見出し画像

小説「オツトメしましょ!」⑪

14 仕置

 由乃たち一行は、午後2時には滞在先となるホテルに着いた。今から午後7時の歓迎レセプションまでは、自由行動となる。渡辺准教授が一人で近畿近代大学(近江、ではなかった)へと挨拶に赴いている間、由乃は一つの計画を実行に移した。問題の二人の学生の部屋に、カメラを仕掛けたのだ。その後も新幹線の車内でさりげなく様子を見ていた由乃は、この二名がクロであると、目星をつけていた。他の3人は、二人の行動に引いている様子が窺えた。それに、やたらと同調を求める様子も見て取れる。何らかの力関係があることは、ほぼ間違いない。

 スマホの位置情報を確認すると、千英はあと30分ほどで到着する予定だ。すでに、同じホテルの別の階に、部屋を取ってある。千英の到着までに、仕事を終わらせるつもりだった。部屋はいわゆるビジネスホテルスタイルの造りで、6人は廊下を挟んで両側に、それぞれ3部屋並んで部屋を取ってあった。

 荷物を置くとすぐ、5人が連れ立ってどこかに出掛けて行った。由乃はその前に、一芝居打って、全員からカードキーを預かっておいた。

 「渡辺先生が戻ってきたら、みんなに資料を配るように言われてるのよ。みんなは出掛けててもいいけど、4時までに戻って来てくれる?」

 当然、不満の声があがる。あの、場違いな格好の女子生徒からだった。

 「じゃあ、戻るのはギリギリでもいいから、カードキーを渡しておいてくれる? 私も用事が終わったら、すぐ出掛けたいのよ。私が出掛ける時には、まとめてフロントにカードを返しておくから。」

 それで決まりだった。これで、なんなくカードキーが手に入り、ホテル側に入室の記録が残っても、不自然ではない理由ができた。

 こうして由乃は、問題の学生二人の部屋のカーテンレールに、カメラを仕掛けた。それらしい資料とともに。同じように、残り3人の部屋にも資料を配って、あっという間に仕事が終わった。

 部屋に戻るとすぐ、千英の車がホテルの駐車場に入って来るのが見えた。普通車ほぼ4台分の駐車位置を必要とする車は、係員の誘導で、一番端の道路側に変更されたようだった。千英には、番組制作会社の人間としてこのホテルに泊まり込んでもらうことになっている。社員証やそれらしい撮影許可の書類などを一通り、美雨に頼んで作ってもらっていた。

 由乃は鼻歌を口ずさみながら、踊るようにして部屋を後にした。

 千英がチェックインを済ませ、部屋のある12階でエレベーターを降りると、ドアの前で隠れていた由乃が後ろから飛びついた。千英もその動きは予想していたようで、まるっきり動じる気配がなかった。

 「無事に着いたね! どうだった?」

 「うん! 快適だったよ! ただ、燃費がものすごく悪い! タンクに穴が開いてるのかと思って、下回り調べちゃったよ!」

 「まあ、それは仕方ないんじゃない? 排気量も車重も、エコではないから。」

 「それにしても、高速使ってリッター3kmくらいだよ? ヤバくない?」

 「こまめに給油するしかないわね。今は?」

 「大丈夫。満タンにしてあるよ。」 

 「さすが! さ、疲れたでしょ? 部屋いこう、部屋!」

 千英のために由乃が選んだ部屋は、スーベニアスイートと名付けられた部屋だった。広さはそれほどでもないが、大きなジャグジーがあるのが決め手となった。

「おぉ! 豪華! 私の部屋と大違い!」

「どうせ、夜はこっちに来るんでしょ?」

「それはそうよ。ね、ジャグジー入らない?」

「今から? 由乃、大丈夫なの? 渡辺先生は?」

「6時まではフリーよ! あ、それとも、どっか出掛ける?」

「んー、ジャグジーかな。」

「決まり!」

 二人でジャグジーに浸かりながら、それぞれ一人の時間の話をした。千英の方は運転しただけなので、燃費の話題以外は特にこれといった話題はなかった。

 「・・・という訳で、同行した5人は添田派の回し者の可能性が高い、と見ているワケ。どう思う?」

 「うーん・・・実際見ているわけじゃないから何とも言えないけど・・・でも、ほんとにそこまでするかな?」

 千英は慎重な姿勢を示した。聖の助言が効いている。以前の千英なら、一も二もなく賛同してきたはずだ。

 「それは、私も思ったの。でも、そういう目で見ると、明らかにおかしいのよ。だって、発掘調査なのに、ワンピにパンプスだよ? カバンも確認したけど、それらしい服装は入ってなかったから、おそらくあのままよ。」

 「こっちで買うつもり、とか?」

 「まあ、可能性としては否定できないわね。それでね、早速で悪いんだけど、5人のこと、調べてもらえる?」

 「オッケー! 任せておいて。」

 「それでね、もしもクロで確定なら・・・。」

 由乃は千英に何やら耳打ちした。それを聞いた千英が、一瞬驚いたような顔をしたが、やがてそれは、悪だくみをする子供の笑顔に変わっていった。

 前回の経験から、浴槽に長く浸かるのは危険だと判断した二人は、千英の身体の張りが取れた頃を見計らって部屋に戻った。バルコニーで風に当たりながら、周囲の景色を楽しんでいると、渡辺准教授がタクシーから降りるのが見えた。

 「残念だけど、そろそろ下に戻るわね。オシゴトの時間よ。」

 「うん。じゃあ千英も動くよ。」

 そそくさと服を着替えて、自分の部屋に戻る。壁に耳を当てると、隣の部屋から物音が聞こえた。渡辺准教授も部屋に入ったようだった。

 特に呼び出しなどもないまま、時計が午後5時を示していた。由乃は事前情報として渡されたレジュメを見ながら、予備知識として足りていない、と感じた周辺遺跡の情報を、パソコンで調べて時間を過ごしていた。そこに、がやがやと5人が帰ってきた。由乃がパソコンの画面を切り替え、仕掛けたカメラから送られてくる情報を見た。

 男子学生の方が、女子学生の部屋に転がり込んでいた。やたらと体を触ろうとする男子学生を、女子学生があしらっている様子が映っている。由乃はイヤホンを嵌め、音声レベルを上げた。

 「なあ、まだ時間あるじゃん、いいだろ?」 

 「やめて。私、シャワー浴びたいのよ。出てってくれる?」

 「おし! じゃあ、一緒に浴びようぜ?」

 「はぁ? トイレと一緒のシャワールームに、二人で入れるわけないでしょ!」

 「ノリ悪いなぁ。じゃあ、いつなんだよ?」

 「帰ってからって、何回も言ってるじゃない! とにかく、疲れてるし、気分じゃないの。いいから、早く出て行って!」

 「・・・くそ、つまんねぇ。じゃあ俺、湯浅先輩のお部屋にお邪魔しちゃうよ? あの人、地味めだけど、キレイだよな? エッチな体してるし。ああいうのが、意外と激しいんだぜ?」

 「勝手にすれば! 早く! 出て! しっしっ!」

 とうとう、男が追い出された。自分の部屋に戻った男は、ふてくされたようにベッドに寝転がって、スマホをいじり始めた。女の方は、スマホを取り出して、どこかに電話を掛け始める。

 「あ、先生! ちょっと、話が違うんですけど! アイツ、なんかすごい彼氏面して来るんですよ! 今も、襲われかけたんですから!・・・え?・・・もちろん、何もしてませんよ。・・・ええ、大丈夫です・・・アイツになんとか言って下さい!・・・このままだと私、今夜にもヤラれちゃいますよ!・・・もう・・・早く帰りたい・・・。え?はい、振り込まれてました。・・・それは・・・そうですけど・・・。じゃあ、いいんですね?私がアイツにヤラれても?・・・」

 音声をミュートにして、イヤホンを外す。ここまで聞けば、十分だ。

 『ギルティ。』

 心の中で呟いた。千英に確認をしてもらおうとスマホを手にした時、千英から着信があった。

 「ちょうど電話しようと思っ・・・。」

 電話の向こうで、千英が怒り狂っていた。さっきの場面を見ていたらしい。

 「アイツ、マジで何!? 〇〇野郎が○〇○やがって! ○○〇切り落として○○させてやる!」

 「こらこら、お客様にお見せできない言葉を連発するんじゃありません! それより、見てたのなら話が早いわ。銀行、調べてもらえる?」

 「・・・そっちは、少し時間ちょうだい。さすがに銀行だと、ね・・・。あ、でも! 通話してる相手がわかったよ。添田教授じゃない、奥田准教授だった! で、調べてみたら、あの二人、一緒に旅行とかしてるよ。一応、顔は隠してるけど、見る人が見たらわかるやつ、投稿サイトにあげてた。匂わせ?だっけ?念のため解析して確認したけど、バッチリ! 写真送ったから、見てみて。」

「なるほどね・・・。やっぱり、人は見た目によらないわね。」

「でもアイツ、ゼミも女子ばっかだし、私のことも・・・。」

「・・・私のことも、何よ?」

「あ・・・うん、なんでもない。今度話すよ。」 

「ちょっと! 聞き捨てならないわね。奥田こそ○○野郎なんじゃないでしょうね?」

「ほら、由乃もおんなじじゃん!」

「えぇ? あー。こら、試したな?」

「まあ、とにかく、さっきの、実行でいいね?」

「そうね・・・。ちょっとばかり、お仕置きが必要のようだから・・・。

「オッケー。じゃ、やっておくよ。」

「うん、気を付けてね・・・。」

「うん、大丈夫。」

 奥田准教授は、主に奈良から平安にかけての文学や、焼き物の研究をしている、40代の男性准教授だった。そのフランクな人柄と、清潔感溢れるルックスで、特に女子学生からの人気が高い。反面、最近ではこれといった論文の発表がなく、一部から「万年准教授」と揶揄もされていた。

 千英から写真とともに送られてきた資料を見ると、4年ほど前に離婚をしており、息子が一人いることになっていた。渡辺准教授と同じ准教授ではあったが、年齢が上で、大学でも人気の講義を持っているし、ゼミも優秀で、文部科学省や名のある団体からの表彰実績などもあり、給与ランクは講師陣の中でもトップクラスのようだ。

 要するに、「職業教授」という部類に入るのだろう。自分の研究はほとんどやらず、肩書きと人気だけが頼りの教授なのだ。時期的に、来春の教授会で自分が優位に立ちたいがために、渡辺准教授の足を引っ張ろう、と画策したに違いない。

 渡辺准教授とはまるで逆の考え方の人物だった。渡辺准教授はほとんど出世欲もなく、自分の給与を高めるための努力もせず、自身の研究に重きを置いていた。講義を休んでフィールドワークに出ることも、度々あった。

 研究を疎かにし、大学に貢献する奥田准教授。

 大学職員としての貢献を疎かにし、自身の研究を深める渡辺准教授。

 給与として、奥田准教授のランクが上なのは、ある意味当然だが、「教授昇進推薦」となれば渡辺准教授の方が有利、と言えるだろう。今回の遺跡の発掘調査で新発見があり、新しい論文として発表することになれば、その差は決定的となる。

 奥田准教授の焦りは理解できるが、そのやり方が卑劣極まりない。正式に付き合っているのかどうかはわからないが、自身に好意を寄せる女子学生を利用し、金の力まで使ってライバルを追い落とそうと画策するのは、大人としても男としても、由乃の許せる限界を超えていた。卑劣な手段には、卑劣な手段で応じることになる。 

 午後7時を過ぎ、歓迎レセプションは終始和やかなムードで行われた。特に、近畿近代大学の乙畑教授と言うプロジェクトの責任者は、ユーモアセンスに溢れ、その考え方も柔軟で、発表された発掘調査の進め方も、理に適った効率的な方法だった。

 「みなさんこんばんは! キンキンの乙畑です! キンキンはビールと愛川欽也に任せて、熱く語りましょう!」

 大袈裟な身振りを交えた挨拶で始まったレセプションは、乙畑の狙い通りとはいかず、文字通りキンキンに冷えた状態で幕を上げたが、そこでズッコケたリアクションを取って、何とか盛り返した感じだった。

 「変な人みたいね。でも、嫌いじゃないわ。」

 「そうですね。情熱も感じられるし、段取りも手際がいい感じです。」

 「負けてられないわね。私たちも、がんばりましょう。」

 「はい。」

 パワーポイントを使ってこれまでの経緯や、発掘調査の目的、さらには今後の展望まで含めた説明がなされた。その計画に、穴らしい穴は見つからなかった。渡辺准教授も同じような感想を持っていたようで、小さくうなずきながら熱心に話を聞いていた。

 その頃、千英は由乃たちの部屋のある階の天井を、這いずり回っていた。同じ階にもう一部屋借りて、そのバスルームの点検口から天井に上がり、例の学生の部屋を目指す。小さな電動ドライバーで隔壁を外しながら進み、目的の部屋に着くと、バスルームから部屋に降り立った。ここは、男子学生の部屋だった。由乃に対して侮辱的な発言をした、罰を受けてもらう。

 開いたまま、ベッド脇の床に無造作に置かれていたトランクから下着を取り出し、それらの「局部」が当たる部分に、取り出した小さなスプレーボトルから液体を吹き付けた。全ての下着に同じことを繰り返す。液体は、比較的軽度な皮膚病を引き起こす、菌やウィルスをカクテルにした物だった。いずれも即効性はあるが、持続性のないものばかりで、どの下着を着用しても、6時間後には違和感を覚え、市販薬程度でもきちんと塗布すれば、一週間後には症状は完全に消えるはずだった。千英は、局部を掻きむしる男子学生の姿を想像して、ニヤリと笑った。これでしばらくは、○○○○どころではなくなるはずだ。

 全てを元に戻し、隣の女子学生の部屋で同じことを繰り返す。布面積のほとんどない下着ばかりで、効果がきちんと現れるかどうか、少し不安になった。念のため、こちらはプランBを合わせて実行する。ボディクリームに細工をして、同じように痒みを引き起こす植物の成分を混ぜ込んだ。さすがに顔に使う化粧水や化粧品に混ぜるのは気が引けた。ロクでもない女なのは確かだが、たとえ軽微なものとは言え、顔にダメージを与えることになるのは、避けたい。

 最後に、侵入の形跡を残していないか確認をしていると、真新しい紙袋を何個か見つけた。千英の予想は外れ、中身は中堅ブランドの布の少ない洋服と、ハイヒール、それに香水の箱だった。やはり、ただの旅行と考えているらしい。

 千英は来た時の逆の手順で自室に戻り、その部屋で着替え、シャワーを浴びてから12階の自室に戻り、作業が無事完了したことを由乃に報告した。


 レセプション会場では、固い話の部分が終わり、会食が始まっていた。当然、ある程度のアルコール類も提供され、渡辺准教授は少し離れた席で、乙畑教授と熱心に語り合っていた。由乃はさりげなく5人の監督をしながら、近近大の学生と交流を深める。

 創設されてから間もない大学らしく、関西でもバカにされることが多いので、この発掘で歴史に残るような発見をして、少しでも大学の名を世間に知らしめたい、と考えているようだった。また、本格的な発掘調査が初めての学生も多く、由乃も体験談や気を付けた方がいいことなど、惜しみなく知識を披露した。

 例の5人は、自分たちだけで席を占領し、飲食を楽しんでいる。近近大の学生に話し掛けられても、軽くあしらっているような感じがした。やはり、その中心にはあの女子学生と男子学生がいたが、他の3人は、幾分申し訳なさそうな表情が見て取れた。やがて、その3人は席を立ち、それぞれ近近大の学生と交流を始めたようだった。二人きりになってしまったテーブルでは、男子学生が、むしろこのときばかりと露骨にベタベタし始め、女子学生は露骨に迷惑そうな顔をしていた。

 「やあ、あなたが、湯浅さん? ちょっと、いいかな?」

 「あ、乙畑先生。もちろんです、どうぞ。」

 「渡辺先生から聞いたよ、優秀なんだってね? 将来有望だって、褒めてたよ。」

 「いえ! そんな! 好きなのは間違いありませんが、優秀では・・・。」

 「うん。でも、『好きこそ物の上手なれ』っていうだろ? 実は、それが一番重要なんだと、僕は思うよ? 向こうから見ていたけど、ウチの学生にもいろいろ教えてくれてたみたいだし。」

 「教えてたなんて・・・ちょっと経験を伝えていただけで・・・。」

 「学生の顔を見てて気づいたよ。湯浅さんは、いい教授になれると思う。ぜひ、その道も選択肢の一つに入れておいてよ。とにかく、明日からもお願いね! 気付いたことがあったら、何でも教えて欲しいんだ。」

 「分かりました。お役に立てるように、がんばります。」

 「うん! 湯浅さんも、この機会に、何かを学んで帰ってね!」

 「はい!」

 差し出された右手を握り、握手を交わす。力強い、いい握手だった。タイプは違うが、この人も歴史を愛する一人に違いない、と感じた。それにしても、教授か・・・。そうなれたら、どんなにいいか。でも、恐らくそういう訳にはいかないだろう。由乃は自嘲気味に微笑んで、温くなったビールを喉に流し込んだ。それは、どこか悲しげな笑顔だった。

 翌朝、例の二人が朝食の席に現れず、連絡を入れると、どちらも体調が悪い、と言う。既に仕掛けたカメラで千英の仕事ぶりを確認していた由乃は、心配そうな渡辺准教授を安心させるためだけに、二人の部屋を訪問した。念のために、一年生の女子生徒を同行させる。

 「おはよう、湯浅だけど・・・体調が悪いんですって?」

 男子学生が部屋から出てきた。歩き方がぎこちない。立っているだけなのに、やたらとモジモジしている。こうしてる間も、猛烈な痒みに襲われているに違いない。

 「熱は? どんな風に体調が悪いの?」

 「いや・・・ちょっと、腹の調子が・・・。」 

 「そうなの? 病院は一人で行ける? 薬は?」

 「あ・・・、一応、飲みました。とりあえず休んで、ヤバいようなら午後から行ってみます。あ、一人で、大丈夫なんで・・・。」

 「・・・じゃあ、連絡だけは取れるようにしておいてね? 病院に行く時は連絡をちょうだい。大学にも話しておくから。」 

 「え・・・? 大学にも、連絡入れるんですか?」

 「当たり前でしょ。大学の講義の一環で来ているんだから。」

 「あ・・・でも、そこまで大袈裟にしなくても・・・。」

 「何かあってからでは、困るのよ。それに、旅費だって大学から出てるんだから、知らせるのが普通でしょ?・・・それとも、何か不都合があるの?」

 「あ・・・いえ・・・そういうわけじゃ・・・わ、わかりました。」

 「うん、それじゃ、とりあえずお大事に。ゆっくり休むのよ?」

 「あ・・・は、はい・・・。」

 由乃は笑いを堪えるのに苦労した。話をしながら、常時足を踏みかえ、腰を微妙にくねらせて、布の摩擦でアソコを掻こうと必死な様子が伝わって来た。その動きを、不思議そうに見ている一年生の表情がまたおかしくて、集中力を総動員して笑いを抑え込んだ。

 女子学生の方は、扉越しに話すことになった。こちらは頭痛で、少し熱もある「らしい」。風邪をうつすと申し訳ないから、と言うのが彼女の言い分だった。由乃はしつこく食い下がらず、男子学生と同じことを伝えて、ロビーに戻ることにした。

 これから二人は、激しくお互いを罵り合うことになるのだろう。奥田教授にはあんな様子を見せておいて、いざ行為が始まると、かなり盛り上がっていたようだった。責任の押し付け合いは見ものだろうが、後から千英に様子を聞くだけで我慢しよう。

 昨夜遅く、千英の部屋で調査の結果を知らされていた由乃は、二人には同情の余地がないと考えていた。奥田教授からは、30万が女子学生の口座に振り込まれていた。スマホの内容も見てみるか、という千英の申し出は、不必要だと判断した。もはややり取りを見るまでもなく、金と色の絡んだ、汚い策略だということは、誰の目にも明らかだ。千英の手を煩わせるほどのこともない。その代わり、千英には今夜の現場の下見をお願いしている。その方が、余程重要だった。今回の発掘調査中、もう彼女らがこちらの動きを妨害することもできなくなったのだから、尚更だ。

 二人の様子を渡辺准教授に伝え、ホテル側にも事情を伝えて、何かの時は連絡をもらう手はずを付けた。

 由乃は、残ったみんなとともに、迎えに来た近近大のマイクロバスに乗り込んで、発掘現場へと向かった。久しぶりのフィールドワークだった。今日は風も穏やかだし、天気も良好だ。いい発掘日和になるだろう。

 夜には、別の仕事も控えている。発掘とお盗め。方法は違えど、まだ見ぬ考古物に触れる機会があると言うのは、素晴らしい。由乃は晴れやかな表情で、流れる車窓からの風景を楽しんでいた。ここに千英がいないのが、何とも残念だった。


「オツトメしましょ!」⑪
了。


#創作大賞2024#ミステリー小説部門#オツトメ#女子大生
#義賊#盗賊#湯浅由乃#上椙千英#八神夜宵#小説#ミニクーパー
#お盗め#考古学#考古物#古文書#フォード#纒向遺跡


いいなと思ったら応援しよう!