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俺はカネを払っていない

 俺はカネを払っていない。

映画を見に行かない。レンタルもしない。録画されたものを見る。
本を買わない。図書館で済ます。
音楽はサブスクリプション。Spotifyでしか聞かない。月額980円。CDを買うことはなくなった。
雑誌を買ったのは何時だろうか。覚えていない。
家で飲むコーヒーはスーパーの棚、一番下に置いてある。外で飲むコーヒーはコンビニ。スターバックスのカフェフラペチーノって下手すりゃ俺の昼飯2食分。
服はユニクロ。縫製も生地も申し分ない。何が申し分ないって、それはコストパフォーマンス。
外食はチェーン店のファミレスにしか行かない。個人経営の食堂の味と量と価格。それを考えるとギャンブルとしか思えない。

金がないわけでない。余分なカネを使う気になれない。

築30年。ベランダの雨漏り。修理は無理だから全交換。80万。
トイレ入替。トイレ掃除は俺だから便器が汚れにくくて、流す度に洗剤があわあわするのを選んで15万。車2台のバッテリー交換が重なる。ディーラーだと1台4万2千円。馬鹿にするなよ、通販その他で1台1万7千円で済ます。
キャンプやるけど、BBQなんてやらない。ダッジオーブンなんて重いだけだ。持ち物も程々の機能性があれば十分。オーバースペックは要らない。明かりは太陽光発電のled。何十万もするクラシックランタンとか、理解できない。余分なものはいらない。



余分なものって何だろう。

高校生の時、ビートルズをレコードで集め始めた。当時既にCDが流通しており、新譜はほとんどCDで出ていた。勿論僕もCDプレイヤーを持っていた。
しかしデビッドボウイがまだCDで出ていない。音質の悪いテープでしか持っていなかったので友人のレコードからダビングしてもらう。ターンテーブルでレコードが回っているときにその友人が言った。
「ビートルズのレコード、真ん中のシールが林檎なんだってよ。で、裏返すと半分に切った林檎」
レコードで集めることに決めた。
巣鴨にある高校から松戸の家まで、沿線に新品のレコードがある店がない。西日暮里で乗り換えだが、通り過ぎて秋葉原の石丸電気に行く事にする。

最初の一枚、何を買うか迷う。ビートルズ、それまで友人からもらったベスト盤をダビングしたテープしか持っていなかった。
(たぶん、『ザ・ビートルズ/1962~1966』赤盤)
既に解散や活動停止しているバンドやミュージシャンを聞き始める時、デビューアルバムから順を追うのが僕のセオリー。でも初期のビートルズは既にテープで聴いている。少し考えてキャリアの真ん中辺りのアルバムを買い、次に買うのは前に一枚遡る。その次は後ろに。
結果、最初の一枚は中期、ジャケットが猛烈に地味な「ラバーソウル」となった。そのラバーソウルを手に持ち、石丸電気の売り場で立ちすくむ。あまりに地味だから。
大学生ぐらいのお姉さんが通りがかりに言う。
「それ、本当にいいから。本当にいいよ」
家に帰る千代田線、「ラバーソウル」を胸に抱える。レコードはバッグに入らない。両手で抱える。

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自分の部屋でオーディオのターンテーブルに載せ針を落とす。
音も、地味。
それまで聴いていた初期の衝動的な爆発力と疾走感はなく、かといって執拗に練られたものでもない。どうしたものだろう。当時の価格¥2800。はずれを引いたとしたらあまりにも厳しい。しょうがないから親父のハイライトを1本くすね、学ランを脱いで部屋からベランダに出て吸う。
僕の家は公団住宅の4階。眺望には事欠かない。部屋から聴こえるラバーソウル。
 
秋の夕陽が辺りを全て茜色に染めはじめた。公園ではしゃぐ子ども達の声。カラスが鳴いている。誰かのクラクションが遠くで聞こえる。焚火の香りが漂う。
ジョンの声とポールのベース、ジョージのギターとリンゴのドラミングが夕焼けと一緒に僕の中に入ってきた。僕は茜色の中に連れていかれた。

ビートルズのラバーソウル。生涯で一番たくさん聞いたアルバムになった。

CDだろうとレコードだろうと、ビートルズは聴くことができる。音質の違いを言う方はいるけど、僕にはよくわからない。
でもレコードの真ん中にある林檎のマークがくるくる廻るのを見ていると彼らが活動していた頃に潜り込むような気がする。
余分なものってこういう事なのかもしれない。

マリナ油森さんを通じて、増田ダイスケさんの「サテツマガジンvol4」への寄稿、お声がけを頂きました。
どなたが寄稿するのかまるで分からない。
でも、林檎のマークがくるくる廻っているような気がしました。
マリナさんからお話を頂いたのが今年の2月。4月末締め切り。7~8月に発行。
なのに僕が出したテキスト題名「11月の空」。
入稿までに季節感だけでも直そうかなと思っていたら、僕にとって幸運なことに11月発刊。
「11月の空」。
1,500字。
今まで書いた中で一番文字数が少ない。
今まで書いた中で一番ふんわりした。
今まで書いた中でいちばん優しい気持ちで書けたかもしれない。

編集のマスダさんと結構やり取りをさせて頂いた。本を何冊か薦めて頂いた。即買いする。
マスダさんが僕の中の林檎をくるくる廻し始めた。
この「サテツマガジン」。結構なお値段する。
少し前の僕なら「余分なもの」だったはずだ。
余分なものって大抵素敵だよね。




最終稿のpdfが配られ、寄稿している方の名前が分かる。
マリナ油森さんは紹介して頂いたから予想はしていた。
おお、ちゃこさんおるやん!
おお!!逆佐亭裕らく師匠!

最近文庫本を地元の本屋で2冊、雑誌を1冊買う。地元の若者3人が始めた書店兼カフェでコーヒーを飲み、サマセットモームの中古本を。近くの個人経営の和菓子屋で豆大福とどら焼きを家族の分、包んでもらう。

僕の中でくるくる廻り始めた林檎。
しばらくはそのままにしておくつもりだ。



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