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短編ミステリーの作り方(矢樹の場合)

前回に続き、『夫の骨』に収録された短編ミステリーが、どのように作られたかを書いていきたい。

実は、短編のミステリーを書いたのは、これが初めてのことだった。
編集さんに一か月に一本の短編ミステリーを書くように言われるまで、短編小説はホラーしか書いたことがなかった。
自分は初めて書いた小説が長編ミステリーで、その後に書きたいと思ったお話も長編サイズのものばかりだったので、短編ミステリーを書く機会がなかったのだ。

自分が生まれて初めて書いた短編ミステリーは、『夫の骨』に収録されている「ひずんだ鏡」だ(最初は「デブと貧乏」というあんまりなタイトルにしていて、編集さんに直した方がいいと言われた)

書き始める前に、まず、どう書こうか悩んだ。
これまで読んだ好きなタイプの短編ミステリーは、大体一編に一つのトリックで、最後に「そうだったのか!」と驚かされるものが多かった。初めて書くのなら、好きな作品を見習うのがいいだろう。なので、まずはどんなトリックにするか、というところから考えることにした。

トリックが一つで済むのは楽で、わりとすぐ「こういうネタで書こう」というのは決まった。
あとは書くだけなのだが、ここで「トリック以外に何を書いたらいいのか」という基本的なことで迷い、手が止まった。

好きな作家さんの短編ミステリーを改めて読み返してみると、最初に主人公に問題が起きて、それに主人公が対処するうちに新たな謎が生まれたり、問題が複雑化する。そのドラマとサスペンスで最後まで楽しませるというのが、王道のやり方のようだ。
こういうプロットなら、自分はかなり作り慣れている。

短編のミステリーは書いたことがなかったが、自分は漫画原作では、一話読み切りの話ばかりを書いてきた。
新人の頃は、まずは読み切りを載せてもらうことを目標に、一話完結の話を何本も書いた。
その後、初めての連載を持ったのが増刊誌で、3か月に一回しか出ない雑誌だったので、一話だけ読んでも楽しめる話を求められた。次の連載先も隔月で発行される増刊で、もう一つは月刊誌でのオムニバスホラーの連載だったため、むしろ続きものの話を書かせてもらえたことがほぼなかった。
三十代半ばになってから小説を書き始めたのには、もっと長い話が書きたい、という動機もあったのだ。

主人公のキャラクターを決めて、主人公に起きるトラブルやドラマを考える。この辺りは慣れているので、プロットを作るのも、いつもどおりという感覚だった。
しかし、そこから「小説を書く」という段階に入ると、漫画原作のシナリオや長編を書くのとは、まったく違った景色が見えた。
主人公の心情を描きながら、自分でも戸惑うようなレベルで、主人公と同化してしまったのだ。

それまで書いた小説の主人公や主要人物は、漫画と同じように「キャラを立てる」ということを意識してやっていた。なので『がらくた少女と人喰い煙突』(河出文庫)で登場した「他人の生活を覗きたい」とか「とにかくものを集めたい」というキャラクターの軸となる部分は、自分の中から生まれたものであるが、キャラクターそのものは、自分とは完全な別人だった。

だが、短編小説を書く時はそこまでおかしなキャラクターは設定しないので、主人公は自分と同じ、どこにでもいる普通の人間となる。
そして短編では、長編を書く時よりも濃密に、主人公の心の動きや思考、行動を描写することになる。自分の場合、小説の描写は主に自分の経験の記憶から取り出して書いていくので、どうしても主人公に自分が重なりすぎてしまうのだ。

小説を書きながら、ここまで主人公と同じように悲しんだり、腹が立ったりと、強く感情を動かされるのは初めての経験で、一作を書き上げるのに、頭ではなく心がとても疲れた。
これを毎月やるのは相当大変だと感じたが、「今までにないことをやれている」という手ごたえもあった。

最初に書いたのがコンプレックスを抱えた姉妹の話、次に書いたのは女子中学生と少し変わった友達の話(この時点ではテーマを絞っていなかった)だったが、3作目の、表題作となった「夫の骨」は、タイトルの通り夫婦の話だった。
この作品の主人公を描くために、自分はそれまで深く考えないようにしてやり過ごしてきた、「家族と分かり合えない」という苦しみと、向き合うことになってしまった。


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