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誰も悪くないはずなのに…(ああ文化の違い)

不幸街道を高笑いしながら暴走する友人の話

以前に暮らしたロンドンやダブリンには、苦楽を共にした戦友みたいな友人が何人かいる。

日本だとのほほんと、何も考えずに(?)暮らしていけるけど、外国ではそうはいかない。やれ家が売りに出されるから来週部屋から出て行ってくれだの、やれ聞いたこともない病気かかっただの、とにかくトラブルが多い。こういう時、同じ外国人同士、あるいは時に地元の友人とトラブルに巻き込まれることが多々あるので、ともに右往左往しながら時に共同戦線を張りつつ、立ち向かっていくのである。


そんな中でもろくにダブリンでもロンドンでも仲良くしていて、同じ家にも一時期同居していたポーランド人の女の子がいる。

彼女は背が高く、言っては悪いが、第一印象がブラキオサウルスであった。ご存じですか、ブラキオサウルス。首が長い、背の高い恐竜です。

その子の笑い声がまたすごい。細長いくせに腹の底から出てくるようなディープな笑い声をしている。しかもしょっちゅうくだらないミーム(インターネットで出回り”あるある”みたいなネタ)を探し出しては一人で笑っているので、一見すれば人生楽しそうである。

だがしかし、彼女もまた訳ありでロンドンに来た星屑のうちの一人。ロンドンには本当に訳ありが多い。私のようにただ来てみただけの人間も多いが、日本にいただけではありえない頻度で訳ありに出会う。

彼女の場合、諸事情で実の母親ともう会えなくなってしまった。父親や姉妹とも疎遠で、かなり孤独な身の上である。

そんな中、彼女の伯母さんが亡くなった時の話なんかすごかった。母方の伯母が借金を残したまま天涯孤独でなくなったので、巡り巡って姪の彼女に借金相続の話が下りてきた。ポーランドでは日本と同じように、故人が借金を残して亡くなった場合、他の財産と一緒に相続するかしないか、意思表明をしなければならない。それは血統の近い順に順番が回ってくるのだ。

つまり、自分より遺産相続の優先順位が高い人間が「遺産を相続しない」と宣言した場合、自分の順序が回ってくるので期限以内に急いで国に帰り、solicitor(事務処理を主に行う弁護士)に駆け込んで自分も「遺産相続しません!」と宣言しなければならないのだ。

彼女の場合、姪に当たるので優先順位はそこまで高くないのだが、この時、音信不通の母親と連絡を取ることができないので親族の間でかなり揉め、予想より早く彼女にデスゲームの順番が回ってきた。

彼女の伯母が亡くなった時はヨーロッパがコロナによりロックダウン中で外に出るのもままならない状態であった。それにもかかわらず、弁護士は「ロンドンにいようと関係ない。ポーランドに帰ってこい、さもないとお前が遺産相続するはめになるぞ」という高圧的な姿勢で彼女を脅してきた。彼女はエッセンシャルワーカーであり、クリニックで働くナースだったので、比較的移動に自由が効いたそう。お陰でロックダウンで国中が騒いでいる間、なんとかポーランドにまで戻り、死に物狂いで車を走らせ、期日最終日の弁護士事務所閉館数分前に事務所に駆け込んで借金相続を放棄した。

もう既にこの時点でフラグが立っている気がする。


やれやれ、やっとロンドンに戻ってきて日常の生活に戻れる…と彼女が思った矢先、今度はもう一人の伯母が亡くなった。そして彼女もまた借金を残して身寄りもいないまま亡くなるという状態だったので、わが哀れな友人はまたもポーランドに帰りデスゲームを再開して無事借金相続を放棄したのであった。

彼女はほかにも多くの不幸に見舞われているのだが、本人は相変わらずガハハハと大声で笑うロンドンのブラキオサウルスのままなので、その様子から彼女の不運なバックグラウンドはいまだ想像に難い。
 

突然のいわれなき非難


さて、前振りが長くなってしまったが、そんな波乱万丈な人生を送る彼女から聞いた、些細ではあるが重要な「あーあ、また文化の違いによる犠牲者が一人…」と独りごちたくなった事例を1つ紹介したい。

それは彼女のスマホに、ポーランドの友人から写真が送られてきたことに始まった。
その写真には、屋内のパーティーに、ポーランド人に混ざって、2人の韓国人の女の子が椅子に座っていた。そしてその友人は彼女にこう言った。

「どういうつもりなのかしら、失礼じゃない?」

明らかに写真に写る東洋人の女の子たちのことを非難している。

写真の様子をよく見てみる。屋内で、他の人たちがおしゃれ着を着ているところ、2人はダウンコートを羽織ったままだ。なんだか、ポーランド人の女性と韓国人の女性とでは、肩幅がそもそも違うなってちょっと思った。

私の友人がその写真を見せて一言

「これ、何が悪いかわかる?」

答えは、屋内なのにコートを着ていることだ。ポーランドでは、屋内でコートを着ていることは恥ずべきことらしい。なぜなら、「コートを着ている=すぐに外に出る準備をしている」という意味にとられ、「その場にいることを楽しんでいないという気持ちを表す動作」なのだそうだ。

同じ東アジア人の私から言わせれば、ポーランドというただでさえ寒そうなイメージのある国で、細身の韓国人の女の子たちがガタイのよいポーランド女性の耐寒性に勝てるわけもなく、寒さに耐えかねてコートを羽織ったことは想像に難くないのだが、地元民にしてみれば「なんと失礼な!」という怒りの対象になってしまったというのだ。

ロンドンに暮らすこの友人にポーランドの文化的背景がある者としてどう思うか尋ねると、

「まあ、私はアジア人とも仕事しているから、彼女たちは寒いからコートを着ているんだろうなって想像がつくけど、地元の人だったら無理でしょうね。だって、これって地元では本当に失礼な行為だもん、気持ちわかるわ」

というお返事。

ここで思い出したのが「ポーランド女はタフで頑丈」という、ヨーロッパで広く知れ渡っている社会的通念だった。以前イギリスの田舎に住んでいた時、地元の人たちが移住してきたポーランド人によく「ねぇ、ポーランドの女性ってタフよねぇ、なんで?」って聞いていたのだ。聞かれたポーランド人の女性は、いやな気がしないのか「そう、昔っから丈夫なの!私のおばあさんも亡くなるまでずっと元気だった!」と、誇っていた。
 
細身で少し体力のなさそうなイメージのある韓国人の女子と、頑丈と評判のポーランド人の女子とでは耐寒性に違いがあって当たり前の気がするし、屋内でコートを着てしまうくらいやむなしという気もする。
だがしかし、地元の人が忌避する行為を私たちもうっかり知らずに海外で行ってしまい、地元の人たちに反感を買っていそうで怖いものだ。

嗚呼、文化の違い…。

こう考えると、日本の古い団地で土日に大声でバーベキューしているフィリピン人なんて、ただ親族の親睦を深めているだけであるわけだから、かわいいものかもしれない。周りの住民に悪意はないのだ。そういう文化なのだと。

ただし、ごみはちゃんと持ち帰ろうね。
 

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