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211111【大学生といえばサークルだ】

18歳、高校卒業とともに、なんとか引っかかった大学進学に伴い、上京した。上京と言っても、厳密に言えば横浜の大学に進学、横浜に住むことになるが、ここでは「上京」と言葉を揃える。そんな誇れるような“上京物語”なんてないのだけれど。その年の3月、周りに「いつ引越しする?」、「いつ遊ぶ?」なんてやり取りをせず、一人こっそり横浜に越してきた。荷物は少なく、家電は横浜で買うことにし、引越し会社にお願いすることなく、実家で祖父が乗っていた軽バンに荷物を詰め込み、おとんの運転で引越し当日の朝、出発した。この軽バン、いつもは実家と最寄り駅の送迎、畑作業の往復しかしていない車なのに、この日は数百キロを超える大移動。車へのハードすぎる負担、大丈夫かと思いながら、車の免許がない自分は、助手席でずうっと携帯をいじっていた。

昼過ぎに横浜に着くと、不動産屋さんから鍵を受け取り、いよいよ入居だ。築30年くらいのアパートの一室は、クリーニングによりキレイではあるが、年期を感じた。ここで一人暮らしのスタート、高校時代できなかった青春をおもいっきりやるぞと意気込むが、それはどこまで実現できたのか、今でも答えは分からない。自分尺度では、すんごく楽しんで、苦しんでいるけど。荷降ろしをしている頃には、おかんが新幹線で駆けつけ、3人で荷降ろしをし、部屋を作る。その日だけは、両親と雑魚寝のように部屋に横になったが、翌日、両親は空になった軽バンで颯爽と帰っていった。

一人暮らしの始まりだ。

ただし、お金は無いし、予定も何もない。バイトを始めようかと思ったが、いかんせんチキンな身が反応して、求人情報フリーペーパーに手が伸びない。「初めてお金を稼ぐ。」ということへの恐怖心があったのも正直なところ。高校時代、バイトくらいやっておけばよかったと後悔しているが、校則でバイトは基本禁止な高校だった。なので、身動きが取れないまま、まだ高校生という身分のまま恐る恐るキャンパスに入り、歩くというか徘徊をして、時間を潰し、スーパーで最低限の買物をする等、限られたコミュニティで行動していた。

また、食事はなるべく節約をしていた。6個入り100円のレーズンロールを買い、1食あたり2コに留め、実家から持ってきたお歳暮の余りのスティックコーヒーを入れ、腹を満たしていた。

4月に入り、指定された登校日にキャンパスに入る。この頃、入ってきた情報では、意外と母校の高校から当大学に進学している生徒がいる、ということだ。自分の知っている範囲では自分の他に4人、当大学に進学していた。自分は各々に交流があり、今でもたまに連絡を取るが、よく見ると皆B面という共通項が出てくる。クラスのヒーローや人気者が来る大学ではないんだな、とつくづく思う。その傾向は当大学のイメージと重なり、ウェイウェイ系の学生は居ながらも、大人しい、地味、というイメージが世間体に先行するらしい。まあ、地味である。少しは仲間がいる中で大学生活は始まったが、ほぼ、各々が各々のキャンパスライフを楽しむこととなり、一同したことはとうとうなかった。まあ、身近な人に寄り添うより、新たな仲間を求めて、サークルや部活動の新入生勧誘が盛んに行われたキャンパス内の並木道に、自分は度々繰り出すことにした。4月のその週は、並木道の両サイド、数多の文化系、体育会系部活動、サークルのチラシが飛び交い、パニックになっていた。掛け持っても良いのだが、ここから1つのサークルを選ぶのは至難の業と感じた。例えば、野球関係でも、硬式野球部と軟式野球部に始まり、公式、非公式のサークルで10以上あるのだから、総合大学の規模ってやっぱりスゴい。野球をやるつもりはまったくなく、高校野球時代の道具はすべて実家に置いてきたし、部屋着用に何枚かのTシャツがあるくらいだった。とある野球サークルの勧誘で、声をかけられた。

「矢口って、あの矢口?」

別に、どこにでもいますが?とクエスチョンなのだが、話を聞いてみると、自分の中学高校時代の活躍を知っている学生であり、ビックリした。まあ、そんな誘いで野球をやるような人間では無いのだ。基本、もう野球をするのはもういいや、というスタンスだ。「大学でも野球をやったらどう?」という声もあったが、もうあんなに泥まみれ汗まみれの青春はうんざり。ここはスマートシティ横浜。THE大学生なる生活を送りたいのだ。

そんな中、一人暮らしを始めた頃から考えていたのは、「大学に入ったら、演劇をしてみたい」ということだった。滑舌が悪く、大根なのに思うんだから、自分はバカである。でも、演劇の世界に浸かってみたい、と心の中で思っていた。その中で出会った、学内の演劇サークルの新入生歓迎公演。今もそのサークルがあるのか不明だが、劇団の名前に、放送禁止用語があってちょっと惹かれた。そのチラシを手に取り、その日の夕方頃、体育館の地下の小部屋にて、その劇団サークルの新入生歓迎公演を観た。作品名は「アルジャーノンに花束を」。前に、テレビドラマでユースケ・サンタマリアがやっていたやつだ。大学生の演劇ってどんなもんだろう、中学や高校で見てきた、ちょっと照れ笑いのあるような、くだらない演技ではないだろう。自分は真剣な目で、公演を観ることにした。

開演。まず出てきたのは主人公のチャーリーである。その彼は、あの並木道でハキハキした声でチラシを配っていた彼である。彼は知的障害という難役を演じていた。自分は素直に、「すげぇ。」と観ながら口々につぶやいていた。大学生の演技ってすげぇな。自分の想像していた以上の演技力に自分は驚いた。そして話は展開を続ける。その中で、キスシーンがあった。こういうのって、体で隠して、したフリをする、っていうのがセオリーだよね、と勝手に解釈していた。だから、えっ、マヂでキスしちゃうのという展開に、自分は動揺してしまった。自分の目の前で学生同士がキスをしていたのである。そして、えっ、しかもディープキス!?と、なぜか、興奮する自分がいた。

主人公が正直、羨ましくなった。だって、共演者の女の人、めっちゃ自分のタイプなんだもん。書いてしまえば、高校時代の野球部の一個上のマネージャーに似ていたのだ。その場に立ち上がって、「オレの憧れの女の唇を奪うな!」って叫びたくなった。なんか胸がモヤモヤしてきやがった。キスシーンの後、隣にいた観客なるおそらく新入生に、「あれって、ディープだよね?」と聞いたアホな自分がいた。しかし「いやぁ。」としか返してくれなかった。結局、その後の話の展開はどうでもよくて、自分はあのキスがディープなのかどうかで頭がパンクしそうだった。だから、自分はその次の日の公演も観に行ってしまった。まったく同じ話。変わったのは自分が座る席だけ。角度を変えて観て、あのキスがディープかどうか決着をつけようとしていたアホな自分がいた。そして公演が始まり、またにっくき彼は自分がタイプの彼女にキスをしていた。

「あ、あれはディープだ。」と、確認の取れた自分は、なんだか大勝負に負けたようなノスタルジックな気持ちになった。公演の度にディープキスをしているのかと思うと、自分はこの先大学生で演技をするという希望を失いそうになった。まあ、その場で失って、公演会場を後にし、外に出た。

その日は金曜日で、新入生歓迎コンパの誘いが学内キャンパスを侵食していた。「ただで酒を飲めますよ。」、「サークルに入らなくても良いですよ。」という謳い文句を掲げ、多くの新入生、まだ大学生になりきれてない見習い生を誘惑する。その誘惑から選別して、自分は大学生協の食堂で行われた新歓コンパに参加することにした。とりあえず、今日の夕飯代が浮くぞ、と思って。

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