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210218【自分の投げる球の方が】

高校2年生の夏、7月。夏の甲子園を目指す県大会3回戦、相手は甲子園常連の私立強豪校。梅雨越しの夏の太陽が降り注ぎ、タフな試合だった。タフな試合と書きつつ、自分は試合には出ていないし、ベンチにも入っていない。応援席で自校攻撃時は声を出すが、守備時はスポーツドリンクを飲んでお腹がタプタプしていた。“タプ”な試合としておこうか、とてもくだらなくて全国の高校球児を敵に回してしまいそうだ。

試合は2点を追う9回表、最後の攻撃。ああ、もう夏、終わりそう、という時に、起死回生な事って起きるんだ、特に高校野球だと。ちょっとオーバーな表現なのだが、そこはやさしくしてほしい。先頭バッターが3ベースヒットを打ち、続くバッター、1番のキャプテンはショートゴロに倒れたが、1点を返した。あと1点を取らなくては。ただし、残されたアウトカウントは2つ。2番バッター、ここが出ればクリーンアップに繋がる。ここは相手ピッチャーが意識したのか、四球を与えてしまう。1アウト1塁、バッターは3番の同級生のスラッガー。左打ちで右ピッチャーのスライダーをミートするのが上手く、自分も紅白戦等では痛い目に合ってきた。何球目か忘れてしまったが、外角から入ってくるスライダーだと思う、思い切り振った打球はレフト線に入り長打コース。センターよりにポジションを取っていたレフトは打球処理に追われ1塁ランナーは一気にホームイン、バッターランナーも3塁まで到達。応援席は歓喜の渦。「これ、イケるんじゃない。」誰もがそう思った。このまま勝ち越し点を取り、裏の攻撃を抑えれば。同点となり、さらに1アウト3塁、バッターは4番。怪我がちな先輩だったが、ここならランナーを返す仕事をしてくれるに違いない。応援に熱が入る。対して、相手ピッチャーもギアを改めて入れてきたようだ。甲子園出場が有力なプライドだろうか、応援席から見ていてスピード、キレが上がった。ここでランナーを返せば、大逆転というところで、自分たちはやはりかませ犬なのか、4番バッターも空振りの三振に終わった。その空振りのシーンが、先日の壮行試合で同じ4番バッターの先輩から自分が取った三振と画が重なった。あの時もシチュエーションは違えど、1アウト3塁。忖度して甘いところに投げていれば、なんて考えてもムダだ。次の5番バッターに託されたが、内野ゴロに倒れ、同点止まり。逆転できるチャンスがあったが、まずは追いつけたことに声援と拍手が飛ぶ。しっかり抑えろ、延長線に持ち込むんだ。

先攻チームはサヨナラ負けがある、それはちょっと不利に感じるのは、野球を始めた小学校からずうっと思っている。ポジションも投手だったため、サヨナラ負けのシーンを、よくマウンドで経験したものだ。サヨナラ勝ち、相手チームがホームベース周辺で騒ぐシーンを歯を食いしばりながら見ていた。そこからホームベースを挟んで整列するまでの足取りが重い、昔悪いことをした人が足に鉄球をつけられた時くらいの。それはないか。

さて、9回裏、既に100球以上投げていたエースピッチャーだが、球威は衰えず、まだまだイケそうだ。ブルペンで控えピッチャーが肩を作ることなく、この試合はエースピッチャーと、采配を振るう監督に全ベットだ。ピンチを抑えたことで、また相手校に流れが変わるかと思ったが、坦々と抑えた。そして、延長線に入った。ここからはお互い消耗戦。だが、相手校はやはり私立の強豪校で戦力の厚さが違う。代打で出てきたバッターのスイングのレベルが違った。もちろん、見た目の体型も。こっちは、まともに戦ってもなかなか点が取れないのだから、「頼む、エラーしろ。」と思った心が悪い人間はたぶん自分だけだろう。

延長線は双方譲らず、3時間半を越えた試合時間、太陽は一番高いところから下りだした午後、13回表の自校攻撃が終了した。2対2のまま、13回裏の守りが始まった。既に150球は投げていただろう、球威は衰えずとも、球が高くなってきたエースピッチャーはピンチを背負った。2アウト2、3塁。このピンチも抑えれば、また14回の表、自校の攻撃に繋げられる。そんな望みで見ていたが、バッターがスライダーを捉えた打球は、ピッチャー返し、ショート、セカンドともにダイビングを試みたが、センターに打球は抜け、3塁ランナーホームイン、サヨナラ負け、夏の大会が終わった。

あと一歩で、大金星を掴むところだったのに、何が足りなかったのか、最後は地力の差なのか、選手たち、補欠の部員、応援に来てくれた保護者の方々が悔しがっていた。その瞬間に感じるのは、「ヤバい、新チームの始動、これ、厳しくなりそうだな。」と。その年の更に1年前は決勝、その年は3回戦での敗退になったが、2年連続、強豪私立に負けてしまった先輩の想いを背負って、新チームは負けた翌日から始まった。

新チームの始動で、まずはキャプテンの選考があったが、これは満場一致でその夏もベンチ入りして経験やリーダーシップがあるセカンドの選手に決定。また、引退となる先輩がグランドに駆けつけてくれて、それぞれが一言挨拶する時間があった。そうか、昨日はホントに悔しい終わり方で、誰もかける言葉に迷ったくらいのムードだったが、一夜明け、まだまだ実感がないながらも、新チームに対して、最後の挨拶だった。各々が野球部に入って良かった、この経験は忘れない。等、優等生な言葉が並ぶ中で、自分は質問してみた。

「やっぱり私立強豪校の野球って、違いますか。」

前キャプテンが答えてくれた。

「お前の方が良い球投げるよ。」

延長13回まで、2点しか取れなかった打線の切り込み隊長が、そんな事言うな、なら打てよ。と思った。先輩、6打席で0安打じゃないですか、と更に突っ込みたくなったが、そんなに仲の良くない先輩だったので、止めた。理由になってないけど。

そんなこんなで新チームが指導し、自分たちの代が始まった。チームの目標は甲子園かもしれないけど、自分は超現実主義、ピッチャー2番手を死守すること。この先1年、いろんなことがあるかもしれないけど、とりあえず、2番手を守り、ベンチに入るんだ。くじ引きでなってしまった保護者会の理事の両親のメンツのために、絶対背番号をもらうぞと。まあ、ベンチ入りはできるでしょう、なんたって強豪私立校のエースピッチャーより「お前の方が良い球投げるよ。」なのだから。

新チームで始まった日々の練習の中で、監督より「今日は皆で試合を観に行ってこい。」という指示を受けた。その試合は、県大会決勝だった。球場に入る分だけ2年連続だ。

対戦カードは、自校を破り、そのまま順当に勝ち上がった優勝候補の私立高校と、相手校も県内私立の強豪校で、番狂わせない想定のカードだった。自分たちは、負けた高校1塁側ベンチではなく、対戦校の3塁側ベンチの裏に陣取り、試合を観ることにした。勝った方が甲子園、両校学校を挙げての大応援団だった。自分の席の周りにも女子高生が多く陣取っていて、もうスカートの中身がチラチラ見えるの。もう、偏差値の低い学校はこれだから。とため息交じりに思いながら、戦況を見つめていた。3塁側に陣取った高校のエースピッチャーは、その年のドラフト会議に指名され、プロ野球に進んだプロ注目の選手で、その試合でも140キロを越えるストレートに、バッティングでは右バッターながら、県内で一番広いだろうと思われる球場でライトスタンドに3ランホームランを打ち、チームを牽引していた。盛り上がる3塁側ベンチ裏の応援席。タッチアップや、フィルダースチョイスは絶対に分からないだろう、女子高生の黄色い声援。

「もっこりもこみちー!」

その年、速水もこみちさんがブレイクした年でもあり、野球に関係ない、たぶん、もこみちさんにも失礼な、応援なのか野次なのか分からない言葉を、女子高生たちは叫んでいた。そんな試合は、こちらも3塁側の高校に、中学時の県選抜でチームメイトだった、確か福の神みたいなやさしそうな顔が印象的の選手が出場していて、ホームランを打つ活躍をしていた。スゴいね、自分、あの時、同じチームで野球できて良かった。当時、携帯電話はなかったけど、連絡先、ちゃんと交換して、今だったらLINEのグループとか作ってみたかったなぁ。

試合は、1塁側、自校を破った高校が1点を追いかける形で、最終回9回表の攻撃となった。ここまでかと思ったが、執念だろうか、その回で1点をもぎ取り、追いついた。勝った方が甲子園となる県大会決勝は、延長線にもつれ込んだ。

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