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【邦画新作】『バジーノイズ』ネタバレあり感想レビュー—主体性のない芸術家は周囲からよってたかって才能を搾り取られるのだ


監督:風間太樹/脚本:谷口恒平、沖野浩孝、風間太樹/原作:むつき潤
配給:ギャガ/上映時間:119分/公開:2024年5月3日
出演:川西拓実、桜田ひより、井之脇海、柳俊太郎、円井わん、奥野瑛太、天野はな、駒井蓮、櫻井海音、馬場園梓、佐津川愛美、テイ龍進

桜田ひよりは、もう普通の役をやらせてもらえないのか。彼女のフィルモグラフィーの中では比較的まともな『交換ウソ日記』ですら、友人宛の交換日記を勝手に代筆するヤバ目のやつだったし。他の役柄も、親友のフリをしたイジメ首謀者とか、快楽殺人鬼とか、そんなんばっかだし。本作『バジーノイズ』も初手からヤバさが全開であった。

見るからに覇気がなく無口な青年・海野清澄(演:川西拓実)は、自分の住んでいるマンションの管理人をして生計を立てている。雑務をこなすだけの単調なルーティンの毎日だが、夜な夜なDTMで曲を自作し演奏しているのが唯一の生きがいだ。しかし騒音の苦情が何度も出ているため、次にやったらクビで部屋も出て行ってもらうと雇用先の管理会社からは釘を刺されている。

そんな折、直上に住む女性・岸本潮(演:桜田ひより)から、下の部屋から聞こえてくる音楽が「寂しくて、あったかい」ので、どんな人が住んでいるのかと尋ねられる。曲を褒められ一瞬舞い上がりそうになる清澄だが、潮は彼氏持ちと知って明らかにトーンダウン。個人情報だから他の住人の情報は教えられないと、むげな態度で断る。さて、ある日の午前3時半、清澄が寝ているとチャイムが鳴らされる。さあここから、桜田ひよりの恐怖劇場の始まりだ

インターホン越しに応答すると、深夜のチャイムの主は潮だった。彼氏にフラれて悲しいから心を落ち着かせるためにいつもの曲を聴かせてほしいと、とんでもないお願いをしてくる潮。何度も言うけど、午前3時半だよ。挨拶を交わす程度の関係でしかない他人にだよ。それでも清澄は、クビ覚悟で演奏を始める。軽やかな曲が流れて世界が一瞬穏やかに・・・と、清澄宅のベランダの窓ガラスがいきなり割れて飛び散る。割れたガラスの向こう側に立っていたのはフライパンを手にした潮だった(自宅のベランダ伝いに降りてきたと思われる)。そして一言「海行こ」

怖いよ。普通に通報案件だよ。数々の違法行為の直後に笑顔で「海行こ」って背筋が凍ったよ。彼氏にフラれるのも当たり前だよ。清澄、よくこんなヤバいやつと早朝の海なんかに行けたな。で、当然クビになり退去させられた清澄は荷物をまとめて出ていくが、お見送りだと着いてくる潮。いや、清澄がこんな目に合っているのは全てオマエのせいだからな。と、清澄が急に道端でうずくまり、「音、鳴らしたい」と辛そうに呟く。あ、こっちもヤバい人か。

ここなら迷惑がかからないだろうと海沿いの整備された公共スペースで演奏を始める清澄。その様子を潮はこっそり撮影し、本人の許可なくSNSに動画をUP。その演奏動画が、まさかの大バズ。なんとやついいちろうにまでリポストされる(絶妙な人選)。承認欲求を満たされた潮は、自分の部屋に住んでいいから演奏動画を撮らせてくれと、清澄とめちゃくちゃな交換条件を取り付ける。隣は誰も住んでいないから音を出しても大丈夫とは言うが、そういう問題ではないだろう。大体、騒音で退去させた人が同じマンションにまた住むの、管理会社からしたらどうなんだ。

潮は幼馴染でレコード会社に勤める速水航太郎(演:井之脇海)を勝手に連れてくるし、バズ動画を見たかつてのバンド仲間・大浜陸(演:柳俊太郎)も清澄の元にやってくる。他人と関わりたくないポーズをとる男の元に、なぜかつきまとってくる女のせいで次から次へと人が寄ってくるのは、最近のアニメ(男性向け)にありがちなパターンでもあるが。

清澄は孤独好きなだけではなく主体性が皆無なので、とにかく周囲に流される。陸と「アジュール」という2人組を結成するのも、航太郎を通したレコード会社からの提案でドラマーの内海岬(演:円井わん)とコラボするのも、全ては他人の意見に流されているだけ。ただ作曲の才能は元からあるので、清澄はすぐに業界から注目される存在へと祭り上げられていく。一方の潮は、清澄がどんどんと遠くにいってしまっているように感じて憂鬱に。

そんな状況下、泊まり込みでの曲作りが終わった清澄が帰宅すると部屋はもぬけの空になっており、潮の置き手紙だけが残されていた。潮、やることがいちいち極端すぎる。潮がいなくなりショックは受けるがそれでも作曲活動は続ける清澄に、航太郎の上司である音楽プロデューサー・沖(演:テイ龍進)が接触してくる。レコード会社の地下にある一室に案内される清澄。最新のDTM機器が常備された狭くて暗い小部屋だ。

地下牢のような小部屋に軟禁された清澄は、新人アイドルのデビュー曲から何から、尋常ではないハイペースで曲を作らされる羽目になる。ほらー、主体性が無いもんだから悪徳プロデューサーにいいように利用されちゃってるじゃん。生気のない虚ろな目でDTMをいじり続ける清澄は、傍から見れば完全に廃人だ。そんな実情を知った陸と航太郎は、行方をくらましていた潮を見つけ出し、3人でレコード会社の地下に突撃する。

小部屋の扉越しに、今のままで本当にいいのかと清澄に尋ねる3人。ここで初めて、清澄の主体性が問われたのである。窓ガラスを破った出会いを引き合いにして、今度は清澄が破る番だと叫ぶ潮。それを聞いて、ついに扉を開ける清澄。3人は清澄を連れ出してレコード会社の外へと走り出す。ところで、扉越しの声が聞こえるってことは、この小部屋は防音じゃないのか。あんまり良い設備でもないな。

この一連を、悪徳プロデューサーの魔の手から清澄を救った感動の名シーンといえば聞こえはいい。でも、改めて清澄の主体性とは何だったかと考えると、潮の存在そのものなんだよね。だから潮がいなくなって以降は抜け殻になり、地下牢のような小部屋に閉じこもったのだ。そして潮が戻ってきたから部屋を出ただけ。結局のところ、潮の中にのみ清澄の主体性があるのである。

潮は「めんどくさい古参ファン」と自認しており、清澄にこだわるのは自分のエゴだとも、はっきりとセリフで認めている。つまり、清澄の主体性を掌握しているのを潮は自覚しているのだ。こんな不健全な関係性のままであれば、これからも潮のエゴのために清澄は利用され続けていくのであろう。悪徳プロデューサーとやってることは大して変わっていない。まあ、それもひとつの幸せの形かもしれないけど、主体性のない芸術家は周囲からよってたかって搾取されるのだなあ。桜田ひよりの恐怖劇場は続いていく

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