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さよなら炒飯!二十一皿目

「これ、どうかな」
僕が提案する。話をしているのは三十代から四十代男性。その前にも同じ案件と思われる似たような話がいくつか流れて来た。
 
「お前覚えてる? あの女」
「あの女でわかるやついるのかよ」
「お前の大学でも有名だったって前言ってた、むちゃくちゃ上昇志向の高いカウンセラー気取りの女」
「いたな、そんな奴。あちこちの大学に顔出して、いたるところにサークル作ってたな」
「そうそう、結構美人だったけど付き合いたくはないよな」
「付き合うとなんか取り込まれそうじゃん。で、そいつが何だって?」
「今さ、すげぇ伸びてるカウンセリングとかいろいろやってる会社あるだろ、ネットとかの広告もバンバン出してるやつ。CMもやってる。そこの社長だよ」
「まじかよ。あの微妙に胡散臭い会社かよ。宗教っぽいじゃん」
「儲かればいいんだよ。たださ、こういう会社って実務ができる奴が隣にいないとだめなんだよね。これ、そのうちやられるよ、まあ間違いないね」
「お前、ほんと嬉しそうだな。まあ、お気持ちで経営されてそうだから組織的な基盤は弱そうだな」
 
その会社は一人のカウンセラーから始まった。商才があったのだろう。すぐに法人化された。その後業績は右肩上がり。会社は大きくなる。さらにベビーシッターや保育士派遣業も行うようになった。カウンセリングを通じて生活の壁の一つが子育てと考えた。外郭団体として社会福祉法人も運営し、保育園事業も行う。
さらに社会人のキャリアアップのためのコンサルティングも始めた。メンタルヘルス事業として他法人にも食い込み、社員のカウンセリングやクリニックの紹介も行う。人権を擁護するNPO法人も立ち上げ、脚光を浴びている。
キャッチフレーズは「やさしさをあなたへ」「自分らしく生きる人達への心のライフスタイルサポート」。ユーザーに寄り添う複合的なサービスということで注目され、株価は上昇している。嶋津が言う。
「それにしても金を払えば買えるやさしさってありなのか」
「双方納得してればいいんじゃないか」
「やさしさって商品なのか?」
「双方納得してればいいんだよ」
「社会人へのキャリアアップコンサルティングって、何やるんさ」
「新卒で入った会社が何か違うと感じた二十代とか三十代がカウンセリング受けるらしい」
「なんだそりゃ。ちなみにお幾らなのよ」
「三十万」
嶋津は激しくプーアール茶を噴いた。カッシーナの椅子に垂れないか気になる。
「三十万払って転職先を斡旋してくれるのか」
「やらない。例えば、自分のやりたいことと、今できる事が違う。どうしたらいいかわからない。そんな相談に乗るんだよ。相談者のこれからのキャリアプランとか自分にとって大切なものとか」
「おいおい、自分のやりたい事と出来る事が違うって当たり前だろ。やりたい事に照準合わせて努力してしがみつくとか、妥協して仕事は仕事って考えるんじゃないのか?おまけに自分にとって大切なもの、わからないやつはよくいるよ、それが普通でそれを自分で探すんだろ。それ他人に相談しちゃうのかよ。私の大切なものって何ですかって。自分で決めろよ。で、人生相談されるカウンセラーってそれなりの臨床心理士とか?」
「いや、そんなの持っていない二十代とか三十代の社員」
「まじかよ、そんなのが他人の人生にアドバイスとかしちゃうのかよ、相当やばいな。そんな奴らに自分を委ねちゃうのかよ。朔ちゃん、俺ここに来るまでふらふらしてただろ。マジでやばい奴らって判断とか決定をいつの間にか人から奪うんだよ。朔ちゃんとバッテリー組んでただろ、一球ごとにすげえ焦りながらむちゃくちゃ考えて判断してたんだ。だから簡単に自分差し出す奴ら、信じられないんだよ」
それだけ言うと嶋津はため息をついて椅子にもたれた。
「で、相談するのってどんなやつらなんだ?」
「ネットで探ると高学歴、かなりいい会社にいる」
湯呑をもてあそびながら嶋津が言う。
「あれだわ、そいつら失敗したくないんだよ。今まで順調だったからな。学校も会社も他人軸で選んでたな、そいつら。他人の評価基準で生きてるんだよ」
様々な波を自分で作り、それに翻弄された嶋津が言うとすさまじい説得力がある。
「朔ちゃん払うか?三十万。例えばだ、その三十万円分で映画みたり小説読んだりしたら凄いことになるんじゃないのか?映画と小説、図書館とネット駆使して一本五百円としてだ。六百本だぞ?フィクションとは言え、他人の人生六百回だぜ?それ短期間で頭に叩きこまれたらエライことになるな、どっちに転んでもおもしろいことになる」
「そういうのが出来ないやつもいるってことだよ。手っ取り早く誰かにお手て引っ張って欲しいんだよ」
嶋津が腑に落ちない顔で言う。
「で、話は何だったんだ」
「社会福祉法人は国やら自治体からの補助金をベースに経営する。監査はそれなりに厳しいが、まともな頭を持っている奴ならそれなりに運営できる。うまくやればじゃぶじゃぶ金がまわる。ここは親会社が人材派遣とか紹介もやっているだろ。親会社から保育士を社福に派遣する。社福から親会社に派遣料が行く。それだけでおいしくグルグル回る。ただ、補助金は目的外の用途に使えない。でも社会福祉法人への補助金が保育士派遣以外に親会社に流れているらしい」
「それはまずいのか?」
「社会福祉法に違反だ。社会福祉法人としては一番気を付けるところらしい」
嶋津はいつもより声に熱がこもる。
「それって監査が入れば一発だろ」
「今は何とかしのいでるけど若い会社だから脇が甘い。そのうちアウトだ。だからその前に空売り」
しばらく考えて僕は言った。
「嶋津、今まで噂話が金になった件、思い出してみろ」
「何それ」
「どんな奴がここで喋ってた?」
「今回は男同士だな、前のおもちゃ屋は確か男か。その前の製紙、これも男同士か?」
「そうなんだよ。今まで噂話って女がすると思っていたけど、男なんだ。人の成功を妬んじゃうし、墜ちていくのも望んじゃう」
「女と少し違うのかな」
「ざっくりと男女に分けれないし、一概には言えない。でも違う。どっちかというと男は社会的に落ちぶれる事に興味があって、女は、なんて言うのかな、もう少し半径が狭まって、身の回りっていうのか」
嶋津は少し考えて言う。
「何にしても、人を羨む男どもで俺たちは生計を立てている訳だ」
人をうらやむ男ども。僕らはどうなのか。
 
嶋津が内部に入る。その会社もネットワークの面倒を見てくれる人が足りなかった。今までは新卒二年目の無口で優し気な男の子が一人でやっていたらしく、嶋津は歓迎された。彼にはわずかな金額でも決裁権がなかった。アクセスポイントやハブの購入など、小さな備品まで代表にお伺いが必要だ。 僕は聞いた。
「その代表、どうなんだよ」
「三十代後半の女性」
「知ってる」
「まあ、何と言うか、ものすごく魅力的だ」
嶋津はアイドルを眺める眼で言う。
「それは仕事で、という事?」
「全部だ、全部。容姿とかも含めてなんだけど、そういう事ではなくて、いや美人だな。清潔感はあるし。まあ、容姿もいいけどな。話を聞いていると取り込まれる」
「お前、何言ってるかわかんないぞ、話が上手いのはこの間のおもちゃ屋二代目バカ息子も同じだろ」
「あのバカとは違う。中身が詰まっている。いいこと言うんだよ。マジで。自分が変われると勘違いする。頭に残るんだ。人生一段引き上げられた気がする」
嶋津が変だ。いつもの突き進むエネルギーのようなものが雲散霧消している。少し強引だけどペースを変えた方がいいのかもしれない。まるで僕がキャッチャーだ。
「お前もそのままどっかに引き上げられてどっかに行っちまえばいいんじゃないか」
「朔ちゃん厳しいな。毎日朝礼やるんだ。『社会に貢献、社会に協調、皆のやさしさに未来を!』とかな。みんなで唱和するんだ。これが結構気持ちいい。宗教ってあんな感じかな」
「嶋津をそこまでさせちゃうのって相当だな。代表のカリスマ性ってやつか。それもいいけどさ、具体的なマイナスの材料なんかないのかよ」
「ネットワーク周りとサーバーの管理アカウント貰ったから少し待て」






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