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【オードリー・タンの思考・インタビュー】シビックハッカーコミュニティ「g0v 零時政府」発起人、高嘉良(clkao)

書籍『オードリー・タンの思考』のコラムとして、オードリーとともに働いたことのある人物へのインタビューを収録します。
オードリーの長年の友人で、シビックハッカーコミュニティ「g0v 零時政府」発起人でもある高嘉良(clkao)。
2018年にAI関連で起業、二児の父でもある超多忙な彼が、インタビューに応じてくれました。

高嘉良(clkao)
1981年生まれのソフトウェアエンジニア。1997年の「国際情報オリンピック(高校生がプログラミング能力を競う世界大会)」がきっかけで、台湾の最高学府・台湾大学の情報学部へ受験無しで進学し、その後中退。2012年に友人らとシビックハッカーコミュニティ「g0v 零時政府」を設立。2018年にBtoBでAIソリューションを提供する「InfuseAI」を起業。

オードリーと出会ったのは大学の頃。
なかなかいない存在だよ、
初対面ですぐにあそこまで話ができるなんて。

オードリーと初めて会ったのは、友人の紹介で1998年かそこらかな。僕はまだ大学生で、台湾大学の隣のマクドナルドで会った。後から皆と一緒に「藝立協(Elixir,藝術家獨立協會)」を設立して、ブログを台湾に引き入れたり、オープンソースのソフトウェアを広めたんだ。「藝立協」は「g0v」の前身とも言えるね。

僕がゲームで遊ぶためにコードを書き始めたのは小学の頃。高校生で「オープンソース」という概念に出合って以来、今もそのコミュニティの中にいるよ。オードリーだって同じさ。

初めて会った時には技術のことから哲学的なことまでたくさん話した。まだGoogleも無い時代に、今で言うSaaSみたいな感じで、どのようにインターネットを使えば異なるものを繋いで動かせるかとか、そういったことをね。

その頃のオードリーはまだ「オードリー・タン」ではなくて、「唐宗漢」という名前の男性だった。とにかく話すのが速いなって思ったかな。あんなに全速力で対話したりコミュニケーションできる人には滅多に会わなかったから。

そして僕たちはプログラミング言語「Perl」のコミュニティに入った。インターネットが誕生したばかりの時代、Perlは最も人気のあるプログラミング言語の一つで、国際的なコミュニティがいくつもあったんだ。僕らは台湾のPerlコミュニティをオーガナイズしていたから、僕は世界各地を旅行しながら現地のコミュニティと交流して回った。それがきっかけで、数年間イギリスで働いたりもしたよ。

だから当時は起業やPerlコミュニティで忙しくしていたね。大学は途中で辞めたけど、全く後悔していないよ。電子回路とか履修するのが嫌な必修科目もあったし、何よりその頃には海外とのプロジェクトに参加する方がずっと面白かったんだ。

後になって、世界中のPerlコミュニティはバージョン5から6に移行する際にずっと問題の壁にぶつかっていた。オードリーはそれを前進させるのに大きく貢献したんだ。これはかなり難しいことだったから、エンジニアたちにとってとても大きな出来事だった。

ひまわり学生運動で、たくさんのIT人材が
「g0v」に集まってきてくれた。
これまでデモに参加したことの無いような人もね。

「g0v」が広く知られるようになったのは「ひまわり学生運動」がきっかけだったというのは間違いない。あの時、本当にたくさんのIT人材が「g0v」を自分のアイデンティティとみなしてくれたし、さらに多くの違う領域の人たちが参加するようになった。

でも実のところ、「ひまわり学生運動」が2014年3月に始まるおよそ半年前から、僕たちは動き始めていたんだ。きっかけは、あのデモにおいて重要な役割を果たした賴中強という弁護士だった。ある日彼が「g0v」に来て、「『サービス貿易協定』というのがあって、すでに政府が協議書にサインしているというのに国民はほとんど誰も知らない。君たち、資料を整理してみんなに知らせられないか」と提案したんだ。

中国と「サービス貿易協定」を締結することについては、台湾のサービス業従事者が大きな影響を受けることが問題となっていたわけだけど、一体どれだけの人が影響を受けるのかを検証しようにも、行政院が書いた協議書のデータと、行政院主計総処(統計などを実行する部署)のデータがそもそも一致しないんだ。協定を書いた行政院はWTO(世界貿易機関)のカテゴリ分けに準拠しているっていうけど、それも所々で古いバージョンのデータを参照していたりして統計方法が違うから、国民は客観的に判断ができなくて、議論は荒れに荒れたんだ。

そうこうするうち、「g0v」にIT人材たちが集まってきてくれて、「你被服貿了嗎?(あなたは「サービス貿易協定」された?)」っていうプラットフォームを作ったんだ。自分の会社の企業番号や所属する業界を入れるだけで、自分が「サービス貿易協定」の対象者かどうかが分かるようにした。

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(上の写真)プラットフォーム「你被服貿了嗎?(あなたは「サービス貿易協定」された?)」のトップページ。

これまでデモに参加したこともないような人たちが、声援を送るだけじゃなく、政府に対して「審査」とはどんなものなのか、模範を示してやろうという気持ちで行動してくれた。そして参加する人が多くなればなるほど、僕たちの活動を知る人も増えていったんだ。

「ひまわり学生運動」は、これまでに前例のない平和的な抗議活動だったと僕は思う。街頭でデモ行進をするようなこれまでの抗議活動とは全く違ったんだよ。

オードリーは当時、様々な団体がライブ中継するのを手伝っていたと思う。僕は自分で作った「Hackholder」というオープンソースのプラットフォームで、「ひまわり学生運動」に関するライブ配信や議事録などを一元化してまとめて、「g0v.today」というドメインで公開した。「Hackholder」はその後、香港やフランスでもデモ活動の時に使われているよ。

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(上の写真:2020年10月、「g0v」のハッカソンで登壇する高嘉良(clkao)。二カ月に一度行われるハッカソンには毎回およそ100名ほどが集まるほか、オンラインで参加する者も多い。)

2012年以前は、僕だって政治に興味なかったよ。
自分とは関係のないものだって思ってた。
政府が出した、あの変な広告を見るまでは。

そういう僕も、2012年に政府が作ったあの変な広告(※)を見るまでは、政治に対して関心も無かったんだ。民主政治だって、自分とは大して関係のないものだって思ってた。

僕たちが受けた教育がそうさせたっていう部分はあるだろうね。僕らの世代は、政治というものは関わらなくて良いものだっていう概念を植え付けられている。IT業界は比較的給与も良いし働き方もフレキシブルだから、ちょっと別のことに関心が向いていくっていう側面もあるかもしれない。他の人のことは知らないけど、少なくとも僕自身はそうだった。

2000年代初期には「Code for America(2009年設立)」とか「Code for Germany(2014年設立)」などが設立されて、世界的にシビックハッキングが流行り出したんだ。彼らは主に政府の作るデジタルサービスがダメなところをどうにかしようとして生まれた背景があるけど、台湾の場合はちょっと違っていた。デザインがダメなだけで、健康保険とか納税制度とか、それ自体は特に悪いものじゃなかった。

「オープンソース」のコミュニティにいるメンバーはもともと考え方がオープンで、民主的であることに興味を持つ人が多いんだ。「g0v」に集まっているメンバーも同じ。それに「g0v」は組織ではなくコミュニティで、皆も別に誰かに強制されて集まっているわけじゃないからね、「自分はこれが問題だと思っていて、これをやってみたい」って誰かが言って、それに誰かが「OK、やってみよう」って集まってくる。

その中でオードリーはどんな存在かって? そうだな、ゲームに喩えるなら魔法使いってとこかな。彼女は目立つだけじゃなくて、とにかく強い吸引力がある。引き寄せられた人材が自分で何かをやり遂げるのを彼女の魔法でバックアップしてくれる感じだね。

※2012年2月に行政院(内閣と各省庁を併せたものに相当)が打ち出した「経済力推進プラン(原名:経済動能推升方案)」の動画広告。「g0v」が始まるきっかけとなった。詳細は<【オードリー・タンの仕事】シビックテック・コミュニティ「g0v」への参加と「萌典」>に記載。

「g0v」はビギナーフレンドリー。

「ひまわり学生運動」で知名度が上がった後は、たくさんの人が「g0v」の活動に来てくれるようになった。「g0v」はビギナーフレンドリーでありたいと思っているから、彼らが早くなじめるように、メンバーで討論してビギナー向けのガイドラインを作ったんだ。

初めて参加する人も、できるだけ簡単に速く自分の役割を見つけて協業し、プロジェクトに取り組むことができるよう、さまざまな方法を取り入れて試しているよ。

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(上の写真:「g0v」のハッカソン参加者は皆、名札を首から下げている。その名札に自分の名前、機能(何ができるか)、どのような三人称で呼ばれることを希望するか(彼、彼女など)など、これらのシールを貼って自己表現することができる。)

「g0v」は「組織」ではなくてコミュニティだからね。リラックスした雰囲気の中に、いくつものプロジェクトがあり、それぞれに小さな中心がある。プロジェクトベースで協業して、それがまた別のプロジェクトへと変化していくのが、オープンソースのコミュニティの仕事の仕方なんだ。今ではみんなもこのやり方にすっかり慣れているよ。

ビギナー向けのガイドラインを作ったのとほぼ同時に僕たちは「g0v」とは別に運営を行うチームだけを組織化したんだ。「揪松團、g0v-jothon」という名前で、今のところボランティアが6人と、スタッフが3人。二カ月に一度開催するハッカソンや、二年に一度のサミット、領域を超えたコラボレーション案件などを行っている。

何か一つのビジョンがあって、それに向けて協業する時には「お互いに尊敬される」っていう状態が大事だと思う。「g0v」は完全にボランティアだからね。小さいことでも「いいね」が付くとか、フィードバックがあるとか、お互いに励まし合うことがモチベーションに繋がるんじゃないかな。

政府にハイレベルな要求をして
民主主義をもっと前に進めたい。

個人的に台湾の「オープンガバメント」は、まだまだソフトイシューまでしか成し得ていないと思っているよ。本当の「オープンガバメント」はもっと先にあるはずなんだ。僕自身は立法院のデータ公開に興味がある。法案がどのように作られるのかとか、そういった方面だね。

例えば、台北まで仕事に来ている人の多い北部の地方都市・基隆(キールン)までライトレールを走らせる代わりに既存のローカル鉄道駅を廃止にするかどうかとか、ライトレールをメトロに昇格させるかなどと議論の絶えない「基隆ライトレール計画」のように、強い利害衝突が広範囲で起きる議題こそ、もっともっとオープンにすべきだと思う。

オードリーが2017年に「政策履歴」っていう、どのようにしてその政策ができたかを明らかにする概念を提唱した時は、「eスポーツ」が例として挙げられていた。ただ、僕からするとそのステークホルダーはまだまだ小さいんだ。政府にはもっとインパクトの強い事柄について「政策履歴」を公開してほしい。例えば今、行政院では「數位發展部(デジタル発展を担当する省庁)」の設立が議論されているけれど、僕はこのことをニュースで知ったんだ。誰がどのようにしてこの件を提起したのか、全く分からない。こういった議題こそ、「政策履歴」が必要なんじゃないのかな。

国民一人ひとりがすべての政策に関わるのは現実的に難しいし、政府の公開するオープンデータを自分で見て勉強するのも大変だ。だからまずはある一定のレベル以上のイシューついては国民が参加できるようにするような、大きな枠組みを作るべきだと思う。そうじゃないと、全体的なアカウンタブル(責任の所在)が見えないよね。

だから僕はこれからも、政府に対してフェアでハイレベルな要求をし続けたいと思っているよ。それでこそ民主主義は前進できるからね。

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