思いつきで出版してしまいました
次の作品を出すために、担当さんからは二つの課題を出された。一つ目は長編ミステリーのプロットを書くこと。もう一つは、書く力を上げるために、短編を書くことだ。短編については、面白いものが書ければ文芸部で毎月出している文芸誌に掲載されるかもしれない、とのことだった。
自分は素直に頑張った。2か月かけて長編ミステリーのプロットを書き上げて送り、それから短編小説を2か月かけて書いた。プロットは修正の指示をもらったので修正し、最終的に「これで書いてもらいたい」という返事をもらった。そして「書く前に打ち合わせをして、本にする際のイメージを共有したい」と言われ、ついに次作が出せるのだと、感慨深い思いで打ち合わせに向かった。2014年の7月中旬のことだった。
だが、実際に打ち合わせで言われたのは、事前に聞いていたのとは大分違うことだった。担当さんは「このプロットは面白いが、構成が複雑なので、いきなり書いてもらうのは怖い」と言った。「ミステリーを面白く、読みやすく書くには力が必要で、今の矢樹さんにその力が備わっているのかが分からない。書いてしまってからボツになるのだけは避けたいから、まずは短編を書く練習をしませんか」というのが担当さんの提案だった。
今後一年かけて、きちんと締切を決めて、月に一本ずつ短編を書く。担当さんに赤入れをしてもらって、下手なところは直していく。出来の良い短編なら文芸誌に載せてもいい。短編が十本書けたら、その中から面白いものを選んで短編集として出す。長編に取り掛かるのは、そのあとにする――。
修正を重ねたプロットを書くことができないのは残念だったが、何本ものヒット作を出している担当さんがそう言うのだから、それは今の自分にとって、必要なことなのだろうだと思った。当時は『あいの結婚相談所』の連載と新連載の準備で、そこそこ忙しい時期ではあったが、月に一本の短編を書くことに挑戦すると決めた。
2013年の8月から、月末を締切に、毎月一本の短編ミステリーを書き上げて担当さんに送った。担当さんは忙しいので、毎回赤入れをしてもらえるわけではなかったが、12月の打ち合わせでは「本にするための方向性が見えてきたので、来年発売を視野に入れて頑張って欲しい」と言われた。舞い上がった自分は、さらに面白い、良い作品を書くように努力した。そして2015年5月28日に、ついに約束の十本目の短編を書き上げて送った。漫画原作の仕事と並行して書くのは苦しかったが、毎月きちんと書き続けたおかげで、自分でも面白いものを書く力がついたという、確かな手ごたえがあった。
6月に入り、担当さんと打ち合わせをした。登場人物の関係や設定が被る作品がいくつかあり、短編集としてのバランスを考えると、もう一話、全く違うテイストの話が欲しい、とのことだった。年内に会議に出せるように頑張りましょう、と言われ、どうにか7月の初めに、新しい短編を書き上げて送った。
やるべきことをやり終えて、ぼんやりネットサーフィンをしていた時に、漫画家の鈴木みそ先生のブログを読んだ。鈴木みそ先生は、自作をKDP(Kindle ダイレクト・パブリッシング=AmazonのKindleで無料で個人出版ができるサービス)で出版しておられ、その手順などもブログに詳しく書かれていた。
その時に初めて、『がらくた少女と人喰い煙突』を個人出版できないか、という考えが浮かんだ。
今思えば、あの時の自分は「一生懸命書いても担当さんにしか読んでもらえない」という状況が続き、かなりフラストレーションが溜まっていたのだと思う。担当さんの返事を待つ間に、『がらくた少女と人喰い煙突』の修正に着手した。一年近く毎月短編を書く修業を重ねたあとに読むと、読みにくい部分や稚拙な表現がいくつも見つかった。一か月半かけて修正を終え、2015年8月30日、KDP版の『がらくた少女と人喰い煙突』が発売された。
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