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書評:行動ゲーム理論入門(2010年)

本稿は『経済セミナー』(2010 年 8・9 月号)に掲載された
・川越敏司『行動ゲーム理論入門』NTT出版,2010 年
への書評記事を転載したものです。

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伝統的な経済学と行動ゲーム理論との接続性を重視(書評『行動ゲーム理論入門』川越敏司 著)

現実の人々は、多くの経済学者が想定するように「合理的」なのだろうか? 首尾一貫した意志決定ができない、あるいは他者との人間関係や文脈、心理状態に応じて行動が左右される、といった泥臭い人間像を、経済学はきちんと捕えることができるのだろうか? こうした疑問に答える経済書が、この数年間で盛んに出版され世間の注目を集めている。書店のビジネス/経済コーナーでしばしば目にする、「行動経済学」というタイトルやキーワードの付いた書籍がそれである。

これらの「行動経済学」書の多くは、心理学的な知見を取り込んだ新たな行動アプローチが、“個人” の意志決定を理解する上でいかに現実的で役に立つかを訴えかける。「理性」や「法則性」よりも「感情」や「アノマリー」(変則事態)の重要性を強調するこうした解説は直感的で分かりやすく、目からウロコの落ちる思いをされた読者も多いだろう。最近では、“集団” の意志決定を分析するゲーム理論にもこのアプローチは徐々に浸透しはじめ、「行動ゲーム理論」と呼ばれる分野を形成しつつある。本書は、日進月歩で研究が進むこの新たな分野=「行動ゲーム理論」の成果を幅広く紹介した本格的な入門書となっている。

しかし、本書に行動アプローチの安易な応用成果を求めると、読者は期待を裏切られるに違いない。なぜなら、本書の最大の特徴は、伝統的な経済学と行動ゲーム理論との関係、特に両者の接続性が重視されている点にあるからである。著者は、行動ゲーム理論分野で対立する 2 つの立場について以下のように述べている。

「行動ゲーム理論の世界では、大雑把に分けて、基本的には経済学の伝統的な立場を維持しつつ、実験で観察された法則性をもとにそれを修正しようとする立場と、心理学者によって発見された数々のアノマリーやパラドックスを重視して、経済学の伝統的な立場をあまり顧慮しない立場がある」

自身の立場が前者であることを明言する著者は、伝統的なゲーム理論の限界だけではなくその有用性にも光を当て、後者の立場に対してはむしろ警鐘すら鳴らしている。「エピローグ」では、分野としての成長が著しい「神経経済学」に焦点を当て、その成果をめぐって近年学界で巻き起こった両者の論争にも踏み込んでおり、大変興味深い。

伝統的なゲーム理論について、極めて丹念かつ慎重な解説が与えられているのも本書の大きな魅力である。定義や概念だけでなく解釈にまで踏み込んだ「混合戦略」、その重要性と比べ類書では解説されることが少ない「コミュニケーション」、2007 年のノーベル賞受賞で脚光を浴びた「メカニズム・デザイン」などを扱った章は、(伝統的な)ゲーム理論の解説書としても十分過ぎるくらい深い内容がカバーされている。これら土台となる理論をきちんと押さえることで、読者は行動ゲーム理論の有用性や必要性をより客観的に把握することができるだろう。

また、行動経済学の全体像を掴む上で有用な、分かりやすいパースペクティブが与えられている点も見逃せない。著者は人間行動を
(1)利己的で合理的
(2)利己的で限定合理的
(3)利他的で合理的
(4)利他的で限定合理的
の「四つのタイプ」に分類している。その上で、行動ゲーム理論で精力的に研究が行われている(2)や(3)と、伝統的なアプローチである(1)との関係が明らかにされているのだ。単なるアノマリーの羅列に飽き足らず、行動ゲーム理論を統一的な視点から理解したい方に、ぜひ本書をお薦めしたい。


補足コメント
本書は2020年1月に第二版が出版されています。書評内で触れたように、
・伝統的な経済学と行動経済学の類似点/相違点が理解できる
・類書でおなじみの個人の意思決定ではなく、集団内における戦略的な意思決定(=ゲーム理論)を扱っている
点が特徴的です。10年ぶりの改訂によって、最新の研究までフォローされました! 専門性もそこまで高くなく、数学や経済学の前提知識が無くても読めます。世界的にも珍しい、貴重なテキストではないかと思います。

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