見出し画像

さよなら炒飯! 三十二皿目 次回最終回

コンビニでビールと冷凍の枝豆を買う。
「冷凍の枝豆?何で?今日って結構秋だよ?」
優衣ちゃんが珍獣を眺めるように言う。
「嶋津とよく枝豆食べたんだよ。並木は皮ごと食べてた」
「え?皮ごと?どういう意味?」
「いろいろ意味がある気がするけど。今度聞いてみて」
優衣ちゃんは「三人、頭おかしい。絶対頭おかしい」とつぶやいて車に乗った。ビールは四本買った。いつもの四杯。

刈り取りが終わった田んぼの中を走り、山の中に入っていく。常緑樹に覆われ道が薄暗い。カーブが続き見通しが効かない。スピードは出せない。しばらくハンドル操作に集中する。そろそろ座標軸が示した場所のはずだ。
視界が開けた。カーナビはここを指している。砂利が敷き詰められた駐車場のような所に車を停めた。冬枯れの芝生が果てしなく広がる。木々が点在する丘陵地帯。平らな場所と緩やかな坂がある場所が続く。遥か彼方まで透き通った秋の青空。端っこに遠慮した様に小さな雲が浮いている。
二人で車を降りた。空気がしんと冷えている。芝生に踏み入れ歩く。車を停めた近くに工事現場にあるようなプレハブがあるが、人の気配は無かった。広い丘陵を歩く。広葉樹の葉は半分ほど落ちているが、残りの葉は美しく紅葉している。冬枯れの芝生の上に落ち葉が積もっている。歩くたびに落ち葉を踏みしめる音がするが、広すぎて音に現実味がない。緩やかな傾斜を登り、そして降りる。

両手をジャケットのポケットに入れて優衣ちゃんがうつむいて言う。
「朔ちゃんがサンタで来た時にね、朔ちゃんが言ったの。素敵なことを素敵だと言うことは、素敵な事だって。覚えてる?」
「もちろん覚えてる」
「それ、学校でやるとね、微妙な雰囲気になるの。おまけにお前の父ちゃんごみ収集車で見たぜって。どう思う?」
僕はため息をついて言った。
「優衣ちゃんは何も間違っていない。その馬鹿は本当に馬鹿だから。なかなか難しいけど放っておくのが一番だ。でもそんなに簡単に放っておけないよね。なんか僕まで腹が立って来た。素敵な事を素敵だって言うのは優衣ちゃんの歳だと少し難しいかもしれない。でも優衣ちゃんはそれができるんだから本当に素敵だ。アホがやっかんでいるんだよ。それがしんどくなったら連絡くれよ。今日みたいにドライブしよう」
優衣ちゃんは小走りで先を行き、振り返って「ありがとう、親戚のおじさん」と言った。

風が吹き、落ち葉が少し舞い上がった。ここは嶋津が考えるキャンプ場に最適だ。たくさんタープやテントが張られても平面ではないので遠くまで視界が広がる。隣のテントに視線をさえぎられる事がない。芝生もほどほどの深さだ。テントを設営し寝るときは素敵なクッションになるだろう。
しばらく歩くと200mほど先にテントとタープが張られている。さっきは木立ちの陰で見えなかった。普通に考えれば嶋津だ。近づくと誰もいなかった。ローテーブルとチェアが二脚。焚き火台。そしてテーブルの横のバーナーの上に中華鍋があり、ドームの様な蓋を取ると中には炒飯がある。中華鍋と炒飯はまだ暖かい。優衣ちゃんが「ホシはまだ近くにいます、それからこんなものが」と言う。優衣ちゃんは野球のボールを掲げた。
テーブルの上にずいぶん昔に由美ちゃんから貰ったモレスキンの赤いノートがある。相当使い込まれ、表紙の赤は色あせている。中を見たかったがそこは我慢した。

封筒が二つ置いてある。ひとつは「並木から」と書かれ、もう一つは「俺から」と書いてある。両方嶋津の字だ。嶋津はいつも必要以上の筆圧で大きく書く。優衣ちゃんはテントの中に入り、ごそごそしている。僕は座り心地の良いキャンパス地のアウトドアチェアに腰掛け、「並木から」と書かれた封筒を手に取った。もちろん並木からだった。



朔ちゃん、お疲れさま。
朔ちゃんの部屋での日食ミーティングは最高だった。うちの天文部二人があそこまで役に立つとは思わなかった。本当に楽しかった。
あの後、嶋津にコンタクトを取ろうと考えた。そこには朔ちゃんが行く。俺には運動会の振替休日まで一週間の猶予があった。大抵のことはできる。
これから書くことを朔ちゃんに直接話してもよかった。でもそうなるとうちの天文部二人がかぎつけるし、俺も直接言うとこんがらがってしまいそうだ。だからこんな形にした。朔ちゃんと嶋津に伝える事は手紙が良かったんだ。
日食ミーティングの時に優衣が手紙なんてアナログだと言った。今回俺はアナログとITの合わせ技でやった。どうやったかはたぶん嶋津が言うだろう。俺が伝えるよりその方がおもしろそうだ。
 
同じことは嶋津にも伝える。
俺が警察にタレこんだ。今思えばあのタイミングしかなかった。ただ、もう少し早めにやっていれば嶋津が手配されずに済んだが、それはしょうがない。嶋津なら何とかするだろう。あいつはタフだ。
 
久しぶりに三人で会って飲んだ後、朔ちゃんも知っての通り俺は何回か金龍飯館に行った。炒飯は美味い。焼売も美味い。でもなんか微妙な雰囲気だったんだ。言葉にしずらいのだけど、そこにいると自分の意思がよく分からなくなる気がしたんだ。一番近い言葉を選ぶとすれば違和感としか言いようがない。ただ、俺は違和感って奴は重要だと思う。
嶋津はこの世界に違和感を感じまくっているのだろう。それがあいつのエンジンに燃料として火をつけ、摩擦を引き起こす。そして盲目的にさせるものを違和感で打ち破る。
俺もこの世界に色々違和感を感じている。高校の時にそんな話を朔ちゃんに言ったと思う。でもまだ50年経っていないから教えない。 

金龍飯館、あんまりよいところではない気がしたんだ。でも俺は探偵でもない。市役所職員だ。この店に張り込む事は出来ない。よっぽど盗聴器を仕掛けようかと考えたがさすがに現実的ではない。その時はまさか朔ちゃんたちが盗聴やってるとは思いもしなかったけど。
 
あの試合の球審の五十嵐さん。俺は五十嵐さんとなんかバイブスとか波長とか、そんなものが合うらしい。実は時々会って飲んでいた。朔ちゃん達に言うと俺がややこしい感情になるから特に言わなかった。
五十嵐さんは嶋津と朔ちゃんの事を相当気にしていた。たかが野球の一試合で人生を駄目にしたという自責があった。特に嶋津な。五十嵐さんは何回か嶋津の消息をたどった。でも分からなかった。
そんな時に俺たちが再会した。五十嵐さんに会わないかと誘ったが遠慮された。でも金龍飯館には行ってみたいって言うんだ。炒飯好きらしい。そうなったら五十嵐さんにお願いした。時々行って欲しいと。
五十嵐さんは家で保険代理店をやっている。昔そんな話したよな。今は娘さんがほとんどの事をしているから時間にも余裕がある。保険調査員もしていたから調査も慣れている。五十嵐さんのこと気がつかなかったか?年月も経っているし、球審はマスクだしな。おまけに五十嵐さんは試合の時はコンタクト。いつもは眼鏡だ。わかんないよな。 



全然気が付かなった。


五十嵐さんは嶋津とも何回かすれ違った。炒飯は当然朔ちゃんからサーブされた、と嬉しそうに言っていた。
五十嵐さんは朔ちゃんと嶋津が何かやっていると気が付いた。金龍飯館の二人も別行動で、似たような何かやっていると。俺は五十嵐さんと金龍飯館を探ることにした。五十嵐さんは俺の指示を仰ぐと言う。俺と嶋津と朔ちゃんの三人の話だ、自分からそこに入るわけにはいかないと。とりあえず俺は五十嵐さんに足しげく金龍飯館に通うことをお願いした。
五十嵐さんも最初は細かいところまではつかみ切れていなかった。それでも五十嵐さんから聞く話はおもしろかった。朔ちゃんの客あしらいとか、客の女の子に振られたらしいとか。そして嶋津がデータまがいのフワッとしたものを使っているとか。
五十嵐さんのリサーチは粘りだ。徐々にだが細かいところがわかってきた。お前らの声はパーテーション越しによく聞こえたってよ。朔ちゃんや嶋津は誰にも危害や損をさせてない。法にも触れてない。俺は二人が少し羨ましくなったよ。
五十嵐さんは嶋津と朔ちゃんを何としても「こっち側」に留まらせたかった。高校野球一試合でその後の生き方が狂うなんておかしいと。嶋津に似ている亡くなった息子さんのこともあるしな。
五十嵐さんは言った。
「試合ってやつはただのゲームだ」
 
嶋津が相手の会社に入って、真黒なインサイダーまでやっていたのはぎりぎりまで分からなかった。わかったのは金龍飯館の二人だ。五十嵐さんにお願いして少し踏み込んでもらう事にした。五十嵐さんはその二人をアウトだと判断するに十分な情報を集めた。後を継いだ娘さんも加わった。俺が見たところ、娘さんの方が腕が良さそうだ。
かなり迷ったけど、俺は警察にタレこむことにした。朔ちゃんと嶋津が金龍飯館に取り込まれる間際と判断した。やり過ごすことは出来なかった。五十嵐さんもそのうち朔ちゃんと嶋津によくないことが起きると言った。俺たちは資料や五十嵐さんが録音したもの(盗聴だな!)を新宿署の刑事に渡した。金龍飯館は前に新宿にあっただろ。なんかやらかしていると思ったんだ。でも新宿署は二人の事を具体的には掴んでいなかった。ヤンも丸の内署しかマークしていなかったはずだ。丸の内署と新宿署の連携がうまい具合にタイムラグになったはずだ。いいタイミングだった。朔ちゃんが拘留されたのは申し訳ない。
 
もう終わったことかもしれないが、俺には高校の時に嶋津が消えた事が残っている。嶋津の家の前での乱闘騒ぎで俺は朔ちゃんの腕を引いた。それは朔ちゃんの腕を使って俺自身をとどめたんだ。俺は何だかんだで自分のためだけに動いている気がしてならなかった。高校時代に0.295を追った仲間なのに。だから五十嵐さんとそのあたり波長が合ったのかもな。
 
これは書くかどうか迷ったんだけど、俺は嶋津とか由美がいる時、朔ちゃんがいると楽なんだ。たぶん嶋津も由美も、もしかしたら優衣もそうかも知れない。みんな朔ちゃんに何かしら打ち明けないか?こういっちゃなんだけど朔ちゃんはネットワークでの「ハブ」みたいな人なのかもしれない。空港もハブとか呼ばれるのあるだろ。母港とは違う。時々飛行機が来て、飛び立つイメージかな。

これでもよければ、これからもうちの一家と付き合って欲しい。
優衣は朔ちゃんを気に入っているみたいだ。親戚のおじさん。
気を付けて帰って来てくれ。



並木の手紙はここで終わっていた。
紅葉した木々が風に揺れ、その音が静かに響いている。鳥たちの鳴き声が聞こえてくる。時折、遠くから熊かサルをを追い払うらしい空砲がぼおおんと聞こえる。太陽が山の裾に隠れるにはまだ時間がある。
「炒飯あっためて食べようよ」
優衣ちゃんが言う。優衣ちゃんは蓋を取りバーナーに火を点け、玉杓子を打ち鳴らした。荷物を漁り皿を用意する。優衣ちゃんは盛大にこぼしながら皿によそった。スタバでスコーンを食べただけなので二人とも無言で食べた。相当な量があったがすぐになくなった。
どこまで優衣ちゃんに手紙のことを伝えればいいか迷う。
「お父さんからのラブレター、おもしろい?」
「優衣ちゃん、読みたい?」
僕は言った。僕宛に書かれた手紙であるけど、ここまで来た優衣ちゃんに読む権利はある。
「読んでみる?」
「読まない。その代わり朔ちゃんが帰りの車で手紙の内容をお話して」
そうきたか。
「俺から」と書かれた手紙の封を開ける。嶋津からの手紙だ。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?