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企業の持続的な優位性を築く「7 POWERS」

事業の長期的な成功、持続的な優位性をもって勝ち続けるためにはどうすれば良いか。自分が担当するサービスでも考えるキッカケがあったので本書を手にとってみました。

著者のハミルトン・ヘルマー氏は、まだオンラインDVDレンタルが主力事業だった初期のNetflixの大成功を予期して投資した凄腕の投資家兼コンサルタント。

企業が持続的な優位性を築くための7つの力を「7 Powers」と題して紹介していて、それぞれをNetflix、インテル、ピクサー、トヨタ等の事例とともに解説しています。

あまり複雑な概念ではなく非常にシンプルで覚えやすい概念なのと、実例をもとに解説されているので、事業やプロダクトの優位性を考えるうえでとても参考になる内容でした。

主題の7 Powersは以下:
1. Scale Economics / 規模の経済
2. Network Economics / ネットワーク経済
3. Counter Positioning / カウンターポジショニング
4. Switching Costs / 乗換コスト
5. Branding / ブランディング
6. Cornered Resource / 競合なきリソース
7. Process Power / プロセスパワー


本書から抜粋・コメントしていきます。

パワー:持続的な差分リターンの潜在能力を創出する条件の組み合わせ

戦略:重点市場における継続的なパワー獲得への道

持続的で大幅な差分リターンが得られる潜在能力を生み出す構造、それがパワーだ。これを実現するには、次のような二つの要素が両立する必要がある。
【ベネフィット】コスト削減、価格設定の改善、および、または投資要件の低減を通じて、パワーを行使する側にもたらされるキャッシュフローの改善。
【バリア】競合相手が長期的に右のベネフィットをアービトラージにより奪いかねない行動に出られないようにする、および、またはその意欲を失わせるような障害。

パワーには、自社をキャッシュフロー観点で潤わせる「ベネフィット」と競合から守る「バリア」の両側面がある。
なお、以下の著者のインタビュー動画では、いわゆる巷で使われてる「Moat(モート)」は本書でいうバリアと同じ概念とのこと。

1. Scale Economics / 規模の経済

規模の経済 = 生産量の増大につれて単価が低下する事業体。

規模の経済
ベネフィット:コストの削減
バリア:市場占有率の拡大を阻むコスト

「規模の経済」というパワーを持ったネットフリックスに対し、競合するストリーミングの小規模事業者は極めて不利な立場となる。ネットフリックスと同じ商品、すなわち同じだけの量のコンテンツを同じ価格で配信しようとすれば、その損益は惨憺たるものになるだろう。提供するコンテンツの量を減らすか、価格を引き上げることで損益を是正しようとすれば、顧客離れを引き起こし、市場占有率の低下を招いてしまう。この袋小路のような競争状態こそが「規模の経済」というパワーの何よりの特徴だと言える。

ネットフリックスを例とした「規模の経済」は本書におけるパワーの定義を十分に満たしている。すなわち、膨大な契約者数によって可能になったコンテンツ関連コストの削減がもたらすベネフィットと、市場を奪おうとする側にとって費用対効果を得るのが難しいというバリアだ。

規模の大きな買い手ほど、投入する資金に対してより有利な価格設定を引き出せることが多い。たとえば、これはウォルマートの成長を後押しする力となった。

Netflixのオリジナルコンテンツ制作、ウォルマートのような小売事業、かつてのフォードの自動車の大量生産によるコスト低減などがこれに該当。

2. Network Economics / ネットワーク経済

ネットワーク経済 = 利用ユーザー数の拡大に伴い、ユーザーにもたらす価値が増大するビジネス。

【ベネフィット】 「ネットワーク経済」の恩恵を受けている業界のリーダー企業は、より多数のユーザーを抱えることで、より高い価値を実現できるために、競合相手よりも高い価格を設定することが可能になる。たとえば、リンクトインの「HRソリューション」事業の価値はユーザー数に基づいているため、リンクトインは利用者数の少ない競合製品よりも高い価格を設定できる。

【バリア】  「ネットワーク経済」のバリアとは、市場占有率の拡大に努めても費用対効果の面で割りに合わない状況を言う。このバリアは極めて高いものとなりがちだ。特に後発企業にとって、顧客価値の低さによる不利な状況を覆すことは並たいていではなく、状況打開のために値下げを余儀なくされるといった想定外のことが起こる。

勝者総取り:強い「ネットワーク経済」を握っている事業は、ある段階で大きな転換点を迎える。すなわち、一つの企業がある程度の差をつけて業界リーダーになってしまえば、その時点でほかの企業は敗北を認めてタオルを投げるしかなくなる。

言わずもがなですが、いわゆるソーシャル系はこれに該当。

3. Counter Positioning / カウンターポジショニング

カウンターポジショニング = 既存企業が従来の事業に損失が発生することを恐れて採用できない新しく優れた事業モデルを、新規参入者が採用すること。

これから紹介するのは第3のパワー、「カウンター・ポジショニング」だ。このパワーの重要性はあまり注目されていなかったが、7つのパワーのなかでも特に大切なポイントであると私は考える。なぜなら、これこそが新興企業が難攻不落の既存企業を打ち負かすための手段になるからだ。

【ベネフィット】 新しい事業モデルはコストを下げるか、あるいは価格を高く設定できるか、または両方によって既存企業の事業モデルを凌ぐことができる。バンガードの事業モデルでは、報酬の高いポートフォリオ・マネジャーや流通チャネル、不要な取引コストがかからないため、コスト全体を低く抑えられ、高い平均純利益という優れた成果をもたらした。

【バリア】ある戦略について既存企業が従来の事業を変更することで起こるリスクを想定した上で「採用しない」と結論づける場合がある。バリアとは副次的損失なのだ。バンガードに対して、フィデリティは自社のアクティブ運用に自信を持っていた。パッシブ・ファンドの低い利益率と比べ、現行の自社商品のほうが勝っていると結論づけたのだ。

既存企業が新しい手法を過小評価し、見くびることがよくある。手数料の低いパッシブ・ファンドに対するフィデリティのネッド・ジョンソンの質問は有名だ。「平均的な利益率でよしとする人などいるのだろうか」。

カウンターポジショニングの回は本書で一番勉強になった。いわゆるイノベーションのジレンマを誘引する、新規参入者の戦略。

特にバンガードが始めた販売手数料0のインデックスファンドが市場を席巻していくなかで、老舗のフィデリティがそれに追随できずまくられていった事例は参考になる。

4. Switching Costs / 乗換コスト

乗換コスト = 他社製品への乗換が困難になる事象。金銭的コスト、物理的コスト、心理的コストに分類される。

【ベネフィット】 顧客に「乗換コスト」を仕込んだ企業は、競合相手の同等の製品やサービスより高めの価格を設定できる。このベネフィットは、「既存の」顧客に後続製品を販売できる企業だけにもたらされる。

【バリア】 競合企業が同等 製品 を提供するためには、顧客の「乗換コスト」を負担しなければならない。それまで顧客を囲い込んでいた企業は、それに対抗して潜在的競合相手がコスト面で不利になるように価格を設定したり調整したりできるため、あえて挑戦する意味がないと考えるのは当然だ。したがって、「規模の経済」や「ネットワーク経済」と同じく、挑戦者にとって市場占有率獲得における費用対効果が要因となってバリアが生まれる。

欧州と米国のSAPの顧客588社を対象に実施したコンピュウェア社による最近の 調査 では、 43%の顧客が製品全般についてSAPの応答時間に不満を感じていた。また、ほぼ全員が機能上の問題が財政上のリスクになり得ると感じ、 50%は機能向上に今後も期待できないと感じていた。だが、1000以上の顧客を対象にした別の 調査 では、 89%が近い将来もSAPに年間維持管理費を払い続けるつもりであることがわかった。顧客はこんなにも嫌っている製品に対して、なぜ金を払い続けるのだろうか。

高い顧客維持力と低い顧客満足度というSAPが持つ矛盾する特徴は、「乗換コスト」というパワーを象徴している。顧客はひとたび購入すれば、どうしてもそこから離れられなくなり、SAPはそれ以降、年間の維持管理費、上位機能や拡張機能の購入、ソフトウェアやコンサルティング契約など将来にわたる収益を確保できる。

SAPなどの大規模なエンタープラズ向けソフトウェアはこれに該当。

5. Branding / ブランディング

ブランディング = 長期にわたる積み重ねで形成された信頼。品質が保証されることへの安心感と好感から高い価格設定ができる。

【ベネフィット】 「ブランディング」に強い事業は、以下の二つの理由の一方か、両方のおかげで、より高い価格を設定できる。
1.感情価:ブランドに対する蓄積されたイメージは、商品の客観的な価値とは別に、好意的な感情を引き出す。
2.不確実性の減少:ブランド品は期待を裏切らないだろうと思わせることで、顧客は安心感を得られる。

【バリア】 強いブランドは履歴現象とも呼ばれる長期間にわたる積み重ねがあって初めて創り出せるものであり、それ自体が重要なバリアとしての役割を果たす。ティファニーという商標名は100年以上かけて一流の証としての地位を獲得してきた。似たようなブランドを立ち上げようとしても強大な不確実性が立ちはだかる。

「ブランディング」は非排他的な性質を持つパワーだということを覚えておいて欲しい。同じ顧客層を標的にした直接の競合相手が、互いに同じレベルのブランド力を持つこともある。たとえば、プラダとルイ・ヴィトンとエルメスなどである。

Apple、NIKE、スターバックス、本書で事例として紹介されたティファニーをはじめたとしたハイブランドがこれに該当。ただし、構築するのにとても長い時間がかかる。

6. Cornered Resource / 競合なきリソース

競合なきリソース = 特許や人的資本などそれ自体が事業価値を高めることができる資産に対して魅力的な条件で優先的に所有・使用できる権利

【ベネフィット】 ピクサーの場合、このリソースが滅多に見られないほどの訴求力を持った製品、つまり「優れた作品」を生み出し、巨額の興行収入をもたらした。間違いなく、これは物質的な成果(戦略の基本方程式における大きなプラスの)である。 この例以外にも「競合なきリソース」というパワーは様々な形で現れる。そして、それぞれ独自の異なるベネフィットを提供する。たとえば、大型新薬のような価値の高い特許の優先使用権、セメント製造会社による近隣の石灰岩の所有権のような必要資源の獲得、あるいはボシュロムのソフトコンタクトレンズに使うスピンキャスト製法のようなコスト節減のための製造方法がそれに相当する。

本書で紹介されたピクサーと映像制作チームの希少性は興味深い事例でした。

7. Process Power / プロセスパワー

プロセスパワー = コスト削減と品質改善を可能にする、長期的な組織活動により組織に根付いたオペレーショナル・エクセレンス

トヨタ生産方式は「プロセス・パワー」という滅多に見られないパワーを説明できる典型的な例だ。

【ベネフィット】  「プロセス・パワー」を備えた会社は、作業工程を改善する習性が組織内部にいる個々人に根づいているため、製品の属性を改善したり、コストを引き下げたりすることが可能となっている。たとえば、トヨタは数十年という期間を使って、トヨタ生産方式の品質向上とコスト削減を維持してきた。

【バリア】  「プロセス・パワー」のバリアは履歴現象だ。この過程を経た進化は再現することが困難だ。時間をかけ、絶え間なく、少しずつ醸成されてこそ実現できるのだ。ベネフィットを短期間で達成できない要因は以下の二点である。
1.複雑性:
トヨタの自動車製造は、それを支えるあらゆる物流連鎖と組み合わされて、途方もなく複雑な状況を引き起こす。
2.不透明性:
トヨタ生産方式の開発は、真似しようとした会社が避けて通れない長期時定数についてそっと教えてくれる。システムは現場での何十年にもわたる試行錯誤を経て形成された。基本的な考え方が明文化されたことは一度もなく、組織内で蓄えられた知見も大半は明示されず、暗黙の了解のままだった。

GMでは、こうした努力から学んだ教訓を、世界各地の自社工場に容易に適用できると考えていた。 しかし、そうはならなかった。トヨタはヌーミでの技術訓練に際して、何もかも包み隠さずに手の内を明かしたが、GMはヌーミでの成果を自社工場で再現することができなかった。これは単に無能だったからではない。トヨタ生産方式を模倣できないことは、以下の『ハーバード・ビジネス・レビュー』誌の記事でも指摘されているように、多くの人が知っていたのだ。 「トヨタは驚くほどオープンにそのノウハウを披露してきた。しかし不思議なことに、上手に再現できたメーカーは皆無である。数千という企業から数十万人ものマネジャーがトヨタの工場(もちろんアメリカも)を訪問したが、トヨタに匹敵するような成果を上げることはできなかった」

トヨタとGMが合弁で設立したヌーミ社では、米国の工場でトヨタ生産方式(TPS)の技術訓練を施して自動車生産にとりかかったものの、トヨタ本社が実現してきたような成果はあがらなかった。TPSは長い時間を経てトヨタの組織と個々人の脊髄まで染み込んだDNAのようなものだった。

まとめ

どのパワーも最初は「発明」から始まっているのだ。製品、プロセス、事業モデル、もしくはブランドなど、どんな発明でも構わない。パワーを創出することは、「『私もそうする』ではそうなれない」という類のものなのだ。 発明の根本に存在するのは、行動、創造、リスクといったものだ。事業価値は血の通っていない分析からは生まれない。情熱、熱中、熟達、こうした力が発明を生む。計画立案がパワーを創出することは滅多にない。

パワーを創り出したいのならば、最初の一歩は、画期的製品、魅惑的ブランド、革新的事業モデルなどを発明することだ。しかしそれは最初の一歩であって、最後の一歩ではない。ネットフリックスがオリジナル作品を持たないままストリーミングでの配信事業を考案しても、差別化できない普通のサービスとして簡単に真似されてしまったはずだ。

発明が長期的に優位性を保ち続けるには、どのようにパワーに昇華させるかを考えないといけない。

・出発 「カウンター・ポジショニング」「競合なきリソース」
・離陸 「規模の経済」「ネットワーク経済」「乗換コスト」
・安定 「プロセス・パワー」「ブランディング」

事業のステージによって構築できるパワーは異なる。

重要市場のなかにあって、持続可能なパワーへとたどり着く道 これが戦略の意味するところであり、成功のために成し遂げるべきものである。

やみくもに足元の課題解決に奔走するだけでは長期的な優位性は築けないので、本書にあるような戦略を念頭におく必要があるなと改めて感じた。

7 Powersを図解した画像がわかりやすいので貼っておきます:

https://www.strategypunk.com/7-powers-by-hamilton-helmer-a-strategic-framework-template/

パワーと似た概念の「Moat(モート)」について詳しく書かれてるこちらのnoteは本当に決定版でして、何度も読み返しています。「7 POWERS」とあわせて読むとさらに理解が深まるかもしれないです。


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