあ肉全般に言えることなんだけど。
拓馬 ああ…。
真紀 でも内臓好きな子って珍しいわね。内臓女子だ内臓女子。はは。
紗和 はは。
真紀 そうだ、タク、斎藤さんとこね。娘さん、こっちに戻ってきたのよ。
拓馬 そうなんだ。
真紀 ほら、麻衣ちゃん、あんた学年一緒だったでしょ。
拓馬 そうだっけ。
真紀 そうよ。斎藤麻衣ちゃん、覚えてないの。
拓馬 覚えてないよ。え、中学とか一緒だったの?
真紀 そうよ。えー。この子、そういうとこあるから。紗和ちゃんも大変でしょ。
紗和 え。
真紀 そっけないっていうか、冷たいっていうか。
紗和 拓馬くんですか、そうですか、そうですかね。
真紀 そうよ。それでそう、その麻衣ちゃんね、東京の方でカメラマンしてたんだって。なんか有名な人のアシスタントとかしてたみたいだけど、斎藤さん、奥さんの方ね、腰悪くしちゃって、お店の方に立てなくなっちゃったじゃない。だから、それ手伝いに帰ってきたんだって。
紗和 へー。
真紀 で、休日になると、こんなおっきいカメラ持ってうろうろしてて、なんか趣味ではこれ、続けてたみたいなんだけど、それでなんとね、ちょっと待ってね。

真紀、居間から出ていく。
肉の焼ける音がする。
バニラが肉をねだる。

紗和 私もあげていいの?
拓馬 塩分強いから、人間の食べ物はあげちゃダメ。
紗和 そっか。よしよし。

紗和、バニラを撫でる。
真紀、写真アルバムを持って居間に戻る。

真紀 ほら見てこれ。お父さんが撮った写真。
拓馬 …は?
紗和 わ、綺麗。川ですか。
真紀 そう。そこの川なんだけど、お父さんね、変わったんだよ。病気してからよく笑うようになってね、冗談もたくさん言うようになってね、友達もたくさんできて、この写真もね、麻衣ちゃんに教えてもらって撮るようになったんだよ。町内会で賞を撮った時は嬉しそうで嬉しそうで。
紗和 へえ。穏やかになられたんですね。
真紀 そう。ひどい人だったけど、やっと改心できたんだなって。私、最後にお父さんのこと好きになれて本当によかったなって思ってるの。だから、

真紀、ホルモンをホットプレートに追加する。

真紀 タクも、お父さんのこと許してあげてね。
拓馬 …。
紗和 あ、バニラちゃん、なにそれー。

バニラ、お腹を出して寝転がっている。

真紀 なにそれバニラ、かわいー。
紗和 かわいー。


4.(回想)
中学受験の日、受験会場とは逆の方向の電車に乗ってしまいました。勉強は何年も続けていたので学力は申し分なかったはずなのですが、とてもシンプルに、電車を乗り間違えてしまいました。こんなことは生まれて初めてでした。気が付いたときには、まだ戻れる時間でした。けど私は「ああ」とは思いましたが、そのまま電車に乗り続けました。なんとなく居心地のよい車内で、乗り換える気分にはなりませんでした。
とても長い時間が経ちました。私は聞いたことのない名前の駅で降りました。ホームには誰もいません。無人駅というやつでしょうか。
駅を出て、最寄りの集落に入ってはみたものの、誰も歩いていません。等間隔に並んでいる自販機の色だけがとてもビビッドで、変に浮いて気持ち悪かったです。
そこでカルピスソーダを買った後、手もちぶたさで特にすることもなかったので、目の前にある山を登ることにしました。登山家のようなセリフですね、すみません。看板もハゲていたので、今ではポピュラーではない登山道のようでした。皮靴のせいで頻繁によろけながら、一歩一歩、土を踏みしめて行きます。マフラーを取って、汗の染みたブラウスを冷気が刺激しました。目が覚めるようでした。とても気持ちいい。
長い時間が経ちました。靴擦れができました。山頂にはまだ着きません。でも、こんなに清々しいと思ったの、本当に久しぶりで、とても嬉しかった。一人になって心細くてもうこんなこと2度としませんて、そうゆう風になるんだと思っていたのに、私の胸は今、こんなに心地いいメロディで踊っている。それが嬉しかったんです。



5.近所の河原

バニラの散歩をする拓馬と紗和。
草や虫とたわむれるバニラ。
しばらくして、

拓馬 ここら辺、だいぶ変わったな。
紗和 そう。
拓馬 うん。あっちなんて全部林とか芝生だった気がする。
紗和 建売ばっかりだね。
拓馬 全部綺麗になっちゃって。

間。

拓馬 俺って冷たい?
紗和 え?
拓馬 昨日、母さんが言ってたろ。
紗和 えー、あー、どうだろ。
拓馬 一滴も泣けなかったんだ。父さんの墓の前に行っても。
紗和 まあいくら嫌いだったとしても、ちゃんと挨拶しにきたんだし、冷たくないでしょ。
拓馬 そう。
紗和 なんなら体温高い方だよ。
拓馬 え。
紗和 そうだよ。
拓馬 …そういう話してないだろ。
紗和 冗談だよ。ごめんて。
拓馬 …や、ごめん、うん。

紗和、バニラを撫でる。
風が暖かい。生気に満ちている風景。

拓馬 昔さ、バイトしてカメラ買ったことあってさ。初めて自分の金で買ったものだから、すげえ嬉しかったし大事にしてたんだよね。でもしばらくして父さんに見つかってさ、そんなくだらないもので時間を潰すなって、この川に捨てられたことあったよ。だから、昨日はなんだか、力抜けちゃった。
紗和 あー、お前がやるんだカメラ、みたいな。
拓馬 そうそう。っていうか、俺よりもめちゃくちゃ良い機材買ってた。ふざけんな。
紗和 はは。
拓馬 ほんと…。

間。

拓馬 久しぶりに帰ってきて、やっぱり俺、父さんのことを許せないんだって、それが分かって、よかった。
紗和 うん。
拓馬 救われようとしているみたいで気持ち悪かったから、ずっと。
紗和 うん。

バニラ、甘えた声を出す。

紗和 バニラちゃんて元気だよね。
拓馬 絶対15歳は超えてるんだけど…
紗和 人間でいうどのくらい。
拓馬 …年齢×7とかだったような。
紗和 じゃあ…100歳超えてるの。すごいね。元気だね。(バニラに)もうすぐ弟か妹できるんだよ、よろしくね。

紗和、拓馬をみる。

紗和 なんかあれだね、バニラちゃんと同じ理論だと名前、そのまま「赤ちゃん」とかつけかねないね。
拓馬 え。
紗和 バニラ色でバニラでしょ。産まれた時の見た目でいったらさ。赤い子供で。
拓馬 なにそれ。
紗和 はは。


6.(回想)

焼け野原になった丘に立ち、灰とわずかな緑でできたすべてをそこにあるまま、静かに乱暴に放置する。辛抱強く放置する。やがて、なんのために辛抱していたのかを忘れ、その場を後にする。
ゆっくりと終わっていく春の座標に名前をつけることができたならば、心より出でしものよ、再び心へと帰れ、と祈る。






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