見出し画像

さよなら炒飯!二十三皿目

第二報が続く。
「カウンセリング事業、収益に特化したマニュアル発覚」
それは僕らの予想を遥かに超えるろくでもない話だった。

最初に受け持つカウンセラーはクライアントのセンシティブな部分を丁寧に「突く」。どこを「突く」かはカウンセラーの腕の見せどころだ。
相談したクライアントは、自分の弱さを巧妙に突かれることでたった一人で自分と正面から向き合わなければならない。

自分と向き合うのは大変な作業だ。ヤン君もよく言う。金龍飯館のカウンターで一人で食事をする。それは自分と向き合う事。だからスマホを眺めながら食べる。少しでも自意識を外に向かわせるためだ。だから一言でも声を掛ける。
クライアントはうまく社会を渡れないのを自分のせいにしている。他に転嫁できる人間はそもそもカウンセリングなど受けない。自分自身を持て余す人間がその弱さをカウンセラーから柔らかく突き付けられる。
そしてクライアントが消耗しきるぎりぎりのタイミングで別のカウンセラーに担当が変わる。ここからクライアントに寄り添う本当のカウンセリングが始まる。突き放されてどん底にいるクライアントに天使のようなカウンセラーが付く。カウンセラーが役割分担でクライアントを囲い込む。長いお付き合いが始まる。
何かの理由があり、助けを必要とする人々。そんな人に圧を加え利益を確保する。

会社はカウンセラーも囲い込む。「自分自身の弱さを見つめ直す事からすべてが始まる」と刷り込む。それを当然のものとしてクライアントに提示し、対峙させる。カウンセラーも知らないうちに大きな収益を生む構造に取り込まれる。すべてがマニュアルに即した行動。カウンセラーたちの判断能力が希薄になる。言われるがままの奴隷。
それらすべてが流出した。最悪の状況が生まれる。動画も次から次へと出る。代表のパワハラ。数字が未達の営業への罵声。無理な指示を与え、圧迫。広まった世間の印象とまるで違う代表の姿。
インパクトがあったのがゲストを招いての社内懇親会の動画。その準備をした女性社員への𠮟責。クッキーを出す小皿が用意されていなかった。それだけで十五分を超える罵声。ネットでは代表に「小皿罵倒姉」という蔑称が付けられた。
最後に社会福祉法人から法人外である親会社への違法な資金移動が表沙汰となった。 株価が垂直に近い角度で落ちる。億単位の金額が僕たちの口座に流れ込む。

嶋津がつぶやいた。
「判断を人にゆだねるってやつは、自分を売り渡すってことだ」


その後も僕らは進撃を続け、証券口座の数字は億が並んだ。噂話を検証した会社は五百社を超えた。中でも地方銀行の合併、その二行の不協和音。それが起因となるシステムの不具合の情報が大きかった。僕らの空売りはタイミングを外さず、その案件だけで大手町四十代平均年収が転がり込む。嶋津が言う。
「半沢直樹って本当にあるんだな」
「合併に向けて両銀行が動き出したか出さないかのタイミングで各々支店を建て替えた。それが900mしか離れてない。合併したらぴかぴかの同じ銀行の支店が目と鼻の先に並ぶわけだ」
「それにしても将来同じ銀行になる近所の建物を同時に建て替えたんだ?」
「勢力争いだよ。近い場所に同じ程度に老朽化した支店。新しく建て替えたほうが合併後に残るだろ。両者同じ考えだよ」
「合併前から勢力争いが始まってそのコストが建て替え費用の何十億かよ。中の人はたまんないな」
たまんないと言いながら嶋津は楽しそうだ。
「まあ、どこの世界もそんなもんだよ。下っ端は大変だ。勘定システムって銀行の根幹だろ。一つの銀行で二つのデータセンターを抱える必要はない。規模が小さい銀行の方のデータセンターがあっさり閉鎖。お抱えのSE達はフロント業務に配置転換だってよ。SEになるような奴が住宅ローンとか融資の相談を冷静かつ笑顔で出来ると思うか?」
「ま、無理だね」
「そういう事だ」
「そういえば嶋津、あんまり脱がなくなったな」
「言われればそうかもね」
「何で?」
「そんなのわかんないよ。俺も大人になったんじゃない?朔ちゃんもいろいろ変わったけどな」
「 何が」
「大人になったんだよ」
嶋津は笑いながらジャスミン茶を飲みほした。


僕らはマーケットの勘どころを掴んだ。会社を経営し、失敗する流れは概ねパターンが決まっている。高校の時に配球パターンのデータを集めまくり、バッターのざっくりとした傾向が手に入ったあの時と同じ。一つの噂話は同業の他社にも当てはまる。結果僕らは噂話の裏取りをそこまでしなくても、マーケットを泳ぐ程々のスキルがついた。

僕は北千住に部屋を借りた。2LDK、十五万、公園の隣。もっと高い家賃も払えたが、金龍飯館のある大手町に通いやすいし、僕が住む場所にネームバリューやステイタスは必要はない。
少し前に嶋津が言い出した。
「そろそろ、金龍飯館で打ち合わせするのはどうなんだろう、リモートとか、人目につかないところでやらないか?俺たちは盗み聞きでカネを儲けているんだ。俺たちの会話も何かに利用されたらあまりいい気はしない。どこかに俺たちが気が付かない穴があると思う。場所を移そう」
よくわからないがそんなものなのだろう。嶋津が言う通り、打ち合わせの場所を金龍飯館から少人数のミーティングスペースやネットカフェの個室などに変えた。嶋津は一度使った場所は避けた。

「最近嶋津くんは来ないね。仲が悪くなったの?」ヤン君が言う。
「そうじゃないんだけど、まあ、気分転換だよ」
僕は答えた。何となくそう答えたほうがいい気がした。
ヤン君は声を立てずに笑いながら「嶋津くんによろしく言っておいてね」と
言う。そんなヤン君の笑い方は初めて見たかもしれない。



オフィス街にある金龍飯館。土曜日と日曜日は街に人がいないので休み。最近になり僕と嶋津は完全週休二日と決めた。働き過ぎは良くない。僕たちのスタートダッシュは終わったのだ。そして株の海を泳ぐうちに噂話に頼らない普通の投資のスキルも上がった。それも好調だ。
四月。一度だけ金龍飯館で打ち合わせをした。嶋津の提案でゴールデンウイークに入る前に仕掛けているほとんどの空売りを締め、一度利益を確定させた。連休中はあれからハマっていたキャンプに行くことにしていた。嶋津も誘ったが用事があるという。
連休最終日前日に帰宅した。疲れを平日に引きずっては仕事にならない。
朝五時に起床しカーテンを開ける。空はポスターカラーで塗ったような青。昨日までのキャンプ生活で体は疲れているが気分は良い。コーヒーを淹れるためにお湯を沸かす。
テレビをつけ、経済ニュースにチャンネルを合わせた。

「東京千代田区などで大手銀行二行と電力大手役員に対し、恐喝をしたとして中国国籍の男、李伟(リー・ウェイ)と楊朝偉(ヤン・チャオウイ)が指名手配されました。二人は大手上場企業の役員に対し、脅すなどして金銭を要求したとのことです。同様の手口で複数の企業や個人から多額の金銭を受け取ったとされ、またそれらの企業から株価に影響を及ぼす情報を仕入れ、それを元に多額の利益を得ていました。総額十二億円を超えるとのことです。警察はこの二人を手引きしていたとして日本人の男二人の行方も追っています」

リーさんとヤン君? 指名手配? 十二億円? 二人の日本人? 脅す?





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?