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【高校生物】動物生理①「神経細胞はどのような細胞か?」

~プロローグ~
以下の図は、古代エジプトにおいて「脳」を意味する単語である。この単語は、紀元前17世紀に書かれたパピルス(おそらく脳について記述された人類史上はじめての医学文書)に登場する。古代エジプトの人々は、脳が運動や感覚の機能の中心的役割を担っていることを見破っていたようである。


また、人類は、「意識」や「記憶」、「自由意志」について、長い間考察と議論を続けてきた。未だその難問は解かれていないが、神経科学の研究が重要な鍵となることは間違いないだろう。

「明るさと色、熱さと冷たさ、延長と形、一言でいうなら、われわれが見て触れる事物はどれも、感覚、概念、観念、つまりは感官への刻印以外の何であろうか。」ジョージ・バークリー『人知原理論』より

「何のために人間は考えるのか。何のためにそれは役立つのか。」ウィトゲンシュタイン『哲学探究』より

「人々は知るべきである。歓喜も楽しみも笑いも冗談も、また苦悩も悲嘆も不安も号泣も、呼び起こすのは他ならぬ脳であることを。」ヒポクラテス『神聖病について』より






★テストに出やすいワード
①樹状突起
②細胞体
③軸索
④髄鞘
⑤神経鞘



要点:神経細胞には樹状突起や細胞体、軸索がある。


(1)ニューロン(神経細胞)



● ヒトの神経系を構成する細胞をニューロン(神経細胞)という。ニューロンは、核のある細胞体(さいぼうたい)と、短く枝分かれした樹状突起(じゅじょうとっき)、長く伸びる軸索(じくさく)とからなる。

雑談:ニューロンは、「ひも」という意味のギリシャ語が語源。

● 末梢神経系では、多くの場合、シュワン細胞でできた神経鞘(しんけいしょう(シュワン細胞が張り付いて形成する筒状の構造)が軸索を取り巻いている。

● 末梢神経では、シュワン細胞は軸索の周りを何重にも取り巻いている。その部分を髄鞘(ずいしょう)と言う。髄鞘に包まれていない部分をランビエ絞輪(らんびえこうりん)という(ランビエ絞輪が関わる跳躍伝導については動物生理③の講義で学ぶ)。

下図は神経細胞のイメージ。

神経細胞。



<Q.神経鞘(しんけいしょう)と髄鞘(ずいしょう)って何が違うの?…末梢神経系では、シュワン細胞が神経細胞の軸索に巻き付いて神経鞘ができている。ぐるぐるに何重にも巻き付いているところを髄鞘という。詳しくは後述する。>





発展:グリア細胞


神経細胞の補助をする細胞をグリア細胞(=神経細胞を支持する細胞)といい、末梢神経系のグリア細胞にはシュワン細胞がある。中枢神経ではオリゴデンドロサイト(やアストロサイト)と呼ばれるグリア細胞が存在する。



*末梢神経ではシュワン細胞が1本の軸索を包むのに対して、中枢神経では、1個のオリゴデンドロサイトは複数の軸索を包む(下図はイメージ)。

1個のオリゴデンドロサイトは複数の軸索を包む。



雑談:〇〇ニューロン(神経細胞)の束を「〇〇神経」と呼ぶことがある(たとえば運動ニューロンの束が運動神経である)。また、一般に「神経系」には、ニューロンだけでなくグリア細胞も含める。「神経系」とは「動物の体中に張りめぐらされた情報処理システム」のことである。

雑談:中枢神経系にしかグリア細胞の名を使わない場合もある(その場合、シュワン細胞は「グリア細胞に相当する細胞」などと表現される)。

雑談:チョコチップクッキーのチョコチップがニューロン、クッキーの生地の部分がグリア細胞のイメージ。グリア細胞はニューロンをしかるべき場所におさめる。また、グリア細胞は、近くのニューロンに対して、構造を維持したり、栄養を与えたりする役割を持つ。

雑談:グリア細胞はニューロンより数が多い。グリア細胞には以下のような種類がある。
① 末梢神経系にみられるシュワン細胞。神経細胞の軸索を取り囲み髄鞘を形成する。
② 中枢神経系で見られるオリゴデンドロサイト(オリゴデンドログリアともいう)。末梢神経のシュワン細胞に相当する。神経細胞の軸索を取り囲み髄鞘を形成する。
③ 中枢神経系で見られるアストロサイト。神経細胞と神経細胞の間の埋めて、神経伝達物質の代謝などに関与する。
④ 中枢神経系で見られるミクログリア。細胞の死骸や異物を除去する。
(神経節における神経細胞の細胞体を囲む衛星細胞という細胞もある。衛星細胞は、物質代謝を助ける他、ニューロンが死滅した場合は食作用を発揮して死骸を片付ける。)

雑談:髄鞘はミエリンとも呼ばれる。髄鞘は脊椎動物に特徴的な構造であるが、甲殻類や環形動物でも似たような構造が見られることがあり、それらは進化的に独立して獲得されたと考えられている。




● ニューロン(神経細胞)は、そのはたらきによって3つに分けられる。

① 感覚ニューロン:集まって感覚神経を構成する(あまり気にしなくていいが、感覚ニューロンは下図のような少し面白い形をしている。軸索が2本あるが、片方は樹状突起の働きをする)。

感覚ニューロン。



② 介在ニューロン:中枢神経系にある。あるニューロンと他のニューロンの間で仲介を行う。

③ 運動ニューロン:集まって運動神経を構成する。

下図はイメージ(グリア細胞等は描いていない)。今はあまり深く考えなくてもよい。

受容器からの情報を感覚ニューロンが介在ニューロンに伝える。介在ニューロンは運動ニューロンを介して効果器(たとえば筋肉)に命令を送る。





(2)受容器と効果器


● 受容器(じゅようき):外部の情報を刺激として受け取る構造。眼や耳など。

雑談:受容器は、正確には「動物体が外界からの刺激情報の受け入れ口として備える特別な構造の総称」を指す。

● 効果器(こうかき):刺激に応答して、反応を生じさせる器官。筋肉など。

雑談:効果器は、正確には「動物体が外界に向かって能動的な働きかけをするための直接手段となる器官や細胞」を指す。

*受容器や効果器の詳細については後の講義で学ぶ。
*神経細胞の機能については、次回の講義で学ぶ。

講義動画【伝導・伝達】






要点:脳は大脳、間脳、中脳、小脳、延髄に分けられる。


雑談:「脳はいくつもの未探検の大陸と未知の領域の大いなる広がりからなる世界である。」カハール


● 脳は上の方から、大脳(だいのう)、間脳(かんのう)、中脳(ちゅうのう)、小脳(しょうのう)、延髄(えんずい)に分けられる(橋[きょう]は省略している)。





語呂「悪代官熱中症、え~ん(脳は上から、大脳、間脳、中脳、小脳、延髄)」


脳には様々な部位がある。



(1)大脳


大脳:外側の層(皮質)は細胞体の集まった灰白質(かいはくしつ)で、内部(髄質)は軸索が集まった白質(はくしつ)である。

★大脳の皮質ー灰白質
★大脳の髄質ー白質

(脊髄と逆になっている。非常によく問われる)

雑談:アガサ・クリスティーの作品、名探偵ポワロの口癖は「あなたも灰色の脳細胞を働かせなくてはいけませんよ。」(大脳の皮質は灰白質)

雑談:「昆虫学者が色鮮やかな蝶を追い求めるように、私の興味は灰白質という庭の中で、繊細かつ優雅な細胞たち、意識を生み出す神秘的な蝶を追う。」カハール

雑談:大脳皮質は、その位置によって、前頭葉・頭頂葉・後頭葉・側頭葉に分けられる(これらは4つの脳葉と呼ばれる)。

大脳皮質の4つの脳葉。




・大脳の皮質には新皮質(しんひしつ)・古皮質(こひしつ)・原皮質(げんひしつ)という領域がある。

雑談:大脳皮質は、大きく、6層のニューロンの構造をもつ新皮質と、層がもっと少ない古皮質と原皮質に分けられる。

雑談:一般に、哺乳類の新皮質は6層あるいはそれ以上のニューロンの層構造をもつが、発生のどの時期にも6層構造を示さない系統発生的古い皮質は異種皮質と呼ばれる。古皮質と原皮質を合わせた領域は、異種皮質におおむね一致している。

雑談:一般に、新皮質は哺乳類にしか見られない。新皮質は、哺乳類の大脳皮質で最大かつ進化的に最も新しい領域であり、「皮質」という用語は、特に断りがなければ新皮質を指すことが多い。

雑談:新皮質は大脳皮質の最も外側に位置している。新皮質は、嗅球(嗅細胞のすぐ上にあり、嗅細胞からの入力を受ける球状の構造)からの情報を直接的にも、古皮質を介して間接的にも受けない皮質として定義された。古皮質は、嗅球から直接入力を受ける皮質として定義された。原皮質は、古皮質から間接的に嗅覚の入力を受ける皮質として定義された(ただし、今日の知見では、原皮質の中で、嗅覚に密接に関係する領域はごく一部である。原皮質は海馬などの領域を含み、記憶の形成に重要であると考えられている)。

雑談:海馬と原皮質を同義とすることもある。

雑談:海馬の機能を失った患者は、最近の出来事を記憶できないが、ずっと昔のことは思い出すことができた。このことから、海馬は、新しい記憶をつくるのに必要な場所で、短期記憶を長期記憶に変えることに関係しているのではないかと考えられている(海馬は記憶を関連付け、形成することに関わると考えられている。また、情報は、大脳皮質に移って長期的に保持されると考えられている[ただし、記憶の形成については、わかっていないことが多い])。
*短期記憶と長期記憶の定義はあいまいである。高校生はあまり気にしなくてよい。一般に、ダイヤルする前にさっき調べた電話番号を思い出す、食料を買いに行ったときに必要なものを思い出すことなどが短期記憶として扱われることが多い。対して、長期記憶には、過去の大切な出来事や、家族の名前、自分の名前などが含まれる。
*海馬の2/3を含む領域を切除したH.M.(患者のイニシャル)として知られる患者の症例は有名である(側頭葉てんかん治療のためにこの治療が行われた。この症例によって、海馬が記憶の形成において重要であることがはっきりしてきた)。手術の後、彼はひどい前向健忘症(手術後の出来事の一部を記憶できない)に見舞われた。彼の短期記憶は失われていた(ただし、短期記憶の定義によって、彼の症例の解釈は異なる。彼の短期記憶は正常であったとすることもある)。彼はこう言っている。「この瞬間、私にとってすべてが明瞭に見える。しかし、いったいほんの少し前には何が起こったのだろうか。これが私を悩ませることだ。まるで夢から覚めた時のようだ。私はただ思い出せない。」

海馬は記憶の形成に関与する。




雑談:一般に、アルツハイマー型認知症になると、海馬などから病変がはじまる。そのため、今日あったことを明日には忘れてしまうといったような、短期記憶の障害が起こる場合がある。

雑談:下図は新皮質・古皮質・原皮質の位置のイメージ。古皮質・原皮質の定義には揺れがあるので、高校生は気にしなくてよい(古皮質・原皮質という用語は、神経科学の分野ではあまり用いられない)。

ヒトの脳では、新皮質が発達している。





①新皮質


新皮質:感覚の認知(視覚・聴覚など)、随意運動、精神活動(記憶・思考・理解など)の中枢。ヒトの大脳では、新皮質が非常に大きく発達している(ヒトでは皮質の90%を新皮質が占める)。



②古皮質と原皮質


古皮質(こひしつ)と原皮質(げんひしつ):本能や基本的な感情の中枢。原皮質には海馬(かいば)が含まれる。



③大脳辺縁系(だいのうへんえんけい)


大脳辺縁系:古皮質・原皮質およびそれらと関係する部位などを含めた名称(領域は完全には確定していない)。情動、欲求、本能を統合する。原皮質に海馬(記憶に関係)を含む。

*古皮質と原皮質をあわせて辺縁皮質(へんえんひしつ)といい、さらに辺縁皮質と密接に関係する扁桃体(へんとうたい。欲求や感情などに関係する)などを含めて大脳辺縁系と一括し、その機能が論じられることが多い。

大脳は大脳皮質(灰白質)と大脳髄質(白質)に分けられる。


*大脳辺縁系=辺縁皮質+扁桃体など



雑談:大脳辺縁系(limbic system)は、大脳半球の内側壁の「辺縁(ラテン語でlimbus)」が語源。大脳辺縁系には、さまざまな皮質領域(特に側頭葉と前頭葉の内側領域)と、これらに結合する扁桃体や視床下部などの領域が含まれる。

雑談:扁桃体は、大脳の底部近くに存在するアーモンドの形をした神経細胞の集まりである。生得的行動、情動行動、自律神経機能の発現に関与する。特に、恐怖条件づけ情動反応に関して統合的な役割を果たすと考えられている。






⓸大脳皮質の分業



・大脳は領域ごとに担当する機能が異なる(下図はイメージ)。ヒトは、ある意味、脳の後ろで物を見ている。側頭葉に聴覚野があるのは、ヒトの耳が側方についていることから連想できる。

語呂「大図鑑見る(大脳において、前の方から、随意運動、皮膚感覚、視覚に関係する領域がある)」

大脳は領域ごとに担当する機能が異なる。



雑談:上の図で「皮膚感覚」としているところは、「体性感覚」としたほうが正確である。体性感覚とは、触覚、温度覚、痛覚、体の位置感覚など、皮膚、筋肉、関節などに存在する受容器を介する感覚のことである(視覚、聴覚、味覚、嗅覚、内臓感覚[内臓に関する感覚]以外の感覚である)。

雑談:大脳皮質の大きな特徴は、機能局在である。大脳皮質は領域ごとに異なる機能を担っている。その各領域は「野(や)」と呼ばれている。

雑談:大脳皮質において、運動野および感覚野以外の領域を連合野(れんごうや)という。連合野はヒトで特異的に発達した部位である。連合野は、高度な精神作用の統合機能を持つとされる。前頭連合野(前頭葉にある連合野で、ヒトで特に発達している。より高次な機能を司る)は思考・意志・創造・人格などの、前側頭連合野は記憶の、頭頂-側頭-後頭前連合野(これらの連合野は連続している)は知覚・認知・判断の中枢と考えられている。




講義動画【脳の機能】





(2) 間脳


視床と視床下部がある。視床下部は自律神経系と内分泌系の中枢。

雑談:視床は、嗅覚以外のあらゆる受容器から大脳皮質に伝わる感覚のインパルスを中継している。




(3) 中脳


姿勢保持、眼球運動、瞳孔反射の中枢。

語呂「しせいだめでちゅ(姿勢保持、"め"で眼球運動・瞳孔反射中枢、"ちゅ"で中脳)」

雑談:中脳は眼の動きや、視覚・聴覚反射の協調などに働く。中脳の複数の部位から、眼球運動を制御する外眼筋につながる神経路が生じている。




(4)小脳


随意運動(ずいいうんどう)の調節、からだの平衡を保つ中枢。

語呂「しょうへい運動超切ない(小脳、平衡、運動調節)」

雑談:小脳は体の平衡を正しく保持したり、筋肉の正常な緊張状態を保ったりするめの、精密な制御器官としてはたらいている(たとえば、ボールをうまく投げるには、一連の筋肉を精密に制御する必要がある。その瞬間瞬間、正確なタイミングで一連の筋肉は収縮している)。運動の強さや範囲を調節する。また、小脳は、歩行運動の制御全般に関わっている(小脳に損傷がある場合、運動失調性歩行がみられる。これは、酒に酔って酩酊している時のような歩行に似ている)。





(5) 延髄


呼吸運動、血液循環(心臓拍動)の調節・だ液・涙の分泌などの中枢。

語呂「え~ん、涙だ、深呼吸しよう(延髄、涙、だ液分泌、心臓、呼吸運動)」

雑談:延髄は生命維持上きわめて重要な役割を演じている。延髄は脊髄から直接伸びており、組織的にも機能的にも脊髄に酷似している(ただし、延髄は脳の一部であることに注意)。




講義動画【ヒトの脳】






発展:血圧調節


自律神経による血圧調節の中枢は延髄にある。下図はイメージ。副交感神経から分泌されるアセチルコリンは、心筋収縮力・心拍数を抑制することにより血圧を低下させる。交感神経からはノルアドレナリンが分泌される(また、交感神経は副腎髄質からアドレナリンを放出させる[図示していない])。ノルアドレナリン(やアドレナリン)は、心筋収縮力・心拍数を増加させることによって血圧を上げる。

延髄は心臓に命令を送ることで血圧を調節する。






発展:脳幹


延髄・橋(きょう)・中脳をあわせた部分の総称を、脳幹(のうかん)という。

語呂「えーんずるい、今日のチューはノーカンだ(延髄、橋、中脳、脳幹)」

*橋=中脳と延髄の間に位置する脳の部分。



中脳・橋・延髄をあわせて脳幹という。




雑談:橋の腹側には、橋核がある。橋核は大脳皮質から小脳へ、運動情報・感覚情報を伝える役割を持つ。背側には呼吸や味覚、睡眠に関わる構造がある。

雑談:脳幹には間脳を含めることもある。しかし、間脳は機能的には大脳に近いため、現在は独立させることが多い。今回は、『南山堂医学大辞典』、『カンデル神経科学』(MEDSi)、『スタンフォード神経科学』(MEDSi)の解釈に従った。

雑談:脳幹は、脳全体を樹木に例えた際、大脳を支える幹のように見えることからその名で呼ばれている。





発展:脳死


一般に、脳死(のうし)とは、脳幹を含む脳の全機能が不可逆的に停止した状態を指す。

雑談:最近では、脳死は、臓器の移植に関する法律(臓器移植法)に関連して議論されることが多い。かつては、心臓・肺・脳の全機能が不可逆的に停止することをヒトの死と見なしてきたが、近年になって、人工呼吸器により、脳死の状態が長時間持続するようになった。脳死は、人工呼吸器の進歩がもたらした新しい死の概念といえる。日本では、「脳死は個体死か」という議論を経て、臓器の移植に関する法律が施行され、一定の条件のもと、脳死体からの臓器摘出が可能となった(臓器提供が承諾され、厳密な手続きを経て法的に脳死と認められれば、脳死は個体死として、臓器が摘出される)。

雑談:骨格筋の運動など、体性神経が司る機能を動物機能、自律神経が司る内臓機能を植物機能と呼ぶことがある。動物機能が失われ植物機能が残っている状態を「植物状態」という場合があり、意識はないが、脳幹の機能はほぼ正常であり、自発呼吸は維持される(「脳卒中や頭部外傷などにより昏睡状態に陥り、死線をさまよったのち開眼できる状態にまで回復したものの、周囲との意思疎通を完全に喪失した患者の示す症候群」を遷延性意識障害といい、一般に、大脳が障害されているが、脳幹機能はほぼ正常である。この状態がしばしば植物状態・植物人間と俗称される。しかし、植物状態・植物人間という呼び方は、患者の人権を考えると、適切ではない)。





要点:大脳では、皮質が灰白質、髄質が白質である。脊髄では、皮質が白質、髄質が灰白質である。



● 脊髄:髄質が灰白質、皮質が白質である(大脳とは逆!!!)。←よく問われる。

語呂「ずいずいかい?(脊髄、髄質、灰白質)」

脊髄では、髄質が灰白質、皮質が白質である(大脳とは逆!!!)






要点:ヒトの神経系は中枢神経系と末梢神経系に分けられる。


(1)ヒトの神経系



● 神経系の分類
①中枢神経系=脳と脊髄 
②末梢神経系=体性神経系と自律神経系(つまり中枢以外の神経)。


 

● 脳から伸びる神経を脳神経(12対ある)、脊髄から伸びる神経を脊髄神経(31対ある)という。したがって、脳神経と脊髄神経は、脳や脊髄のことではなく、(中枢から出る)末梢神経であるから注意せよ(私大でひっかけ問題として出る)。

雑談:脳幹は、(脊髄が体幹や四肢の感覚・運動制御を行うように)頭部と首、顔面の感覚・運動制御を司っている。12対の脳神経によって脳幹への感覚入力・運動出力が実現される(12対の脳神経の機能は31対の脊髄神経の機能と類似している)。






発展:動眼神経・顔面神経・迷走神経


脳神経のうち、以下の3つは少し有名(特に迷走神経は有名)。
動眼(どうがん)神経:毛様体筋や瞳孔括約筋、まぶたを動かす筋肉などを支配する(眼に関することを支配するイメージ)。中脳から出る。
顔面(がんめん)神経:顔面表情筋や涙腺などを支配する(顔面を支配するイメージ)。橋から出る(橋と延髄の間くらいから出るので、延髄から出るとすることもある)。
迷走(めいそう)神経:幅広く内臓を支配している(幅広く迷走、放浪し、様々な臓器を広く支配するイメージ)。延髄から出る。
①②③の神経は副交感神経を含む(知らなくてよいが、これらの脳神経は、副交感神経の他に運動神経なども含む混合性神経である。ただ、特に迷走神経は、副交感神経が中心である)。

雑談:初期の解剖学者は、迷走神経の行く先がわからなくなるほど複雑であったことから、この神経に迷走神経(vagus nerve)という名を付けた。「vagus」はラテン語で「放浪している」という意味。






(2)脊髄


● 脊髄神経には背根(はいこん。感覚ニューロンの神経繊維の束)腹根(ふくこん。運動ニューロンの神経繊維の束)がある。

● 背根の途中には、感覚ニューロンの細胞体が存在する脊髄神経節(せきずいしんけいせつ)という膨らみがある。

● 下図は脊髄の断面のイメージ(よく図で問われる。脊髄神経節の膨らみで背根と腹根を見分ける)。

背根には脊髄神経節がある。




背根感覚神経の通路、腹根運動神経の通路と表現することも多い。

雑談:少し脊髄をリアルに描くと以下のようなイメージ。覚える必要はない。

脊髄。



雑談:背根と腹根は脊椎骨の外側で合流する。

雑談:中枢神経系の外にある細胞体の集塊を一般に神経節という。なお、節足動物、環形動物、扁形動物、軟体動物では、頭部にある発達した神経節を脳と呼ぶことが多い。





要点:末梢神経系には体性神経系と自律神経系がある。



● 末梢神経系は以下のように分類される。
体性神経系(たいせいしんけいけい):感覚神経(受容器から中枢へ情報を伝える神経)と運動神経(中枢から効果器へ指令を伝える神経)からなる。
自律神経系(じりつしんけいけい):交感神経と副交感神経からなり、体内環境の維持にはたらく。

● 上記とは違う末梢神経系の分け方として、以下のような分け方がある。
遠心性神経(えんしんせいしんけい):中枢から命令を伝える神経(自律神経や運動神経)
求心性神経(きゅうしんせいしんけい):中枢へ情報を伝える神経(感覚神経)

雑談:求心性の自律神経(内臓求心性線維)もあると考えられているが、高校では無視する。

講義動画【自律神経系】





雑談:新薬の効果を判定する臨床実験において、1つのグループに「薬」を投与し、もう1つのグループに「全く効果のない物質」を投与することがある(両方のグループの被験者は、「薬」が投与されたと信じている)。この時、「効果のない物質」が与えられたグループの患者に、その薬から期待されると説明されていた効果が現れることがある。そのような場合、実験に用いられた(薬学的には)「全く効果のない物質」をプラセボ(プラシーボ、偽薬)という(ラテン語の「満足させる」「喜ばせる」が語源)。患者がプラセボであることを知らずに服用して、鎮痛作用などの有益な作用が現れた場合、プラセボ効果(プラシーボ効果)があると判断される(臨床の場でも、鎮痛剤の過量使用の防止の目的や、患者の訴えを正しく評価するためにプラセボが使用されることがある)。プラセボは実際に鎮痛薬になり得る。無菌の食塩水の注射によって、術後の痛みに苦しむ多くの患者が痛みから解放されたという報告がある。「治療は効果があるだろう」という信念が、脳内の鎮痛系を活性化している可能性がある。







要点:受容器によって受容された刺激の情報を、反射中枢から直接効果器へ伝えるための経路を反射弓という。



● 刺激に対して意識とは無関係に起こる反応を反射という。反射の中枢は脊髄・延髄・中脳などにある。(大脳ではない!)

● 受容器によって受容された刺激の情報を、反射中枢(脊髄など)から、直接、効果器へ伝えるための経路を反射弓(はんしゃきゅう)という。

*経路の形が弓みたいだから反射弓という。


受容器によって受容された刺激の情報を、反射中枢から、直接、効果器へ伝えるための経路を反射弓という。




● しつがい腱(ひざ関節のすぐ下のあたり)を軽くたたくと、足が上がる。これをしつがい腱反射(しつがいけんはんしゃ)という。しつがい腱反射では、筋紡錘(きんぼうすい)という受容器が筋肉の伸びすぎを感知し、強制的に筋肉を収縮させている。

● 筋紡錘のように、自己の体の置かれている状態を受容する受容器を自己受容器(じこじゅようき)という。

*しつがい腱反射は、介在神経を経ない特殊な反射である。

語呂「室外機なし(膝蓋腱反射は介在神経なし)」

雑談:しつがい腱(膝蓋腱)とは、大腿四頭筋の腱である。腱とは、筋肉の端を骨格につなぐ強靭な結合組織のことである。

● 四肢の皮膚に傷害を引き起こすような強い刺激を与えると、その肢を引っ込める(体幹に近付ける)。これを屈筋反射(くっきんはんしゃ)という(脊椎動物で普遍的に見られる脊髄反射である。除脳した脊髄ガエルでも容易に観察できる)。屈筋反射では、しつがい腱反射と違い、介在神経が関わる。


雑談:筋紡錘はほとんどの骨格筋にある(骨格筋繊維の間に散在し、それと並列に並んでいる。指や眼の動きを引き起こす筋には多量にある)。筋紡錘は筋の伸張を受容する自己受容器である。具体的には、直径約100μm、長さ3~15mmの被膜の中に、数本~十数本の小さな筋繊維をもつ構造である。筋紡錘中の筋繊維には感覚神経終末がぐるぐると巻き付いており、筋の伸張を受容して活動していると考えられている(筋肉が引き伸ばされると、神経終末は脱分極されることが知られている)。特に筋が急速に引き伸ばされた時に興奮する。

雑談:ひざ関節のすぐ下(図1)をハンマーでたたくと、ひざを伸ばす筋肉が収縮し足が跳ね上がる(これがしつがい腱反射である。筋紡錘が一瞬引き伸ばされ、筋が反射的に収縮する)。
「伸筋」が収縮して足が伸びるわけだが、少し詳しく見てみると、この時、「屈筋(図1には描いていない)」の収縮は抑制されている。
*「伸筋」は、その収縮によって骨格を伸展させる(伸びさせる)筋肉であり、屈曲を引き起こす「屈筋」と拮抗している(伸筋と屈筋のように、相反する運動ないし張力効果をもち、力学的に対抗しあう筋肉のセットを拮抗筋という)。
図2のように、筋紡錘から伸びる感覚ニューロンから出た枝は、抑制性介在ニューロンを介して、屈筋の運動ニューロンを抑制することがわかっている(屈曲を引き起こす筋肉の収縮を抑制する)。すなわち、感覚ニューロンは、伸筋の運動ニューロンを興奮させると同時に、抑制性の介在ニューロンを介して、屈筋の運動ニューロンの興奮を抑制する。


図1

ひざ関節のすぐ下をハンマーでたたくと、伸筋が収縮して足が伸びる。


図2

筋紡錘から伸びる感覚ニューロンから出た枝は、抑制性介在ニューロンを介して、屈筋の運動ニューロンを抑制する。





講義動画【脊髄反射】






発展:様々な反射


さまざまな反射がある。高校生は、しつがい腱反射と屈筋反射だけおさえればよい。余裕のある人は、延髄が中枢である唾液反射、中脳が中枢である瞳孔反射もチェックしておく。

さまざまな反射。






発展:神経の交差


ドラマ『白い巨塔』(フジテレビ制作・原作:山崎豊子)で、ある登場人物はがんに侵され、自身の「右手」に持った物を落とす。そして「もう転移が・・・」と呟き、自身の頭の「左側」をおさえる。なぜ右ではなく左側の脳をおさえるのか?
実は、興奮を伝える神経が延髄で交差しているのである。右の大脳皮質は身体の左側のほとんどの筋をコントロールし、左の大脳皮質は身体の右側のほとんどの筋をコントロールする(右から敵に襲われたとき、右半身がマヒしてしまっては戦えないからかもしれない)。
また、右の大脳半球は左半身からの感覚入力を受け、左の大脳半球は右半身からの感覚入力を受ける。
*なお、知らなくてよいが、延髄で交差しない神経もある。粗大な感覚や温感を伝える感覚神経は脊髄で交叉する。
図はイメージ(実際は様々な神経の経路があり、これほど単純ではない)。

興奮を伝える神経は延髄で交差する。






発展:神経繊維・神経鞘・髄鞘


・神経繊維=軸索とほぼ同義であるが、軸索だけでなく、それを包む支持細胞(シュワン細胞など)も含めた構造を指す(軸索・髄鞘・神経鞘を一括して指す)場合に特に用いられる。

・神経鞘=シュワン細胞が張り付いて形成する筒状の被膜。シュワン細胞でできた鞘(さや)。高校教科書には「髄鞘は神経鞘の一部である」というような表現が見られるが、髄鞘の外側の部分のみを指して神経鞘とする(神経鞘の内側に髄鞘がある。すなわち、まんじゅうの皮が神経鞘、あんこが髄鞘)ことも多い。試験中迷ったら今使っている教科書に解釈を合わせること。

・髄鞘=シュワン細胞の細胞膜が軸索に何重にもまきついたところ(ほぼテストに出ないが、中枢ではオリゴデンドロサイト細胞が髄鞘を形成している)。

*末梢神経系では、シュワン細胞が軸索の周りを取り巻き、髄鞘を形成する。シュワン細胞がつくる、同心円状のぐるぐるに巻かれた層状構造を髄鞘と呼び、最外層に位置するシュワン細胞の細胞質と核のある部分を神経鞘と呼ぶことが多い。

まんじゅうのあんこの部分(奥の方)が髄鞘と覚えて置こう。



髄鞘をもつ神経繊維を有髄神経繊維(ゆうずいしんけいせんい)といい、髄鞘をもたない神経繊維を無髄神経繊維(むずいしんけいせんい)という。
末梢神経では無髄神経繊維もシュワン細胞に覆われている(多数の軸索が単一のシュワン細胞に覆われている)。しかし、無髄神経繊維では髄鞘は形成されない(ぐるぐるに何重にも巻き付いている部分がない)。下図は無髄神経繊維の断面のイメージ。

無髄神経繊維の断面。多数の軸索が単一のシュワン細胞に覆われている。髄鞘はない。






発展:色々な脊椎動物の脳

(昔よく問われたが、今はほぼ問われない)
下の図はイメージ。正確ではない。縮尺は統一していない。

さまざまな動物の脳。


ポイント
①魚類:大脳の占めるスペースが非常に小さい(知らなくていいが、前方に突き出た部分は嗅覚に関わっており、先端の球状の膨らみを嗅球と言う)。
②鳥類:平衡覚と運動調節を司る小脳の割合が大きい(空を飛ぶため)。
③ヒト:大脳の割合が大きく、間脳や中脳は側面からは見えない(間脳は自律神経系と内分泌系の最高中枢であり、重要なので奥の方にしまわれている)。






まだわかっていないこと

● グリア細胞の数は神経細胞よりはるかに多い。グリア細胞は、神経細胞とは細胞膜の性質が異なっており、神経細胞のように電気的なシグナル伝達に直接かかわることはない。グリア細胞がどのような働きをもつのかについては、まだ完全には理解されていない。たとえば、アストロサイトの機能については、まだよくわかっていない。
また、グリア細胞と神経細胞との間で、何らかのシグナル伝達が行われているらしい。しかし、その詳細についてはよくわかっていない。

● 記憶の形成には、どのような分子的機序がかかわるのか(クロマチン構造のエピジェネティックな調節も記憶学習に重要であると考えられている)。

● どのような遺伝子の変化(変異)によって、中枢神経系は進化してきたのか?

● 脳のような複雑なネットワークを、どのように(細胞学的に、分子的に)解析すればよいか?そしてそれは、どのように知覚・運動・動機づけ・感情・発達・学習・記憶の探究につながるのであろうか?

● 神経科学的に、心の本質はどうとらえればよいか?