【高校生物】植物生理②「どのような植物ホルモンが植物の成長を制御しているのか?」
~プロローグ~
「こちらでは穀物が、あちらでは葡萄がいっそう豊かに実を結び、別の場所では、樹木の苗や自然の牧草が青々と生い茂る。」ウェルギリウス『農耕詩』第1歌より
★テストに出やすいワード
①ジベレリン
②サイトカイニン
③アブシシン酸
④エチレン
⑤カルス
要点:植物ホルモンは少量で植物体の成長や発生に大きな効果を及ぼすことができる。
● 植物が生産し、自身の成長・分化・発生・環境適応反応を微量で制御する低分子シグナル物質を植物ホルモンという。
● オーキシン、サイトカイニン、ジベレリン、アブシシン酸、エチレン、ブラシノステロイド、ジャスモン酸、ストリゴラクトンなどが植物ホルモンの定義に当てはまると考えられている。
雑談:動物のホルモンは、一般に「内分泌腺で生産され、導管を経ずに血液中に分泌されて、標的器官の活動に変化を与える化学物質の総称」を指す。それに対して、植物ホルモンは、生産される場所・輸送方法・標的器官・作用機序が多様で、わかっていないことが多い。
(復習:オーキシンについて)
講義動画【オーキシンの復習】
要点:ジベレリンは単為結実や種子の休眠打破にはたらく。
● シベレリン:もともとは、イネの馬鹿苗病(草丈が異常に高くなる病気)を引き起こすカビ(ジベレラ)が分泌する物質から発見された。しかし、その後、ジベレリンは植物に広く存在することが明らかとなった(植物自身もジベレリンを産生していた)。
雑談:ジベレリンは、黒沢栄一によってイネの馬鹿苗病菌の培養液中からイネを徒長させる物質として発見され、薮田貞治郎、住木諭介によって結晶化・命名された。一時期、オーキシンのみによって植物の生長と分化を説明しようとする流れがあったが、ジベレリンが発見され、オーキシンの他にも植物ホルモンが存在することが知られるようになった。その後相次いでサイトカイニン、アブシシン酸、エチレンが植物ホルモンとして働いていることが明らかになった。
● ジベレリンのはたらき
①細胞の伸長成長を促進。
②種子の発芽を促進(休眠打破[きゅうみんだは])。
③単為結実(たんいけつじつ。受粉をしなくても果実が形成される現象)を促進。→種なしブドウの生産に利用されている。
雑談:アメリカのウィーバーは、ジベレリンがブドウ果実の成長を促進することを発見した。その後、日本の岸光夫は、ブドウ果実の成長促進実験の中で、種無しの果実が生じることを発見した。これが種なしブドウの生産につながった。なお、ブドウの品種により、種なし化のしやすさは異なることが知られている。
● 種子の中で休眠中の胚は、適当な条件(水分と酸素と温度)がそろうと活動を始め、発芽が起こる。
● 発芽の制御には、ジベレリンが関係している。
● 発芽の際、胚乳細胞内のデンプンは、アミラーゼによって消化される。アミラーゼは、糊粉層細胞から分泌される。胚が分泌するジベレリンは、糊粉層におけるアミラーゼの合成を誘導する。
雑学:穀類では、胚乳の外側の層が特殊化し、『糊粉層(こふんそう)』を形成する。糊粉層はアリューロン層とも呼ばれ、糊粉粒(タンパク質を主体とする小粒)を多量に含んだ細胞層である(1~5層の細胞層からなる)。デンプンは蓄積されていない。糊粉層がアミラーゼやその他の酵素を分泌することで、胚乳内の貯蔵物質が、可溶性成分として胚に供給される。
雑談:四方治五郎は、オオムギの種子において、ジベレリンがアミラーゼの生成を誘導することを示した。
①胚が植物ホルモンであるジベレリンを分泌する。
*胚(赤ちゃん)が「グルコースほしいよー!」と声をあげるイメージ。
②ジベレリンを受け取った糊粉層の細胞がアミラーゼを分泌する。
*実際は、糊粉層からはアミラーゼやプロテアーゼなどの加水分解酵素が分泌される。
③胚乳のデンプンが分解され、生じたグルコースが胚に吸収される。
*実際は、グルコースやマルトース、アミノ酸などが胚に吸収される。
下図はイメージ。
雑談:胚と胚乳の間には胚盤(子葉に相当するとされる)という器官がある(胚盤はイネ科特有の胚的器官である)。ジベレリンは胚で合成され、胚盤を経て胚乳に放出される。ジベレリンは拡散し、糊粉層に達する。糊粉層の細胞は、アミラーゼなどの加水分解酵素を合成し、胚乳に分泌する。デンプンや他の貯蔵物質は分解されて低分子化合物になる。それらは胚盤に吸収され、成長する胚へ輸送される。
語呂「ジベレリリリン!(目覚まし時計で休眠解除のイメージ)」
講義動画【ジベレリン】
問題:オオムギの種子を用いて実験を行った。種子を半分に切って半種子(半分に切った種子)2つに分けた。その際、胚を含まない側と含む側に分けた。
(1)と(2)をデンプンの入った寒天培地に置き、寒天培地中のデンプンが分解されるかどうかを調べた。
(1)胚を含まない半種子
(2)胚を含む半種子
ヨウ素ヨウ化カリウム溶液による呈色反応(デンプンがあると青色を示す反応)で青色を示したものは(1)と(2)のどちらを置いたか。1つ選べ。
答え:(1)
解説:胚がジベレリンを分泌し、それを受けて糊粉層がアミラーゼを分泌するので、胚と糊粉層の両方が存在しないとアミラーゼが分泌されず、デンプンは分解されない。胚(と糊粉層)が含まれる半種子(2)では、分泌されたアミラーゼによってデンプンが分解される。よって(2)を置いたところは青色を示さない(デンプンが残っていると青色になる)。
講義動画【ジベレリンによる発芽制御】
雑談:ジベレリンは以下のような構造をしている(これは一例である。ジベレリンには多様な種類がある)。R1にはHやOHが入る。高校生はまったく気にしなくてよい(ジベレリンはタンパク質じゃないんだなあ、くらいに思っておけばよい)。
雑談:ハーバー・ボッシュ法(アンモニアの工業的製法)の発明によって、窒素肥料は安価に得られるようになった。しかし、一定以上肥料を与えると、コムギやイネは倒伏(倒れてしまうこと)してしまう。そこで、草丈を低くする突然変異体(ジベレリン合成経路の遺伝子群の1つに突然変異が入り、ジベレリンの作用が減衰している)を利用することで、倒伏しない品種が育種された。これにより、コムギやイネの収量が2倍以上に増加した。これが所謂「緑の革命」である。なお、緑の革命の主役となったメキシコのコムギの品種の半矮性(通常の品種より草丈が短縮するが、その程度が極端でない特性)と多収性は、日本の品種「農林10号」(岩手県農事試験場の稲塚権次郎が育成した)に由来する(戦後、GHQの遺伝資源収集によって「農林10号」はアメリカに渡った)。
雑談:アメリカの農学者、植物病理学者であるボーローグは、日本のコムギ品種の農林10号を利用して、多収品種のコムギ系統を育成した(ボーローグは「私の研究はNORIN TENなしでは完成しなかった」と述べている)。この多収品種は世界各地に普及し、これによりコムギの生産量は増加した。1960~1970年に取り組まれたこのコムギの普及は「緑の革命」と言われた。ボーローグは人類の食糧確保への貢献した業績で1970年にノーベル平和賞を受賞した。彼は「歴史上最も多くの命を救った」と言われている。
要点:サイトカイニンは細胞分裂を促進し老化を防止する。
● サイトカイニン:DNAの分解産物から発見された。
雑談:スクーグらは、実験室に放置されていた古いDNAが、カルスの増殖を引き起こす(強力な細胞分裂促進効果をもつ)ことを発見した。彼等は、人工的に古いDNAをつくり、その中に含まれる(アデニンの誘導体である)カイネチンを抽出した(また、ミラーらは、カイネチンの構造を決定した)。その後、カイネチンと同様の作用をもつ物質を総称してサイトカイニンと呼ぶようになった。カイネチンは合成サイトカイニンとして利用されている(カイネチンは天然の植物体内には存在しない)。天然のサイトカイニンとしては、ゼアチン(やイソペンテニルアデニン)が広く植物界で見つかっている。
● サイトカイニンのはたらき
①細胞分裂を促進 (これはサイトカイニンの語源になっている[分裂=サイトカイネシス])。
②老化を抑制。
語呂「卍解!限界突破!(サイトカイニン、細胞分裂促進、老化防止。細胞分裂促進と老化防止を、卍解によって生命活動の限界を突破するイメージで覚える。卍解は久保帯人先生の漫画『BLEACH』(集英社)における必殺技みたいなもの。)」
語呂「サイトカイニンのサイは細胞分裂促進のサイ!」
講義動画【サイトカイニン】
雑談:サイトカイニン(cytokinin)とサイトカイン(cytokine)は別物。サイトカインは細胞間情報伝に関わるタンパク質の総称。
雑談:サイトカイニンは以下のような構造をしている。Rには、ゼアチンの場合はOHが、イソペンテニルアデニンの場合はHが入る。高校生はまったく気にしなくてよい。
要点:培地中のオーキシンとサイトカイニンの濃度比によって、カルスが何に再分化するかが決まる。
● 植物体の一部を切り出して組織培養を行う過程で、栄養分に加えて、オーキシンとサイトカイニンを与えると、細胞が未分化な状態にもどり(脱分化)、カルス(未分化な細胞塊)を形成する。
語呂「脱いじゃうなんて軽すぎるよ(脱分化、カルス)」
雑談:「カルス」は、もともとは傷害部位にできる癒傷組織の細胞塊を指す用語。
● カルスに高濃度のサイトカイニン(と低濃度のオーキシン)を与えると、葉と茎などが分化する。一方、高濃度のオーキシン(と低濃度のサイトカイニン)を与えると、根が分化する。
● いったん脱分化したカルスから再び組織が分化することを再分化という。
*再分化:脱分化した状態から再び特定の機能や形態を持った組織や器官が形成される現象(植物体は脱分化・再分化を経て植物体を再生する能力をもっている。そのような能力を分化全能性という)。植物の再分化は、培地の条件、特に培地に加えられたオーキシンやサイトカイニンなどの植物ホルモンの比率に大きく影響を受けることが知られている。
覚え方「サイ ト カイニンは葉 と 茎("サイトカイニン"の"ト"で"葉と茎"の"と"を連想する)」
雑談:特殊な培地を用いて植物の組織片を無菌培養し、その際、培地上のサイトカイニン濃度とオーキシン濃度を適切に調整すると、簡単に植物個体(植物まるまる1個体)が得られることが知られている。
要点:アブシシン酸は種子の休眠促進や気孔の閉鎖にはたらく。
● アブシシン酸のはたらき
①種子の発芽抑制(休眠の維持)。
②気孔を閉ざす。
雑談:アブシシン酸は、もともとワタの葉と果実の離脱abscissionを促進する物質として同定されたが、実際は器官脱離を起こす主役ではなかった(エチレンが器官脱離を制御する主役であった)。名前を変えるべきだが、アブシシン酸の語が定着してしまった。
雑談:アブシシン酸は大学ではアブジジン酸と呼ばれるが、高校生は教科書に合わせて「アブシシン酸」と書くこと。
語呂「危ない!休眠しよう!閉じこもろう!(アブシシン酸、休眠促進、気孔閉鎖)」
● 植物の葉には、2個の孔辺細胞に囲まれたすき間である気孔が存在する。気孔を開く時には、孔辺細胞が吸水する。孔辺細胞では、気孔側の細胞壁が厚く伸びにくいため、吸水すると細胞が湾曲して気孔が開く。一方、水が不足するとアブシシン酸が合成され、そのはたらきによって孔辺細胞は水を排出し、気孔が閉じる。
補足:植物は、フォトトロピンなどの青色光受容体によって光を感知し、気孔を開けることがわかっている(フォトトロピンは光屈性における光の受容体としても働いている)。
講義動画【アブシシン酸】
雑談:アブシシン酸は以下のような構造をしている。高校生はまったく気にしなくてよい。
発展:気孔の開閉について
(1)気孔が開く時
①孔辺細胞にあるフォトトロピンが青色光を受容する。
②プロトンポンプが活性化しH+を孔辺細胞から排出する(細胞膜が過分極される)。
③(過分極に応答して)電位依存性のカリウムチャネル(知らなくていいが内向き整流性カリウムチャネルという)が開き、カリウムイオンが孔辺細胞に流入する。
⓸孔辺細胞内の浸透圧が上昇→水が流入→膨圧上昇(気孔が開く)。
雑談:一般に朝日には青色光が多く含まれており、気孔の開口を促進させる。朝日に応答して気孔を開口することにより、日中、光合成を行う際に二酸化炭素をすみやかに供給できると考えられている。
*少し詳しい図
講義動画【フォトトロピンと気孔の開口】
(光受容体については後で学べばよい。フォトトロピンのところで気孔の開閉について触れている。)
(2)気孔が閉じる時
①植物が乾燥ストレス(水不足によるストレス)にさらされると、アブシシン酸が合成される。
②細胞膜の陰イオンチャネルが活性化され、孔辺細胞から陰イオン(主に塩化物イオン)が排出される(細胞膜が脱分極される)。
③(脱分極に応答して)電位依存性のカリウムチャネル(外向き整流性カリウムチャネル)が開き、孔辺細胞からカリウムイオンが排出される。
⓸孔辺細胞内の浸透圧が低下→水が流出→膨圧低下(気孔が閉じる)。
*アブシシン酸は、気孔が開く時に働いたプロトンポンプや内向き整流性カリウムチャネルのはたらきも阻害することが知られている。
*少し詳しい図
雑談:京都大学の今村駿一郎が1943年にはじめて気孔の開閉にカリウムイオンが関与することを示した。
要点:エチレンは気体の植物ホルモンであり、離層形成を促進する。
● エチレン:気体として放出される植物ホルモン。
雑談:19世紀、人々は、ガス灯の近くの街路樹の葉が次々と落ちることを不思議に思っていた。1901年、ネルジュボフは、室内の照明用ガス灯から漏れ出る『気体』が、微量でエンドウ芽生えの成長に影響を与えることを発見した。1934年、ゲインは、数十個のリンゴから放出される気体を何日もかけて集め、エチレンを単離・同定した。
● エチレンのはたらき
①離層(りそう)を形成して落葉・落果を促進。
*離層:葉・花・果実が茎から脱離する際に、それらの器官の基部に形成される特殊な細胞層。木質化せず、機械的に弱い。離層細胞は、ペクチナーゼ・セルラーゼなどの細胞壁分解酵素を生産し、細胞壁を分解する。
②植物体の伸長成長を抑制し、肥大成長を促進。
③バナナ・ミカンなどの果実の成熟を促進。
*成熟した果実から多量のエチレンが生成される。エチレンが成熟の引き金になり、成熟はさらなるエチレン産生の引き金になる。これは一種の連鎖反応である。
*エチレンは気体であるため、エチレンを放出している果実は、周辺にある他の果実にも作用を及ぼす。たとえば、密閉された容器の中にたくさんの果実があるとする。1つの果実が成熟し、エチレンを放出すると、エチレンは同じ容器に入っている他の果実にも作用する。その結果、他の果実も次々と成熟を始める。
雑談:古代、エジプトでは、果実に傷をつけることで、果実を肥大・成熟して食べていた。
雑談:テレビドラマ『3年B組金八先生』(TBS)において、金八先生は「腐ったミカンを箱から放り出すような指導をするのか!我々はミカンをつくっているわけではない!」という主張したが、人が果実を熟させるようなエチレンガスを出すことはない。
講義動画【エチレン】
★まとめ
重要な植物ホルモンと、それぞれの植物ホルモンに関するキーワード。
<Q.どこがテストに出そう?…まずは、『ジベレリン=休眠打破・種なしブドウ。サイトカイニン=細胞分裂促進・老化抑制。アブシシン酸=休眠維持・気孔閉じる。エチレン=離層形性』をチェック。後は問題に出てきたらその都度調べていけばよい。>
要点:細胞が長くなったり、太くなったりする仕組みには、いくつかの植物ホルモンが関わる。
(1)ジベレリンやブラシノステロイドが働いてからオーキシンが作用すると、細胞は縦方向によく成長する。
①ジベレリンなどの植物ホルモンが、微小管の横方向の配置を促進していると考えられている。
②微小管が横方向に配置されると、細胞膜にあるセルロース合成酵素の働きによって、「横方向」に長いセルロースの繊維が合成される。
③セルロースは細胞の形を制御するベルトのように働く。オーキシンによってセルロースがゆるみ(膨圧が低下し)、細胞が吸水すると、上下に長くなるような成長がおこる。
(2)エチレンが働いてからオーキシンが作用すると、細胞は横方向によく成長する(肥大成長)。
①エチレンが、微小管の縦向きの配置を促進していると考えられている。
②微小管が縦方向に配置されると、細胞膜にあるセルロース合成酵素の働きによって、「縦方向」に長いセルロースの繊維が合成される。
③セルロースは細胞の形を制御するベルトのように働く。オーキシンによってセルロースがゆるみ(膨圧が低下し)、細胞が吸水すると、太くなるような成長がおこる。
語呂「エッチに肥大(エチレン、肥大)」
問題:植物細胞は一般的に、オーキシンとジベレリンの作用によって一方向に細長く成長する。以下の文章は、この現象について、それぞれの植物ホルモンのはたらきを説明したものである。空欄に入る適切な語を選べ。
「(①オーキシン・②ジベレリン)はセルロース繊維の横方向への合成を促進し、(①オーキシン・②ジベレリン)は細胞壁のセルロース繊維同士のつながりを緩めて(①膨圧・②温度)を低下させることで細胞の(①吸水・②収縮)を促進する。」
答え:②ジベレリン、①オーキシン、①膨圧、①吸水
要点:植物はジャスモン酸によって虫のタンパク質分解酵素を阻害し、食害を防いでいる。
以下の植物ホルモンは、出題頻度は高くない。
(1)ジャスモン酸
ジャスモン酸:昆虫などによって食害を受けた植物でつくられ、昆虫の消化を阻害する物質を合成する。
雑談:ジャスモン酸は、メチルエステル(ジャスモン酸メチル)としては、ジャスミンの花の香り成分として1962年に単離された。その後、遊離の酸として単離された。
雑談:ジャスモン酸は、昆虫の摂食行動に応答して急上昇し、植物防御反応に関わる多くのタンパク質合成を引き起こす。ジャスモン酸はで誘導される防御関連タンパク質の多くは、昆虫の消化器系を阻害する。また、ジャスモン酸は、毒性や忌避性のある二次代謝産物の合成経路も活性化する。
発展:システミン
ジャスモン酸の生合成には、システミンというペプチドが関わる。
*システミン:ナス科の植物において、防御遺伝子(体の防御に関わる遺伝子)の発現制御に関わるペプチドの総称。
以下はトマト(ナス科)におけるジャスモン酸誘導の例。基本的に「システミン」「ジャスモン酸」という名前以外知る必要はない。
①損傷を受けた(たとえば昆虫に食われた)トマトの葉(の師部柔細胞)でプロシステミン(システミンの前駆体)が合成される。
②プロシステミンは分解されて、システミンができる。
③システミンが損傷を受けた細胞から放出される。
④システミンは、損傷を受けていない隣接細胞(伴細胞)において細胞膜上の受容体に結合する。
⑤活性化したシステミン受容体は、ホスホリパーゼA2(PLA2)を活性化させる。
⑥活性化されたPLA2は、ジャスモン酸生合成を開始させるシグナルを発生させる。
⑦合成されたジャスモン酸は、師部を通って植物体全体に輸送される。その機構は不明である。
*ジャスモン酸は、プロテアーゼインヒビター(タンパク質分解酵素の働きを阻害するタンパク質。昆虫のタンパク質分解酵素のはたらきを妨げる)をコードしている遺伝子の発現を活性化させる。
*ジャスモン酸は、細胞質でメチル化され、揮発性のジャスモン酸メチルとなり、全身へ伝えられるとも考えられている。
*システミンは「全身性( systemic )」という意味で名付けられた。
下図はイメージ。
(2)ファイトアレキシン
ファイトアレキシン(phyto植物alexin防御物質):植物が微生物に遭遇した際、植物によって合成される抗菌作用を持つ(病原菌を殺すための)物質の総称。様々な種類がある。エリシターとよばれる病原菌由来の物質によって誘導される。
*わかりやすく言えば、ファイトアレキシンは防カビ物質(抗菌物質)である。一般に微生物の感染前には検出不可能だが、微生物の攻撃を受けると素早く合成される。通常、この制御機構の中心になっているのは、ファイトアレキシンの生合成を行う酵素をコードしている遺伝子群の発現である。
*たとえば、ファイトアレキシンは細胞外に分泌され、菌類の菌糸の成長を阻害する。
*ファイトアレキシンについてはわかっていないことも多い。
雑談:エリシターは、たとえば病原菌由来の特異的な分子または細胞壁断片である(昆虫の唾液や吐き戻し液中に含まれる化合物などもエリシターに含むこともある)。
雑談:ファイトアレキシン(フィトアレキシンともいう)のファイトphytoは植物を表す。戦いを表すfightではない。
(3)ブラシノステロイド
ブラシノステロイド:茎や葉の伸長促進などに関与。シロイヌナズナの属するアブラナ科(brassicaceae)で最初に同定された。ブラシノステロイドはさまざまな植物に対してジベレリンと類似した成長促進の作用を示す。
雑談:ジベレリンは主に茎の伸長に働くのに対し、ブラシノステロイドは植物全体を大きくする。
雑談:オーキシンは表層の細胞の伸張成長を促進するが、内部組織の成長はほとんど促進しない。対して、ブラシノステロイドは、表層の細胞と内部組織のどちらの成長も促進する。
(4)ストリゴラクトン
ストリゴラクトン:植物の根から分泌され、菌根菌(植物と共生する)の宿主認識にかかわる共生シグナル。
雑談:もともとはストライガ(魔女の草と呼ばれる寄生植物)の発芽を刺激する化学シグナルとして同定された。どうして植物自らが寄生植物を助けるようなことをしているのか不思議に思われていたが、実は、植物は、菌根菌に向けて信号を発していたのであった。ストライガはそれを利用していたのである。
雑談:最新研究で明らかになりつつある事項。暗記する必要はない(植物ホルモンがどこで作られるか、どのように相互作用するか、どこを通るかはまだまだ未解明なので、受験では問題文の考察に合わせる。下記の内容も、今後の研究で塗り替わっていく可能性がある)。
・オーキシンはどの組織でもつくられるが、主に茎頂分裂組織や若い葉などで合成されている。
・高濃度のオーキシンの茎に対する成長阻害は、高濃度のオーキシンによって誘導されるエチレン生成による効果である。
・オーキシンがない状態では、AUX/IAAタンパク質という転写抑制因子が、オーキシン応答遺伝子の発現を抑制している。オーキシンが細胞内受容体であるTIR1と結合すると、AUX/IAAタンパク質はそこに引き寄せられ、最終的に分解に導かれる。その結果、オーキシン応答遺伝子が発現する。下図はイメージ。
・ジベレリン、アブシシン酸、オーキシン、エチレン、サイトカイニン、ジャスモン酸は細胞内の受容体に結合する(サイトカイニン、アブシシン酸の受容体は細胞膜にもある)。
・オーキシンは伸長部位でプロトンポンプを刺激する。→エクスパンシン(セルロースとその他の細胞壁構成物質の架橋[水素結合]を切断し細胞壁を緩めるタンパク質群)の最適pHは酸性側にあるので、細胞壁が緩む。→細胞が吸水し伸長する。
・ジベレリンは未熟種子、発芽種子、成長している葉など、さまざまな部位で合成される。
・ジベレリンは維管束系を通って移動する(極性は示さない)。
・ジベレリン処理によりブドウの花粉の受精能力が壊される。そして胚発生がないまま子房の肥大が誘導される(単為結実)。
・ジベレリンがない状態では、DELLAタンパク質がジベレリン応答を抑制している(どのように抑制しているのかについてはよくわかっていない)。ジベレリンが細胞内受容体であるGID1(イネの場合)と結合すると、DELLAタンパク質はそこに引き寄せられ、最終的に分解に導かれる。その結果、ジベレリン応答が起こる。下図はイメージ。
・サイトカイニンは主に根で合成され、道管によって地上部へ供給される。
・サイトカイニンは気孔を開くとされることもある。
・ブラシノステロイドの受容体は細胞膜にある。
・アブシシン酸は葉緑体やアミロプラストをもつほとんどすべての植物細胞が合成でき、すべての主要な組織や器官で検出される。
・ブラシノステロイドは様々な器官(花・葉・根など)に存在する。
雑談:タンニンは、「タンパク質やアルカロイド、金属イオンと強い親和性があり、それらと難溶性沈殿を生成する植物起源のポリフェノールの総称」である。木部・樹皮・葉・果実・根などに含まれる。柿の渋味の原因である(甘柿はタンニンがさらに重合して水に難溶となって渋味を感じさせなくなったものである)。多くの動物、特に哺乳類は、タンニンを多く含む植物を食べるのを忌避する。常食すると生育や生存率を低下させる。タンニンには、微生物の感染に対する防御作用もある。
発展:水の輸送
(根圧・凝集力・蒸散という3つのキーワードだけはチェックしておく)
● 根が道管内の水を上方に押し上げる圧力を根圧と言う(根では、能動輸送によって、無機塩類が吸収される。それによって浸透圧差が生じ、水が流入する)。
● 葉では、気孔を通って水が外へ出ていく(蒸散)。
● 水分子は、(分子同士のの水素結合によって)強い凝集力をもつ。水の凝集力によって、道管内の水は途切れることなく上から引き上げられる(道管全体の水分子が柱のようにつながっている)。
雑談:コケ植物は維管束をもたないので、高い位置まで水を送ることができない。したがってコケ植物の背は低くならざるを得ない。シダ植物・種子植物は維管束をもつ。
雑談:水が移動する方向を測る物理量を水ポテンシャルという。水ポテンシャルは、浸透圧など、様々な要因によって決まっている。水は、高い水ポテンシャルの場所から低い水ポテンシャルの場所に移動する。水ポテンシャルの大きさは、『土壌>道管>葉>外気』のような関係になっている。このような水ポテンシャルの勾配によって、水は、根→葉の方向へ一方向的に移動する。
雑談:多くの植物種は、冠水した(水をかぶった)土壌でも生育できるように適応している。たとえばイネやヒマワリでは、冠水した根に酸素を供給する経路として、葉から根に向かって発達した通気組織という細胞間隙のネットワーク(細胞間隙が連続して網状あるいは管状となった空隙)を使っている。通気組織は細胞から構成された組織ではないため、本来は通期組織ではなく通気間隙(空気間隙)と呼ぶべきであるが、しばしば通期組織と呼ばれる(通気組織は空気や水蒸気の通路となっており、気孔によって外界と通じている)。
発展:転流・シンクとソース
● 成熟した葉などの有機物の供給源(ソース)から、成長中の若い器官や貯蔵器官などの受容部(シンク)へ、糖やアミノ酸などが運搬されることを転流(てんりゅう)という。なお、ソースからシンクへの糖の輸送は、多くの植物でスクロースが維管束の師部を移動することにより行われる。
雑談:ソース器官における積み込みのタイプには、アポプラスト(細胞膜外の細胞壁、細胞間隙などの連続したエリアのこと)型とシンプラスト(細胞質部分のこと)型がある。
①アポプラスト型
・葉肉細胞、あるいは葉肉細胞と原形質連絡でつながっている柔細胞から、スクロースがいったんアポプラストに出される(促進拡散を行う膜タンパク質[SWEET輸送体]があると考えられている。下図黄色の丸)。
・アポプラストから伴細胞へスクロースが取り込まれると考えられている(プロトンの化学ポテンシャルによって駆動されるスクロース輸送体が働く。下図青色の丸)。なお、プロトンATPアーゼ(下図赤色の丸)によって、プロトンの化学ポテンシャル差が作られていると考えられている。
・スクロースは原形質連絡を通り師管へ入ると考えられている。
②シンプラスト型
・糖は細胞から細胞へと原形質連絡を経由して移行する。
雑談:上述したシンプラスト型の輸送について、以下のような、糖の移動を促進するモデル(ポリマートラッピングモデル)が提唱されている。このモデルは、ウリ科植物などを対象にした研究によって発展した。
・スクロースは、葉肉細胞で合成され、原形質連絡を介して、維管束鞘細胞に移動する。
・維管束鞘細胞のスクロースは、まず中間細胞(中継細胞ともいう)に入る(拡散する)が、中間細胞ですみやかにオリゴ糖(3つおよび4つの六炭糖からなるポリマー)に変換される(たとえば、スクロース+ガラクチノール→ミオイノシトール+ラフィノースの反応が起きる。ラフィノースは植物界に広く分布するオリゴ糖である)。なお、このオリゴ糖への変換によって、中間細胞におけるスクロース濃度を低く維持できる(中間細胞のスクロース濃度が低く維持されるので、スクロース濃度の高い葉肉細胞側から中間細胞へのスクロースの拡散が続く)。
・オリゴ糖はサイズが大きく、もう維管束鞘細胞には戻れなくなる(維管束鞘細胞へ戻る原形質連絡が細くて通れない)。しかし、師管の方に続く原形質連絡は太く、そっちの方へは移動できるので、師管の方へ移動する(拡散する)。
*いくつかの植物種でこのモデルを支持する研究結果が出ている。しかし、何か未知の因子の存在がなければ(オリゴ糖の維管束鞘細胞への逆流を阻止しつつ、スクロースの中間細胞への流入を邪魔しない、未知の因子の存在がなければ)、観察される糖の輸送速度を説明できないことが明らかになっている。
下図はイメージ。
まだわかっていないこと
● 陸上植物の間で、植物ホルモンにどれだけ共通性があるのか。
● 各植物ホルモンはどこで合成され、どこを、どのような仕組みで輸送され、どの受容体に結合し、どのように働くのか。
● 細胞膜上にはセルロース合成酵素を含む複合体があるが、その複合体がセルロース合成酵素の他にどのようなタンパク質を含んでいるのか完全には明らかになっていない。
● 葉の葉脈パターンの形成にもオーキシンが関わっていると考えられているが、その仕組みについて完全には明らかになっていない。
● 植物の老化はどのように制御されているのか(老化の促進・抑制の制御ネットワークに関わる遺伝子・植物ホルモン・外的要因は何か)。複数の植物ホルモンが関わることがわかっている。
● 植物の初期発生にはどのような植物ホルモンが、いつ、どのように関わっているのか。
● 植物ホルモンにはどれくらいの種類があるのか。