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【番外編13】山下洋輔さんはソロ中何を考えていたか? Jazz Sax:アドリブ練習の目的別構造化

 70年代にピアニストの山下洋輔さんが率いて日本およびヨーロッパを席巻した「山下洋輔トリオ」1974年のライブ映像がYou Tubeにアップロードされていた。いわゆる「ドシャメシャフリー」だが、今聴いても音の密度および疾走感が凄い。このYou Tubeチャネル、オーネットコールマンやらセシルテイラーあたりのフリージャズレジェンドたちの同じ時期のライブ映像もいくつかあるのだが、比べてみても全く見劣りしない、というか、血気盛んなドイツあたりの観客はこちらの方がウケそうだ。

 さて、このNoteでもいくつかサルベージしているが、以前書いていた「私はソロの時に何を考えているか」というシリーズで、山下洋輔さんの自らのエッセイ(恐らく、この映像が収録された1974年の欧州ツアーの紀行文の一部)に、演奏の時にどんなことを考えているか、が記述されているのを見つけ、それを紹介していた。引用している文章を改めてこの映像と合わせて読んでみると実に面白いのでぜひお試しを。しかし、この演奏からすでに半世紀経っているんだなあ。

 以下、当時書いた文章をそのままコピペします。 

ソロナニ特別編:山下洋輔氏の著作から

 今回私がやっているのは「私(八木)が」ソロをやっているときに考えていることを文章化してみようという試みだが、山下洋輔さんの名著「ピアニストを笑え」に山下さんが彼のトリオで即興演奏をやっているときの様子を自ら表現した文章があるのを発見した。当時の山下トリオというのはコード進行とかリズムとかの決まり事がない所謂「フリー」なので私が普段やっている音楽とは違うし、文章化するにあたって相当エンターテイメントを意識しているので有る程度の脚色もあるだろうが、即興演奏をやっているときに大体どんなことを意識しているのかというのが分かると思うので、相当長くなるが無断で引用してみる(著作権が云々という言葉も浮かぶが、私のページを見ているのは基本的に私的友人だけで、内輪でおもしろがっているだけだろうという勝手な想定の下で引用させて頂く)。

 フリージャズだからというのもあるんだけど、あまり細かいフレーズには触れていない。実際には演奏中は凄い勢いでいろんなフレーズやらコードやらを弾いているはずなんだけど、それはある程度自動化されて、フレーズの固まりとかコード群の固まりとかでいかにレスポンスするかを考えているように読みとれる。実際に「自動的に鍵盤を動き回るのにまかせる」という表現もあるし。ついでだが、「風邪」だとか「観客」だとかを相当意識しながら演奏してるんだなあというのがよく分かる。他にもいろんな解釈があると思うが、できれば今後の「ソロナニ」シリーズに反映させたいモノだ。

 ちなみに、この文章は山下洋輔(p)、坂田明(as)、森山威男(ds)が70年代前半に2度目の欧州ツアーを行ったときの初日のルクセンブルグ(ドイツ)のライブハウスでの模様を書いたものであり、山下さんは前日から風邪をひいて体調が万全ではないという状況である。

 それにしても、改めて読んでみると素晴らしい文章だなあ。「ピアニストを笑え」もつい全部読み返してしまったのだが、面白すぎます。

 森山が、「いくよ、せいのお」といってスティックを振り降ろした。「ミトコンドリア」を始める。風邪特有の筋肉痛で、鍵盤に当る指先がピリピリ痛む。普段より早めに強く叩き、指先の打撲痛と筋肉痛を一緒にしてわからなくしてしまう。坂田がいれこんで、すぐにも飛ばそうとする。森山はおさえている。おれは森山についた。もう少し待ってもいい。しばらく楽器から離れていたのだ。

 スピード感のずれが気になった。森山を振り向いて、両手の動きをよく見る。気づいた森山は大きく両手を動かして、本日のスピード相場を明示してくれた。ついでに既知パターンを打ちこんでくる。左右左右左左右左左左右。それでわかった。おれの意識スピードが相場よりかなり速いのだ。体力に不安のある時によく起きる現象だ。意識スピードを倍に遅らせ、両手の指先が自動的に鍵盤を動き回るのにまかせる。右手がシンバルに、左手がバスドラムにうまく反応し始めた。坂田の音程パターンを高音でフォローする。坂田はもう飛び上がろうとしている。坂田キックが始まった。おれも森山もスピードに乗っている。行っても大丈夫だ。少し早めだが、いっきょに勝負して楽になりたい気もある。森山がトムトムを二回打ってさそって来た。一気に全力疾走に移る。汗をかき始めた。この汗で風邪は全快だと思いこむ。坂田が最高音に駆け登り、駈け降りてきてソロを終わった。激しい拍手が長く続いた。客席を見る。壁際の椅子に座り、長髪を振り乱してキチガイのように全身を震わせている男が見えた。

 「新宿もルクセンブルグもしかめやも、ジャズに変りはあるじゃなし」と詠み、どんどん弾いた。

「ピアニストを笑え(山下洋輔著、新潮社文庫)」P28-29より引用


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