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樺山三英「ジャン=ジャックの自意識の場合」

徳間SFコレクション電子復刻第8弾。樺山三英「ジャン=ジャックの自意識の場合」。第8回日本SF新人賞受賞作品。
 1968年、四国に住む日本人青年医師に、ルソーの魂が降臨した。彼はルソーの教育の理想像である「エミール」の思想を実現すべく、理想の子供を育てることを決意し、孤島に孤児院を創設する。集められた子供たちは「世界の救い主」を作り出すための、実験体だった。そこは、ありとあらゆる制約がない自由。授業がなく、出席点呼だけの学校。大人もいない子供だけの社会。天使が舞い飛び、混沌が支配しする。しかし実際には、暴力やレイプで血と精液にまみれた現実。
 物語は二つのパートが並行する。一つは孤島の学校で繰り広げられる学校生活。そこは閉じ込められた閉塞感と、救済と脱出を願う抗争と妄想の混沌。もう一つはJ.D.サリンジャーに宛てた手紙の数々。ジャン=ジャック=ルソー(と本人が思い込んでいる医師)自らが志した教育の理想を連綿と綴る。正直、自分にはこの物語は難解で解説できない。ずっと語られるモノローグ。何度も繰り返して生死を繰り返す主人公の僕と、少女のアンジュ。どこが章の切れ目で、何が本当で、どれが幻想なのかも区別がつかない。物語に繰り返し救済者として待望される、ロビンソン・クルーソーとフライデー。辿り着いた先をアジアだと誤認して死んだコロンブス。教育の権威であるルソーが、女中だった妻に産ませた五人の子供を孤児院送りにしたこと。おそらくルソーの子供たちを象徴する、彼らの周りを徘徊する五人の天使たち。肯定なのか、否定なのか。それとも情熱燃え尽きた先の滑稽を描きたかったのか。全く新しい才能の誕生であるのか、問題作であるのか。著者に、当時の選考委員に訊いてみたいものだ。
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