220120【パチンコホールスタッフ】

パチンコのホールスタッフのアルバイトを人生初のバイトに選んだ自分。横浜のとある商店街の個人経営ではあるが、周辺のパチンコホールに比べ、床面積が広く、通路が広く遊びやすい設備であり、リニューアルオープン日は超満員でホールは盛り上がっていた。遅番で入った自分に早番のスタッフからのインカム等の引き継ぎは無く、店頭で、店内BGMに負けない声の大きさで叫んでいた。7月、18時が過ぎ、だんだんと夕焼けに染まる商店街、主任が様子見なのか店頭の自分の所にやって来て、一言伝えた。

「いつまでもここに居ても経験できないだろう。行って来い。」

パチンコホールスタッフという、あまりカッコよくないし、評判も良くない（これは自分の鬼偏見だ）アルバイトにも関わらず、この一言は、なにか“カッコいい”と感じ、多分声の出し過ぎで身体の判断機能がマヒしている自分は、繋がれた鎖を引きちぎったかのようにホールに飛び込んだ。

「ヤグチ、この島頼むわ。」

先輩スタッフからの指示で、一番玉が出ている島への配置。絶えず魚群が流れる液晶画面。台のカラーに合わせ、青とピンクのドル箱を絶え間なく運び、下に並べた。一回島に入ったら、縦断することなく、前後運動を繰り返した。呼び出しボタンに伴い、他のスタッフも入島しようとするが、もう自分だけが対応する場となった。その日、18歳のスタッフは自分しか居なく、一番若手であり、体力なら任せろ、まあ、パチンコもスロットも打ったこと無いんだけどね。呼び出しボタンの鬼ノックを浴び、対応した。なんだこの釘の打ち方は、と疑問に思う暇もなく。また、インカムが無いため、遠隔操作で「休憩に入りな。」という指示も届かなかった。スタッフからの肉声による指示も、館内の射幸心を煽りまくるBGMで届かなかった。なんとか脱出して、一息つこうと思ったが、また呼び出しボタンが光る。

この、パチンコホール夏合宿な初日であり、これを越えるホールでの仕事はその日以降無かったため、いい思い出だ。事前研修に基づいた接客ができているか、と聞かれたらクエスチョンだが、無事、初日、ホールスタッフデビューができたことにしておこう。

次の日以降は、遅番に入るタイミングからインカムを渡され、ホールスタッフ同士、時には他愛もない会話も行ないながら、ホールスタッフに従事していた。

時たま思うのは、商店街の中で一番シニア層が来店する店であり、このパチンコ台に、いくらの年金が投じられているのか、そんなので良いのかと思っていたが、そのうち感情は無くなってしまった。打ち終わった後、ジェットカウンターまで行くのがキツイと言い出すお客様がチラホラ居た。パチンコ台までは若返ったように勇んで行くのに、打ち終わったら、老人になる流れは、滑稽だった。

また、シニア層のお客様はスロットの目押しが追いつかないようで、よく呼ばれた。「目押し」という言葉を、このアルバイトを始めるまで経験したことはもちろん無かった。研修時に少しだけヤラせてもらったが、なかなか一発で決まらず、お店の営業が始まった際は、専らパチンコの島を担当していたが、2週間ほどして、スロットの島を担当する日が来た。そして、お客様からの呼び出しボタンで「目押ししてください。」という指示された。まず思うのは、目押しがしたくて、スロット打ってんじゃないのか、ということ。目押しの瞬間が楽しくて打ってんじゃないのかと、自分は疑問に思う。この先に大量のメダルゲットタイムが発生するのに、その瞬間を何故ホールスタッフに任せるのか。というか、目押しサービスってやっていいのかと疑問は尽きない。今は禁止になっているようだが、当時は“ホール自治”でも働いていたいのかもしれない。それでも、呼ばれた目押し対応は一発でそつなく熟す、それがホールスタッフというものだ。いやぁ、自分目押しの前にスロットを打ったことが無いんだけどなぁと思いながらも、「失礼いたします。」と入り、目押しを行なった。

そして、いつの間にか、この目押し、コツを掴めば意外とイケることに気づいた。最初のうちは、ポケットにメダルを忍ばせて、失敗したらそのメダルで再挑戦していたが、そんな保険は必要なくなった。ただし、一つだけコツが掴めないまま終わってしまった台があった。ニューパルサーという台である。自分はパチンコやスロットをまったく打たないにしても、週3、4回のアルバイトの中でパチンコ、スロットに触れており、休憩室にはパチンコ雑誌が積み上げてあって、それなりに情報は入ってくるし、一応ホールスタッフのプロとして振る舞わなければならない、と勝手に自負している。その中で、ニューパルサーの目押し。これ、決まる時は一発で決まるんだけど、決まらないときはホントに決まらず、インカムで応援を求めたりした。いや、待てよ、これ、確定してんのか?と思う時もあったり。深くは入り込まなかったため、「そんなこともあったなぁ。」レベルで留めておく。

その店のアルバイトの給料は、月末締めの翌10日に現金払い、という決まりであり、リニューアルオープンした7月にしこたま働いて、迎えた8月10日の給料日はワクワクした。いただいた額は、おおよそ当時の高卒初任給よりもらっていた。

金銭感覚が狂いそうになった。何をもって“普通”なのか分からないが、普通、大学生が講義終わりにアルバイトをして、一ヶ月で5万円、ちょっと多く入れて7、8万円もらえたら、遊びに行ける、飲みに行ける、服が買える、なんてのを想像するが、そこに10万円超え、いや、20万円に届かないくらいの金額をもらってしまっては、なにか衝動が起きる。まあ、自分は冷静沈着な人間なので、衝動買いはしなかったが、初めてのアルバイト、人生初のお金を稼ぐ、という“イベント”を不慣れながらも熟した1ヶ月目、いただいた給料にテンションが上がった。ただ、現金手渡しは怖いなと思い、最初の頃ははホントに懐に隠し、銀行ATMに走った。

また、どうもしっくりこないのが、給料は、毎度アルバイトスタッフの休憩室、更衣室とは違い、オーナーや経理が居る事務所にて渡されるのだが、そこにはもちろんどっしり構えたオーナーが居て、ここは言葉に語弊が生じるが、どうしてもまっとうな仕事をしている大人じゃないんだろうなと思っていた。18歳の無知な小僧ですが。

まあ、人を見た目で判断するのは良くないし、色々イチャモンは付けたくなるが、目の前の給料ですべて報われる、腰の痛みも癒やされる、今日は牛丼にチーズかなにかトッピングしようかと考える、そんな瞬間だった。給料だけちゃんともらって、後は目立たないようにホールスタッフの仕事に邁進して、今はお金を貯めよう、それだけを掲げ、自分はホールスタッフをまっとうした。

一番下の立場で、どうしても先輩からのシフトの調整に入ることが多々あったが、ホールに出た分だけ給料が発生するんだから、喜んで引き受けた。「猫背の眼鏡の店員」というキャラクターだったと思うし、お客様とのトラブルや喧嘩になることも無かった。担当の隣の島で、イザコザが生じたり、何やらトラブルが生じているのを何度も見ているし、そういうのには近づかないぞと決めていた。最終的には社員さんが対応してくれる、というのもあるが、まずは事前に対処できるよう、何事も保険をかけていた。遊技しているお客様の台にある空き缶等のゴミは進んで回収し、お客様のワケの分からない会話にも平和な笑顔でうんうんと頷いていた。究極の接客業がなんなのか分からないが、後にも先にも接客業のアルバイトは、このパチンコのホールスタッフ以上のものは経験しなかった。

そして、いつの間にかこのホールスタッフのアルバイトに慣れ、アルバイトスタッフ同士での仲も深まり、自分は色々教えてもらった。アルバイトスタッフの中には、同じ大学に通う先輩はもちろん、フリーターや専門学校生、他の大学に通う人も居た。ミュージシャンの夢を追う人も居たし、多種多様だった。