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200625【神頼みと人が悪いヤツ】

先日6月20日土曜日は、最上の吉日とされる天赦日と物事を始めるのに最適な一粒万倍日が重なる開運日だった。

その情報を前日6月19日金曜日に知ったくらい、そういう情報には疎いワタクシ。ただ、情報を手に入れたからには、この流れに身を委ねようとしてしまう。とりあえず、妻に報告し、妻も初耳だったようで、自分が先導する。

神社に行って、宝くじを買おう。

シンプルな行動であり、なおかつ万人がその日はこの行動をするやろ。と思いながら、6月20日の前夜は、ベッドに横になりながら、なんだか眠れなかった。

自分は修学旅行の夜も、野球の大事な大会の前夜も、大きなプレゼンが控えた夜も、ぐっすり眠れるのに、この天赦日と一粒万倍日が重なる開運日に対しては、眠れなかった。天赦日、怖い。一粒万倍日、怖い。

と書いてみたが、その金曜日は緊急事態宣言明けに久しぶりに外で飲んだ日で、べろんべろん状態でタクシーを使って帰宅、どうやってYシャツを脱いで、シャワーを浴びたのか覚えていない。眠れなかったのか、気を失ったのか分からないまま開運日を迎えた。

その日は、一日中二日酔いの頭痛に悩まされた。ただ、開運日ということで、妻と午後に出かけることにした。

出かける前の午前中は、それぞれの過ごし方で時間が過ぎた。妻はホットヨガに行き、常連さんと今日の話をしたという。自分は、美容院で髪を切ったのだが、スタイリストの店長とやはりこの話をしていた。良いことは皆と共有だ。それが良いのか分からないが、オシャベリな夫婦である。自分で書くのもどうかと思いますが。

午後、自分たちの本籍地となる氏神様の神社に足を運んだ。神社に向かう道中、妻は隣でポケモンGOをしている。

もっと、ちゃんと開運日と向かいあったらどうなんだと思ったが、STAY HOMEが続いた日々の中で、神社に行くことはとても心地よかった。

自分、結構最後は神頼み的なところがある。また、他力本願なところもあるかもしれない。もし他力本願寺という寺があれば、頭を丸めてでも通い続け、悟りを開く。現に「他力本願寺」とネット検索したら、色々出てきた。皆、困った場合は他力本願なのかもしれない。なんて国だ、国民性だ。

自分は、生まれてこの方、自分で成し上がろうと思ったことは、無いのかもしれない。要所要所で験を担ぎ、大事な時は神を信じている。

最初に「祈願」という言葉、また体験をしたのは、中学3年生の冬、高校受験の時だと思い出す。オカンのいとこがいる東京亀戸のおばさんの家に伺い、一緒に亀戸天神社に行ったのだ。

亀戸天神社に何のパワーがあるのか、当時分からなかったけど、神社に行き、お参りして、絵馬に【受験合格】と書いた後、食べた洋食屋さんのハンバーグを覚えている。

その習慣は、大学受験、就職活動の時も家族一行で足を運んだ。自分の弟も高校受験、大学受験とタイミングが被るため、着いてきたのだと思うが、弟は大学受験を失敗している。これは彼が単純にモデルガンにハマりすぎて、勉強を疎かにしていたのが悪いのだ。ここで説教しておく。

比べて自分も、受験祈願の割には、大して良い大学には進学できなかったし、大企業に就職することもできなかった。まあ、浪人、就職浪人はしなかったからヨシとしようと思ったが、振り返ると最後は自分の実力と気付くのだが、それには触れないようにする。世の中には触れてはいけないものがある。というのは、この時学んだのかもしれない。

勉強、就活というシーンも神頼みだったが、青春時代の神頼み、他力本願の一つに高校時代の部活動、高校野球が蘇ってくる。

高校時代、野球部に所属していた自分。恥ずかしながらポジションは投手だった。自分の野球生活のグローリーデイズは別の機会に書くとして、高校時代、田舎の公立高校だったけど、部員数はそれなりにいて、ベンチ入り争いがあった。高校3年生最後の夏の大会、まあ、甲子園は無理にせよ、最後の夏くらい、ベンチに入りたいじゃん、背番号ほしいじゃん。チームには、絶対的エースがいて、彼が背番号1なのはもう確定路線で、2番手、3番手を何人かの投手で争っていた。自分、利き腕の右腕、肩を怪我していて、本来の豪腕投球ができなくなっていたけど、なんとかベンチに入りたかった。

それは、“最後の夏”という青春全開ワードもあったが、何より、両親が保護者会の理事であり、理事の息子がベンチ入りしてない場合、両親は誰を応援すればいいのか分からなくなってしまうため、自分は必死でベンチ入りを目指した。まずは、クジで保護者会の理事を引いてしまう親よ、神社に行け。と叫びたい。

さて、ベンチ入り争いに際して、毎週末行われる他校との練習試合が選考の場になる。ある程度、平等にチャンスの場は与えられた。監督に裏金を渡す作戦もあったかもしれないが、実力主義な現代社会の縮図を体感していた。

アピールの場としては、投手は「今日は4回から6回までの3イニング登板」みたいな感じで試合前、監督から指示を受けることがおおよそあった。投手というポジションは、自分にとって、とても性に合うポジション、役割だ。
自分の加減で、投げる球をコントロールできるし、自分が投げないと試合は動かない。

正直、力加減をしてバッターと向き合っていた。ただ、力加減をするほどのストレート、バッターの腰が引けるほどの変化球はなく、自分は「打ち損じろ。」と念を込めて投げていた。自分の中で、野球なんて、バットの芯に当たらなければ大丈夫。という考え方が軸にあって、そこさえズラせば、打ち取れる。という楽観的だったが、いかんせん自分が投じる球は球威がなく、バッターはアジャストしてくる。

そこで、念を込めたり、ランナーがいないのにいきなりクイックモーションで投げたり、セットポジションから相手バッターが瞬きした瞬間に投球動作に入ったり、色々工夫をしていた。工夫なのか、性格が悪いのか分からないが、とにかくベンチに入りたくて、藻掻いていた。

そして、自分の登板が終わったところでも、戦いは続く。次に投げるライバルとなる投手が打たれるように、ファーボールを出すように、祈るのだ。ベンチからは、「ドンマイドンマイ!」、「いい球来てるよー!!」と声を出すが、内心「頼む、打たれろ、崩れろ。」と祈っていた。たぶん、野球の神様に怒られるかもしれない。

でも、強豪校になるほど、野球に限らずどの部活においても、こういう一面ってあると思うなぁ。そのレベルの低いところで自分が祈っていたと思う。たぶん、ライバルも思っていたんじゃないかな。

そうそう、自分、同イニングで2本ホームランを打たれたことがあるんだけど、その時は打ったバッターの顔が野球の神様、川上哲治に似ていると思ったもん。

まあ、実際に会ったことないんだけどね。

そのくせ、背番号をもらった時は、「神様ありがとう。」と空を拝む。その空は甲子園に続いていると、背番号をもらえなかったチームメイトも含めて士気を上げる言葉をかける。内心はピンチを背負った時くらいバクバクなんだけどね、ははは。

神社にて、お参りをしたあと、何か心が晴れたように感じ、それとは反する曇空の下、妻と宝くじ売り場に歩き出した。ここは自分と妻のウイニングロードだ。曲がりくねってないぞ、真っ直ぐだ、自分が投げていたストレートより真っ直ぐ。

宝くじを当てて、ニューヨークに住むぞ。ニューヨークにも女神がいるもんな、女神に会いに行くぞ、最後はやっぱり神頼みなんだと思う。

とりあえず、当選日が待ち遠しい。高額当選したら、妻にハリー・ウインストンを買ってあげたい。

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