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オークション理論とビジネスへの実践

一橋ビジネスレビュー 2013 Summer』(61巻1号)の特集「市場と組織をデザインする ビジネス・エコノミクスの最前線」に寄稿した
マーケットデザインの理論とビジネスへの実践
という拙稿から、オークションの理論と実践に関連する第2章「オークション設計」を以下に転載します。

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2. オークション設計

 インターネット・オークションから築地の卸売市場、競売物件や国債の売却、そして米メジャーリーグのポスティング制度に至るまで、私たちの身の回りでは多種多様な商品が、オークションにより日々取引されている。インターネットの検索サービスも、収益の大部分をオークションを通じた有料広告枠(検索連動型広告)の販売で生み出している。さらに、経済協力開発機構(OECD)諸国の大半では、携帯電話などのビジネスに用いる電波の利用免許をオークションによって販売している。こうしたオークション利用の拡大に一役買っているのがオークション設計の研究成果だ。 

2.1. セカンドプライス・オークションの理論

 オークションは、買い手が競り合いを通じて互いの入札額を見ながら入札する「公開入札」と、入札額を紙に書いて相手に見えないように提出する「封印入札」に大きく分かれる。約半世紀前、経済学者のウィリアム・ビックリー氏は一風変わった封印入札を考案した(Vickrey, 1961)。最も高い金額を書いた者を勝者とする際に、勝者自身の入札額ではなく「全体で2番目に高い入札額を支払わせる」というルールだ。「セカンドプライス・オークション」と呼ばれるこのユニークな仕組みは、現実にはほとんど使われてこなかった。しかし近年になって、様々なオークション市場でそのアイデアが積極的に採り入れられ始めている。以下では、このセカンドプライス・オークションの理論と、それを活用したビジネスにおける様々な実践例を見ていきたい。  

 セカンドプライス・オークションの最大の利点は、何と言っても買い手にとっての戦略的な単純さだ。売られている商品に対して、自分が「ここまでなら支払っても構わない」という金額(評価額)を素直に入札するのが最適な戦略となる。もう少し正確に表現すると、自分の評価額と同じ金額を入札するのが、相手の買い手たちがどんな入札行動をとってきたとしても、常に最適な戦略となるのだ。つまり、セカンドプライス・オークションは、入札者が自分の評価額より高い値を入札しても、低い値を入札しても、絶対に得にならないような仕組みになっている。したがって、他の買い手たちの入札額に対する予想や、自分が勝つ確率などをあれこれ考えて入札額を戦略的に決定する必要がまったくない

 対照的に、勝者が自分の入札額をそのまま支払うという、最も標準的な封印入札である「ファーストプライス・オークション」では、これらの戦略的な要因を考慮しながら買い手は入札額を決定しなければならない。一見すると単純そうに見えるファーストプライス・オークションだが、実際には複雑な戦略を求められる。逆に言えば、自分の入札額を直接支払わないというセカンドプライス・オークションの特徴が、戦略的な複雑さを軽減するための目からウロコのアイデアだった、というわけだ。このセカンドプライス・オークションの性質は非常に重要なので、具体例を通じて少しきちんと分析してみよう。

 いま、あるアイテムが(ひとつだけ)セカンドプライス・オークションで売られていて、あなたともう一人のライバルが買い手として入札に参加しているとする。二人とも、自分自身のアイテムに対する評価額は知っている(この状況を「私的価値」と言う【注1】)ものの、相手の評価額はよく分からない。ここで、あなたの評価額が10万円だったとしよう。このとき、評価額である10万円をそのまま入札する場合と比べて、相手がどんな金額を入札してきても
①10万円より高いどんな入札額を選んでも得することがない
②10万円より低いどんな入札額を選んでも得することがない
ことを示せばよいわけだ。

 ここでは①を証明してみよう。10万円よりも高い自分の入札額をH、相手の入札額をXとおくことにする。相手の入札額は事前には分からないが、状況を整理するために、このXが取りうる値を[図1]のように3通りに場合分けして考えてみる【注2】。

図1

 (i) と (iii) では、10万円(評価額)を入札してもそれよりも高いH万円を入札しても、あなたにとっての結果は全く変わらない。なぜなら、(i) ではどちらの入札行動を選んでも勝者となるのはあなたで、落札の際に相手の入札額Xを支払うことになる。(iii) ではどちらの場合にもあなたは勝つことができないからだ。 2つの入札行動が異なる結果を生むのは (ii) の場合だけである。この (ii) では、素直に10万円を入札すると勝てない一方で、H万円と過大入札すれば落札することができる。しかし、その場合の支払額は相手の入札額であるX万円となる点に注意が必要だ。(ii) のケースというのは、仮定からXが10万円以上なので、相手の入札額、つまり自分が実際に支払う金額が評価額である10万円以上となる。つまり、入札自体に勝利しても、実質的には損をしてしまうのだ。

 まとめると、(i) と (iii) のケースでは2つの入札行動は同じ結果を実現する一方で、(ii) では、評価額を素直に入札する方が過大入札よりも常に望ましい結果をもたらすことが分かった。以上から①の「10万円より高いどんな入札額を選んでも得することがない」ことが示された。これとほぼ同様の議論で②についても証明することができるので、ぜひ各自で確認していただきたい。

 上のフォーマルな証明はやや複雑だったかもしれない。自分の評価額を入札するのが最適な入札戦略となることの直観は、次のようにも説明できるだろう。評価額より高く入札すると勝てる可能性は高まるが、相手の入札額によっては採算がとれない落札額となり、自分のクビを絞めかねない。逆に、評価額より低く入札すると勝てる機会をみすみす逃すリスクが高まる。どちらにしても、評価額を素直に入札する場合よりも得をすることはなく、損をする危険性だけが拡大してしまう。相手の評価額は事前には分からないので、自分の評価額をそのまま入札するのが最適なのである。

 さて、セカンドプライス・オークションの理論を生み出したビックリーはさらに、相手の評価額を不確実にしか知らない買い手がお互いに最適な入札戦略を採り合っている時に、ファーストプライスとセカンドプライス、どちらのオークション方式を使っても平均的な売り上げが全く変わらないことも証明した。両者のルールの表面的な違いだけを見ると、全体で2番目に高い金額を支払うセカンドプライスの方が、最高額を支払うファーストプライスよりも売り上げが減ってしまいそうな気がする。しかし、ファーストプライスでは、買い手は自分の評価額よりも低い金額を戦略的に入札する点に注意しなければならない。

 このように、競争を通じて買い手たちの入札戦略が変わるため、戦略的なインセンティブまできちんと考慮すると、二つの異なるオークション方式の間で売り上げに差が出なくなるのだ。この発見は、ロジャー・マイヤーソン氏をはじめとする後続の研究者たちによって、「収入同値定理」(Revenue Equivalence Theorem)と呼ばれるより一般的な定理に拡張された【注3】。ビックリーはこれら一連の功績により、1996年にノーベル経済学賞を受賞している。

2.2. インターネット・オークション

 ビックリーのアイデアは、様々な現実のオークションに採り入れられている。たとえば、あらかじめ決められた一定の期間に入札を受け付けるインターネット・オークション。入札期間中に商品に付けられている価格は、実は現在入札されている金額の最高額ではない。代わりに、2番目に高い入札額が表示されるようになっている([図2]参照)【注4】。つまり、セカンドプライス型のルールが、入札の仕組みに導入されているのだ。あるアイテムの暫定価格が1000円だったとすると、それはそのアイテムに対して2番目に高い入札を行った買い手の入札金額を表しているにすぎない。最高の入札額は1000円よりも高い金額であることは間違いないが、それは1500円かもしれないし、2000円かもしれない。

図2

 このように、インターネット・オークションでは、最高金額の入札者ではない他の買い手たちに、直接その金額は見えない。期間内にいつでも入札できて、その時点での暫定的な落札額が表示されるようなセカンドプライス・オークションになっているのだ。このルールのもとでは、さきほど示した最適戦略と同様に、それぞれの買い手は自分の評価額をそのまま素直に入札するのが最適となる。さらに、自分の評価額(あるいはその予想)が入札期間を通して変わらなければ、一度その金額を入札するだけで良いのである。価格や暫定的な勝者を確認するために、オークション・サイトに常時アクセスしている必要はない。ビックリーが発見したセカンドプライス型の利点が、インターネット・オークションを、買い手にとってより簡単で、失敗や後悔するリスクを抑え、拘束される時間まで短縮する魅力的なマーケットに変えているのである。

2.3. 検索連動型広告

 セカンドプライス・オークションのビジネスでの興味深い実践例としては、インターネット検索サービスで表示される有料広告も挙げられる。GoogleやYahoo! Japanなどでキーワード検索を行うと、検索結果の画面上部や右側に有料のテキスト広告が表示される。これらの広告への課金は、リンクをクリックして広告主のサイトへ利用者が訪れるたびに、「1クリックあたりいくら」という形で決まっている。検索サービスの利用者はあまり意識していないかもしれないが、これらの有料広告をクリックするたびに、実は広告主から検索サービスへ広告料が支払われているのだ。この掲載方法や広告料が、セカンドプライス・オークションを拡張した新しいオークション方式(「一般化セカンドプライス・オークション」(Generalized Second-Price Auction)と呼ばれる)によって、現在では自動的に決定されている。

 1998年に最初の検索連動型のテキスト広告サービスを開始したGoTo.com (後にOvertureと改名)が採用したのは、次のようなファーストプライス型の単純なルールだった。各広告主はまずターゲットとする言葉(キーワード)を決め、その言葉が検索された後に現れる広告リンクへ1クリック当たり、自分が実際に支払う広告料を入札する。この時、最低入札額があらかじめ決められており、それより低い金額での入札は認められない。同じ言葉に複数の広告主が入札した場合には、入札額の高い企業の広告ほど上の位置に掲載される。これは、ページの上の方が目立つため価値が高い、すなわち実際にクリックされる可能性が高いと考えられるからだ。このルールは一見すると非常に直感的で、理にかなっているように見える。しかし、いざ導入してみると、自分が支払う金額を直接入札するという特徴が、オークション収益を低下させる次のような問題を生み出すことが明らかになった。

 たとえば、あなたが今(1クリック当たり) 20円で勝者となり、一番上の最も良い位置を落札したとしよう。ここでもし2番目に高い入札額が10円であれば、20円ではなく11円の入札でも勝てたことを意味する。つまり、追加的に支払った9円は無駄になってしまうわけだ。こうした払い過ぎを恐れ、各入札者はできるだけ安い金額で良い位置を落札しようとするだろう【注5】。結果的に、広告価値と比べて低い価格帯で入札額が頻繁に変更されるようになり、これが広告収益を圧迫してしまう。

 この問題を克服するため、現在ではセカンドプライス型に改良されたルールが使われている。支払いルールが、自分が実際に入札した金額ではなく1ランク低い入札額を支払う、という方式に変更されたのだ。1番上に広告が掲載された企業は2番目の企業の入札額を支払い、2番目に載った企業は3番目の企業の入札額を支払う … という具合だ【注6】。この一般化セカンドプライス・オークションへ移行することで、入札行動の安定化や単純化が実現し、利用者および広告収入の拡大につながった【注7】。ちなみに、検索連動型広告は、売り上げの金額ベースでみた世界最大のオークションでもある。現代社会にもはや欠かすことができないインターネットを支えている検索サービス。その最も重要なビジネスにも、最先端のオークション設計の成果が生かされているのである。

2.4. 周波数オークション

 オークション設計の知見は、ビジネスだけではなく、政府が実施する入札でも活用されている。わが国で今後実現の可能性がある大規模なオークションとしては、周波数オークションが挙げられるだろう【注8】。この周波数オークションでも、成功の鍵を握るのはビックリーのアイデアだ。セカンドプライス・オークションを売り手、つまり政府の視点から眺めると、各買い手が自分の支払額をそのまま入札する最適戦略をとる限り、商品は常に最も評価額の高い買い手にわたることになる。つまり、オークションを通じて商品が必ず効率的に配分されるのだ。効率性は、周波数オークションのように政府が国民の共有財産を配分する場合には、特に重視すべき目標である。

 現実の周波数オークションでは、性質の異なる複数の周波数免許が同時に売りに出されるため、商品がひとつしかない状況で行うセカンドプライス・オークションをそのまま用いることはできない【注9】。しかし、売り手があらかじめ免許の組み合わせ(パッケージ)を提示して、そのすべてに対して買い手に評価額を封印入札させることで、商品が複数のケースであってもセカンドプライス・オークションを自然に拡張した優れた仕組みを実施できる。そのためには、買い手の評価額の総和が最大になるように商品を配分し、実際の入札額と各人の支払額が直接結びつかないようにルールを定めればよいのだ。具体的に言うと、各人が「自分が落札することによって自分以外の参加者たちが被る損失分を(迷惑料として)支払う」仕組みになっている。この迷惑料は、勝者の便益とは直接関係がないため、パッケージの評価を戦略的に偽って入札するインセンティブが生じないのである。こうして設計される「VCG (ビックリー・クラーク・グローブス)オークション」【注10】は、商品が複数ある場合でも、複雑なインセンティブの問題を避けつつ、効率性を達成できることが知られている。ただしパッケージ入札自体の煩雑さなどが足かせとなって、理論的には望ましいにもかかわらず、これまで実用化はあまり進んでこなかった。

 代わって現実の周波数オークションで最も多く使用されてきたのは、すべての周波数免許を同時に競り上げ式の公開入札で売る「同時複数ラウンド競り上げ式オークション(SMRA)」【注11】と呼ばれる仕組みだ。SMRAはルールが単純で買い手が直感的に理解しやすい反面、事業者が談合して評価額を下回る入札額で意図的に入札を終わらせるような行為に対して脆弱であるといった問題も抱えている。また、電波の価値が補完的な場合には【注12】、戦略的な不確実性が大きく、理論上も結果が効率的となる保証は無い。近年、こうしたSMRAの持つ課題を克服すべく、英国の周波数オークションなどでは経済学者の提案に基づいてVCGオークションとほぼ同じ仕組みが実際に応用され始めた【注13】。買い手の戦略的な負担を軽減し、社会にとって望ましい効率的な免許の配分を実現するには、VCGオークションの活用が欠かせない。専門的な知見を生かし、学問の発展を踏まえた制度設計を今後もぜひ目指して行くべきだろう【注14】。


章末注

【注1】逆に、他の買い手たちの評価が自分自身の評価にも影響を与えるような場合は、「共通価値」あるいは「相互依存価値」と呼ばれる。参加者が誰も正確な財の価値を知らず、各人がそれぞれ得た情報に従って価値を予想する原油採掘権の入札などは、典型的な共通価値の例である。
【注2】数式で表現すると(i) X < 10 < H、(ii) 10 ≦ X ≦ H、(iii) 10 < H < Xという場合分けになる。
【注3】余談ではあるが、この収入同値定理は、経済理論が明らかにした最も非自明かつ美しい学術成果のひとつに数えられることも多い。Myerson (1981)によって一般的な定理を導出する上で鍵となる重要な成果を導いたマイヤーソン氏は、2007年にノーベル経済学賞を受賞している。
【注4】正確には、2番目の金額に最小の入札単位(たとえば10円)を加えた金額が表示される。
【注5】検索連動型広告のオークションはリアルタイムで開催されているため、自分で検索結果(自社広告の位置)を確認しながら入札額を細かく変更していくことができる。広告主たちが相手を出し抜こうとする結果、ファーストプライス型では変更が頻繁に行われてしまう。
【注6】実際には、入札額がそのまま用いられるのではなく、クオリティ・スコアと呼ばれる広告ごとのクリックのされやすさを反映して、それぞれの広告主の支払い金額は決定されている。
【注7】一般化セカンドプライス・オークションの分析は、Edelman, Ostrovsky and Schwarz (2007)とVarian (2007)によって切り開かれ、現在も日進月歩でその性質の解明が進められている。
【注8】2011年度に民主党政権のもとで「周波数オークションに関する懇談会」が総務省で開催され、オークション導入へ向けて電波法の改正を中心とした準備が積極的に進められた。しかし、その後この動きはいったん止まり、2013年4月現在、電波法の改正法案提出は見送られている。
【注9】複数の免許を同時に入札にかけるのではなく、一つずつセカンドプライス・オークションを使ってバラ売りすることもできる。しかし、この方式を実際に採用したニュージーランド(1990年)では様々な問題が発生した。詳しくはMilgrom (2004)を参照。
【注10】名称は、このアイデアを異なる経済環境で提示したVickrey (1961)、Clarke (1971)、Groves (1973)という三論文の著者の頭文字に由来する。VCGオークションのフォーマルな定義やその直観的な解説については横尾(2006)が優れている。
【注11】Simultaneous Multiple Round Ascending-bid (Auctions)の略。
【注12】個別の免許を単体で落札した場合の評価額の和よりも、それらを束ねたパッケージの評価額の方が大きい場合を指す。VCGオークションやSMRAの分析など、複数財オークションに関する様々な問題や事例などについてはMilgrom (2004)が詳しい。
【注13】実際に使われているのはコア選択(Core-Selecting)オークションと呼ばれるものだ。詳しくはDay and Milgrom (2008)などを参照。
【注14】筆者も研究メンバーとして参画している、東京大学の松島斉教授を代表とする研究・提言組織「オークション・マーケットデザイン・フォーラム」では、周波数オークションの具体的な設計をはじめとして、まさにこうした取り組みを行っている。

引用文献

- Clarke, E. H. (1971). Multipart pricing of public goods. Public choice, 11(1), 17-33.
- Day, R., & Milgrom, P. (2008). Core-selecting package auctions. International Journal of Game Theory, 36(3-4), 393-407.
- Edelman, B., Ostrovsky, M., & Schwarz, M. (2007). Internet advertising and the generalized second-price auction: Selling billions of dollars worth of keywords. American Economic Review, 97(1), 242-259.
- Groves, T. (1973). Incentives in teams. Econometrica, 617-631.
- Milgrom, P. (2004). Putting auction theory to work. Cambridge University Press.
- Myerson, R. B. (1981). Optimal auction design. Mathematics of Operations Research, 6(1), 58-73.
- Varian, H. R. (2007). Position auctions. international Journal of Industrial Organization, 25(6), 1163-1178.
- Vickrey, W. (1961). Counterspeculation, auctions, and competitive sealed tenders. The Journal of Finance, 16(1), 8-37.
- 横尾真. (2006). オークション理論の基礎. 東京電機大学出版局.




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