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シンプルな戦略フレームワーク『「価値」こそがすべて』

タイトルに「!」をつけるなんて、なかなか強気なビジネス書だなー、なんて思ってたのが最初の印象だったのですが、各所から良書だと聞いて手に取ってみたところ、とても示唆深く勉強になる本でした。

原題の"Better, Simpler Strategy: A Value-Based Guide to Exceptional Performance"の方がわかりやすくて好きかも。

ハーバード・ビジネス・スクール教授のフェリックス・オーバーホルツァージー氏が提唱する「バリューベース戦略」について、いろんな優良企業の成功事例とともに解説されています。

「バリューベース戦略」については、ハーバード・ビジネス・スクール公式ブログにもあった以下の図解がわかりやすいです。これをValue Stickと呼ぶそうです。

https://online.hbs.edu/blog/post/value-based-strategy

本書では、企業が成功するには、より大きな価値の創造にフォーカスすべきで、価値創造には
・WTP(Willingness-to-pay)を上げる
・WTS(Willingness-to-sell)を下げる
の2つの方法しかない、と説明しています。

自分にとっては新しい言葉だったものの、馴染みある企業や日本の会社(トヨタやラクスル社)の事例を交えながら紹介されているので、スッと入ってきやすかったです。自分の仕事におても、今後プロダクト戦略や事業戦略を考えるうえで参考にできそうと感じました。

以下、本書から印象に残った点を抜粋・コメントしておきます。

バリューベース戦略の基本的な考え方は、これ以上ないほどシンプルなものです。すなわち、持続的に高いパフォーマンスをあげている企業は、顧客、従業員、あるいはサプライヤーに対して確固たる価値を創造している、ということです。

▼ WTP(Willingness to pay、支払意思額)
バリュースティックの上限に位置します。これは、顧客の視点を表しています。具体的には、顧客が製品やサービスに対して支払うであろう上限額のことです。企業が製品を改善すれば、WTPは上昇します。
▼ WTS(Willingness to sell、売却意思額)
バリュースティックの下限に位置し、従業員とサプライヤーに言及したものです。従業員にとって、WTSはジョブオファーを受け入れるために必要な最低限の報酬のことです。企業が仕事をより魅力的なものにすることができれば、WTSは下がります。逆に、仕事が特に危険な場合は、WTSは上昇し、従業員はより多くの報酬を必要とします 。サプライヤーの場合、WTSは製品やサービスを供給することのできる最低限の価格のことを意味します。サプライヤーにとって製品の生産と出荷が容易になれば、そのWTSは低下します。

WTPとWTSの差、つまりバリュースティックの長さが、企業の生み出す価値になります。ある調査によると、優れた財務パフォーマンス(企業の資本コストを超えるリターン)は、より大きな価値を創造することができるかどうかに依存していることが示されています。そして、付加価値を創出する方法は、WTPを高めるか、WTSを低くするかの2つしかありません。

"価値"とはWTPとWTSの差。

それらはすべて、WTPを高め、より大きな顧客価値を生み出すために、同じ3つのレバーに依拠している点で共通しています。すなわち、〝より魅力的な製品〟、〝補完製品〟、〝ネットワーク効果〟の3つ

WTPを高める手法3つ。

企業は、WTPを高め、WTSを下げることによって、価値を生み出します。価格や報酬を設定することで価値を獲得します。企業が創出する価値全体は、3つの部分に分割することができます(図3-2)。

バリューベース戦略の考え方では、価格はWTPの決定要因ではありません。私たちはよくWTPと価格を同じ意味で使用します。しかし、この2つは分けて考えるほうが有益です。

価値は以下3つに分割できる:
1. Customer Delight(顧客歓喜)= WTPと価格の差
2. Firm Margin(利益)= 価格とコストの差
3. Supplier Surplus(サプライヤー余剰利益/従業員満足) = WTSとコストの差

再掲:

https://online.hbs.edu/blog/post/value-based-strategy

企業は、優れた顧客歓喜を生み出すことによって、顧客獲得競争をしています。クオリティが良く、WTPが高いことは、成功を保証するものではありません。重要なのは、WTPと価格の差、つまり顧客歓喜なのです。

わかりやすい。

製品に焦点を当てることと、WTPに焦点を当てることの違いは微妙ですが、重要です。製品中心主義のマネジャーは、「どうすればもっと売れますか」と尋ねます。WTPを重視する人は、顧客が拍手喝采するのを見たいと思っています。そして、顧客が購入を約束した後でも、顧客体験を改善する方法を模索します(図4‐1)。

一方、アマゾンのKindleは、無料の3Gインターネット接続を提供し、この機能によって、電子書籍が衝動買いされるようになりました。発売当初、Kindleは5時間で完売しました。ソニーのような製品中心主義の企業は、デバイスの品質に細心の注意を払います。読書体験が顧客が新しいデバイスを購入する際の重要な要素であることを知っていたソニーは、すばらしい読書体験を提供しました。一方、アマゾンはWTPを重視し、その広い概念にもとづき、カスタマージャーニー全体を通じて利便性を提供しました。その結果、ソニーがワイヤレスを導入したときには、すでに手遅れでした。

WTPを上げる手段の1つ、"より魅力的な製品"の事例としてAmazonのKindle開発秘話がおもしろかった。電子書籍リーダーとして先行してたソニーのは"製品そのもの"の質(読書体験)を上げることにフォーカスした一方、Kindleは3Gインターネット接続機能をつけてWTPを上げることに集中。"より魅力的な製品"にするには、製品そのものではなくWTP(この場合だと読書の前後に付随するJobを含めた総合的な体験)にフォーカスしないといけない。

他にも、トヨタのカローラがダサかったけど大ヒットした話、中国でタオバオとアリペイが新規ECユーザーの市場を開拓し当時シェア最大だったebayを中国撤退まで追い込んだ話、などの事例が紹介されていて勉強になりました。

ミシュラン兄弟は、かぎられた需要のなかで、車の普及とその運転を奨励することをビジネスにしました。そして、いまでは有名な『ミシュランガイド』のアイデアが生まれたのです。ミシュラン兄弟は、自動車を運転する人が、どこに行けばいいか、どうすれば楽しめるかを知っていれば、自動車はもっと便利なものになると考えたのです。

『ミシュランガイド』の目的は、車とタイヤの補完製品が入手できる場所と価格に関する包括的な情報を提供することでした。ガソリンスタンドや、充電ステーション、信頼できる修理店、おいしい食事ができる場所、宿泊施設なども記載されています。

企業は、特定の製品やサービスに集中するように助言されることがよくあります。原則として、これは良いアドバイスです。(中略)しかし、集中することで、自社製品のWTPを高める要因を見落とすことがあってはなりません。さらに広い視野に立ち、自社のビジネスとはまったく関係がないと思われるような補完関係をも視野に入れることが大切です。

かの有名な「ミシュランガイド」は、主力製品の"タイヤ"や修理サービスのWTPを上げるために始まった補完製品。

1960年代後半、ロンドンのバークレイズ(Barclays)とニューヨークのケミカル・バンク(Chemical Bank)が初めてATMを設置しました。(中略)その結果、現金を渡すことが主な仕事であった銀行の窓口係の将来が危ぶまれるようになりました。

支店の運営コストが下がったため、銀行はさらに多くの支店を開設し、窓口係を雇いました。第3に、これらの窓口係は、顧客にアドバイスをしたり、商品を販売したりと、現金を渡すよりもはるかに価値のある活動をするようになりました。最終的には、ATMはこれらの再構築された窓口サービスの補完製品であることが明らかになったのです。

補完製品と代替製品の区別は難しい。多くの場合、人は新しいテクノロジーを代替製品だと勘違いしてしまう。(現代だとAIやChatGPTにも通ずる話)

最初に、給与の引き上げと職場環境の改善は、どちらも同じ効果をもたらすように思われるかもしれません。つまり、従業員満足度の向上です。最終結果は同じかもしれませんが、2つの戦略には重要な違いがあります。報酬の増加は企業のマージンを低下させます。価値の創造はなく、再分配が行われるだけです。これに対して、より魅力的な職場環境は、その仕事に対して喜んで受け入れたいと思う最低限の報酬であるWTSを引き下げることで、「より多くの価値」を生み出します。

なるほど。

実際にサプライヤーのWTSを下げるにはどうしたらよいのでしょうか。それは、買い手に販売する際の費用対効果を高めることです。サプライヤーの生活を楽にする取り組みや、サプライヤーの生産性を上げるための投資は、サプライヤーのWTSを下げ、より大きな価値を生み出すことになります。

松本は、「印刷機に余裕があり、設備が整っているところは、特にWTSが低い」と認識しました。さらに、トヨタの元技術者を採用し、印刷現場のオペレーションを改善することで、WTSをさらに引き下げました。その結果、同社は価格を引き下げることができ、顧客と価値を分け合うだけでなく、このような取り組みを通じて印刷会社も価値を享受できるようにしたのです。ラクスルは、サプライヤーを慎重に選定することと、経営ノウハウを移転することの2つのメカニズムによって、サプライヤーが低いWTSの恩恵を受けられるようにした良い例です。

ラクスルのサプライヤーWTSを下げた事例はめっちゃ勉強になりました。

サプライヤーのコスト削減を支援し、自社への販売を容易にすることで、最終的には自社自身を助けることになります。 サプライヤーがあなたのために何をしてくれるかを尋ねないでください。

御意。

ビジネスの成功のためにトレードオフが重要であると合意したにもかかわらず、しばらくすると、トレードオフはほとんど消えてしまっているのです。自社でも思い当たる節はありませんか。会議では、改善すべき製品やプロセスを長々とリストアップしているのではないでしょうか。

どこが優れているか、どうすれば進歩することができるかを考えるのは楽しいことです。 しかし、どこに投資しないか、どこで成果をあげないかを決めるのは、はるかに難しいことです。真のエクセレンスとは、トレードオフのうえに成り立つものです。今度、あなたとあなたのチームが戦略会議に出席し、解決すべき問題、完了すべきプロジェクト、改善すべきサービスの長いリストを作り始めたら、「何をやめるつもりですか」と問うことを忘れないでください。

トレードオフの意思決定が真のエクセレンス。

戦略とは「価値創造こそがすべてである」という点です。 戦略に関するよくある間違いの一つは、価格やコスト、あるいは価値獲得の手段としてのビジネスモデルにばかり注意が向き、どれだけ大きな価値を創造するかという点がおろそかになってしまうことにあります。既存の価値をいかに多く獲得するかに注力してしまうと、顧客やサプライヤー、従業員との間での価値の取り合いとなります。これはゼロサムゲームであり、たとえば企業が価格を上げることで利益を得れば、その分、顧客満足度(本書の言葉では顧客歓喜)を減らすことになります。したがって、重要なのは、価値獲得ではなく、いかにして多くの価値を創造するのかという点にあります。

これらは通常、分厚い書類になっており、現場レベルで必ずしも理解可能なものにはなっていません。それは内容が複雑だからというだけでなく、量的に多すぎるということもあります。戦略はシンプルでなければ機能しません。というのも、シンプルでなければ組織の末端まで正確に伝わらないからです。 本書の枠組みでは、戦略は「バリューマップ」に現れます。

良い戦略 = 価値創造 = WTP上昇/WTS低減によりバリュースティックの高さを拡大すること。かつ、現場レベルで理解できるシンプルなもの。複数のバリュードライバー(価値を作る取り組み)の中から絞り込んだトレードオフのうえに成り立つもの。

さいごに、マイベストCSO岸本さんの図解がわかりやすすぎたので勝手ながらメモとして引用させていただきます。


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