見出し画像

ある科学者の憂鬱(2)


「おーい、そこの人」
と、浩市は女に向かって叫んだ。
女との距離は10m程である。
聞こえるはずであるが、女は素知らぬ顔で全く気が付かない。
屋上から下を見つめ、憂いを秘めた女の横顔が浩市の目に映っている。
浩市は苛立だちを覚えた。

(聞こえないのか?耳も悪いのだろうか?)
「おい、聞こえないのか?」と、さらに大きな声で叫んだ。
今度はその呼び声に気づいたみたいで、浩市の方に顔を向けた。
(醜いみにくい女だ!)声こそ出さないが、心の中では罵倒していた。
だが、浩市にとっては貴重な女になるかも知れない。
浩市は、獲物を狙う鷹の様な気持ちであったが、
それを女に悟られない様に、女に近づいて行った。

「君は一体此処で何をしているんだ?
まさかと思うが、ここから飛び降りるつもりでは無いだろうな?」
と、浩市は女の方に向かって歩きながら、脅す様な言い方をした。

女は身動きが出来ないみたいに固まってはいるが、
身体は小刻みに震えている。
その表情は、悲しげで瞼は腫はれあがり、目は赤く充血している。
だが、瞳は綺麗に澄んでいた。

「そんなに怯えなくても、良いだろう?別に君を襲そったりはしないよ」
と、今度は優しくソフトな声で、薄笑を浮かべながら言った。
女の警戒心をほぐす為だ。
女は何も言わない。

不安な表情を浮かべながら、女は浩市を眺ながめている。
(どの様にして、女に自分の事を信用させるか?)
を、浩市は考えていた。

怯えている女には、優しく接してやる事が第一であろう。
こちらが、優しい男だと言う事を認識させよう。
その想いから、発した言葉が
「君は今飛び降り様としていたね?
悩みが有るのなら、僕に言ってみないか。相談に乗るよ。」

その言葉を聞いた女の表情が、少し緩んだ。
震えも止まったみたいである。
(この人に相談してみようか?最初は怖そうに見えていたけど、優しい人かもしれない)と、女は思った。

浩市は女に寄り添い
「僕に話してみないかい」
と、今度は優しく甘い声で包み込むように、女の耳元で囁いた。
女は男性からその様に優しく言われたのは、初めてであった。
ましてや耳元でささやかれたのである。

自然と女の目から涙が溢れてきた。
女はすすり泣きしながら、鼻水が出て来るのか、鼻をハンカチでおさえている。
(ブザマな女だ。醜い顔が、もっと醜くなった)
と、浩市は冷やかに想っているが、目は優しさを装っている。

「君は、ここから飛び降りるつもりでいたのかい?
私には、その様に見えたのだが。どうなんだい」
浩市の優しい言葉に、女は嬉しさを隠せないのか、
涙を拭きながらコクリとうなずいた。
女の身長は150cmぐらいで小柄だが、デブである。
容姿だけでは無く、スタイルも悪い。
(こんな女が、死のうと生きようと私には関係は無い!)
と、吐き捨てる様に心の中で、浩市は言っているが、女を利用できそうだ。

「私の部屋はこの下にあるが、私の所まで来ないかい?」
女は警戒心が溶けたのか、浩市の眼を見て、またうなずいた。
浩市は、獲物を得た狼の様に女の手を引き、浩市の研究室に連れて行った。

https://note.com/yagami12345/n/n5809be458542

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?