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210128【夏の大会前のかませ犬】

高校2年生の夏、7月。夏の甲子園を目指す県大会予選前の最終調整となる対外試合、自分は大会ベンチ入りにはならなかったが、2試合目、既にベンチ入りピッチャーの調整登板は終わっており、穴埋め役として先発ピッチャーとして登板した。明日から期末試験なのに、何も勉強せず、移動中のバスの中でテキストを開くことなくマウンドに上がった。テストなんて、赤点さえしなければ大丈夫。というスタンスで高校時代、何もせず流れていったのが本当のところだ。学業の成績は低空飛行、内申点ももちろん低かった。

それに比べ、Aチームの試合は内申点が高い。学業の表現をいきなり野球に持ってくる自分は雑ではあるが、守備、攻撃、内申点が高い。高校によって、野球部に限らず、また、表現は変わるにしろ、Aチーム、Bチーム制度、また部員の数によってはCチーム以降もあるかもしれない。さらには、1軍、2軍のような言い方もあるかもしれない。自分は最高学年になるまで、AチームとBチームを行ったり来たりという微妙な立場だったので、この差を特に感じていた。ピッチャー返し、センター前に抜けそうな打球が、守備範囲の広いショートのおかげでショートゴロアウトになった。自分の高校のレベルだと、Bチームの試合では、足腰の弱い二遊間に翻弄され、2塁フォースアウトのダブルプレーなんて、奇跡に近かった。そんなバック、守備があると、ピッチングも気分が良い。調子良く投げられるのはホントのとこ。じゃあ、それで打たれたらピッチャーの責任だよね。ってなりますが。

ベンチ入りできなかった今の自分に失うものなんて毛細血管以外ないだろうと思いながら、この日、自分のピッチングは、1試合目のレギュラー組、背番号組のピッチャーより良かったと思う。ベンチ入りの試験でそのピッチングしろよ。とちょっと悔しさを感じながら、おそらく先輩中心のこのナインでのピッチングも最後だろうなと思いながら、楽しめた。5回を投げて無失点。無事試合を作り、降板。テスト勉強に入ることなく、ベンチ横で戦況を見つめる。たまに野次。6回からは約1年前はエースだったのに、とんとん拍子でベンチ入りまで逃してしまった先輩が登板した。もう、いくらアピールしても意味ないと思ったのか、相手バッターではなく、スピードガンと勝負をしているように感じた。135キロ以上を連発して、自己最速記録を出すために投げているのかと思った。そのせいもあってか、四球連発で、守備陣はダラダラ、イライラしているのが、ベンチから見て分かった。あぁあ、こういう風にはならないようにしよう、バットの芯一個分だけでもズラせば、打ち取れる。それだけで良いのよ、田舎の高校野球って。野球ゲームだったら確実にマイナス能力の「短気」がつく先輩のピッチングで、最終調整となる対外試合は終わった。その夜、自宅に帰ったときはやっぱり疲れていて、試験勉強はほとんどせず、期末試験の1週間が始まった。野球部は大会前だが、放課後の部活動は基本禁止。ベンチ入りメンバーだけが自主練という体でグラウンドにいたが、自分は放課後、真っ先に帰った。勉強でもデートでもなく、とりあえずダラダラしたいからだ。右肩も休ませたいし。

感触は毎度良くない期末試験が終わり、あっという間にまた週末で、ユニフォームを着て、グラウンドに出なきゃいけない。スイッチのオンオフ、苦手なんだよね。いよいよ大会直前になり、その日曜日は、毎年恒例の壮行会だった。田舎の小さな高校、野球部にも関わらず、昨年は甲子園まであと一勝のところまで進んだからなのか、保護者会の気合の入り方が違った。

高校最寄りの神社に部員全員がお昼前に参拝に訪れ、その後、割烹、仕出し屋さんの会席料理を食べるのだ。監督の挨拶に続き、キャプテンの挨拶。キャプテンは、1年前決勝に行ったときの一番バッターだった。左打ちで、切り込み隊長なる選手だった。キャプテンシーあり、チームを引っ張る存在にふさわしく、「応援よろしくお願いします。」的な事を上手くまとめて言ったんだろう。ごめんなさい、何を話したか全然覚えてないのよ。それは、会食が始まった途中で行なわれた、自分と先輩の漫才のセリフを忘れないように、心の中で唱えていたからだ。先輩はもちろん、ベンチ入りなんて敵わず、練習時はブルペンで黙々とキャッチャーをやっていた。名前だけは漫画でも超メジャー級のキャッチャーなのだが、どうも笑いのセンスはあるも、野球のセンスはイマイチだった。そんな先輩と、チームの躍進を願って、宴会場のステージに立ち、漫才をした。そうそう、コンビ名は“ヒットエンドラン”だった。この先、人前で漫才をすることはないんだろうけど、漫才のデビューは、たぶん、高校野球部の会食の席なんだろうな。いい塩梅でアルコールの入った保護者たちからおひねりが飛び交うくらいにネタはウケ、自分たちの出番は終了。あとは、背番号をもらった勇敢なる選手20名、甲子園目指して頼んだぞ。である。大会が始まったら、どうせ自分たちは、アルプス席で声を出すしかできないんだから。

そんな壮行会終了後、グラウンドに出て、壮行試合をする。これも毎年恒例だ。対戦はベンチ入り20名VSそれ以外、という構図だ。腹いっぱい食った後、少し落ち着く暇もなく、アップ開始、試合に備える。なんと、粋な計らいなのか、“それ以外”連合軍の先発ピッチャーは自分だった。そこ、引退前の先輩を立てなくて良いのかよ。と思ったが、あのコントロールで135キロ以上の剛速球がもしデッドボールになり、大会前に怪我をしたら大変だ。という考えがあったのだろうか。まあ、先輩よりは10キロ遅い自分の球であれば、当たっても痒いもんだろう。自分は徹底的にインコースを攻めることを決めた。なんたって、こっちのバッテリーは、“ヒットエンドラン”のコンビである。臨時収入を得て、気分は上々だった。

「どうせ自分たちは大会前今日が最後なんで、思いっきり攻めましょ。」

「分かった。まあ、最後はあっちが勝つんだろうけどさ。」

「精一杯かませ犬やりますね。あと、先輩と組むのもラストですわ、ホント、有難うございました。」

マウンドに上がる前、ブルペンで投球練習をした後、そんなことを話しあった。チームは、先攻で先取点を取ろう。という方針があり、ベンチ入りチームが先攻、自分たちは後攻だった。先にマウンドに上がらせていただきます。皆は各ポジションにダッシュで向かうけど、自分はゆっくり。高校球児なのに。ダッシュはするけど、加速せず。余計な体力は使いたくない、暑いし。自分が投げなきゃ試合は始まらない。この時間が堪らないのよ、ピッチャーって。投球練習8球を済ませ、ボールが内野に回り、戻ってくる。今日は言ってしまえばBチーム。強肩のショートでも、球際が強いセカンドでもない。まあ、勝ち目は殆どないし、勝ったところで練習に気合が入り、またフル回転させられるから、気持ちよく大会を迎えてもらうべく動かないと。忖度、というより、これもチームプレーかと。

試合に出ていない部員による主審の合図で、試合が始まった。一番バッターは切り込み隊長、キャプテン。この試合もポイントポイントを覚えていて、初球はアウトコースから入ってくるスライダーを投げてボール。2球目はスライダーより遅いカーブでカウントを取ろうとしたら、打ち返してきてピッチャーゴロ。よしよし、先頭バッターを抑えたぞ。2番バッターは、これまた昨年の県大会決勝を経験している右バッターの先輩。上背あるショートで、守備力は抜群だった。こちらも入りはスライダー、ボール。2球目のカーブが高めに浮いて痛打された。スリーベースヒット。甘い球は逃さない、こりゃあ仕上がったチームだ。と誰目線か分からないままピンチを迎えて3番バッター、同期の左バッターと対する。このバッター、絶対特殊球は打てない。って日々の練習から分かっていたのに、スライダーを投じたら拾われてセンター前、先制点を与えてしまった。

初回に先制点を与えると、もう自分の調子、崩れちゃうのよね。その後、4番バッターを三振に取ったりするんだけど、肝心のインコースの出し入れが上手く行かず、4回を3失点で降板した。まあ、要は自分、こんなレベルなんだって振り返る。

「早く終わらないかなぁ。」

そんな感情を、多分、正直なところ持っている高校球児、特にベンチに入れなかった部員は持っていると思う。この熱の違い、正直あるよ。チーム、表向きは「甲子園目指してチーム一丸!」のような感じだけど、人間、また高校生っていう子供と大人の間、中途半端な時期ってそういうもの。ちょっと打たれたくらいでそう思っちゃう自分。だからベンチ入れないんだよ。ってなったらソコまでなので、やさしくしてほしい。試合の後半は、また先輩のスピードガンコンテストなるピッチングになったが、波乱も起きずベンチ入りチームが圧倒して試合は終了。試合終了時は、観戦していた保護者の方々から拍手とエールを受け、大会を迎えることになった。無事、かませ犬としての役割は全うしたのだろうか。

そして、昨年は決勝まで進み甲子園まであと一歩だった自校のリベンジが始まった。

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