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梓林太郎「人情刑事道原伝吉 信州・塩狩峠殺人事件」

梓林太郎「人情刑事道原伝吉 信州・塩狩峠殺人事件」(トクマノベルス)。電子書籍版はこちら↓
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松本市内の空き家から男の撲殺死体が発見された。被害者は市内で高級洋品店を経営する麻倉光信。登山に行くと言って車で出かけた。ほどなく塩尻峠の近くで麻倉の車が発見されたが、後部座席には美女・西池那津美の絞殺体を発見。一方、松本市内で詐欺事件を起こして富山刑務所に服役していた男が模範囚として出所を目前にしながら逃走。キャンプ場などから食料や衣類を盗みながら、松本を目指している痕跡があった。複数の殺人事件は彼の仕業か、そして両方の事件に何か関連はあるのか。
 派手な殺人事件そのものは直ぐに解決してしまう。こんなに早くネタがわかってこの先どうするんだろうと思ったが、物語の主軸は事件がなぜ起こったか、または誰が起こしたかに移ってゆく。犯人はひたすら何かを探し求めて、全国各地を遁走する。『ずいぶん出張費のかかる捜査だな』と思いつつも、その流転の中に犯人の意外な人徳が浮き彫りにされる。川に飛び込んで母娘を救ったり、雪中で遭難した人に宿を提供したり。だからこそ金を貸し、泊めてくれる人たちがいる。そして犯人を追う道原刑事の道行きに見せる心配りも、読んでいてホロリとさせられる優しさ。貧しい親子が食堂で親子丼を分け合う「一杯のかけそば」的な食事にソッと餃子を差し出したり、生命を狙われた女性を匿って漬物屋の仕事を斡旋したり。「本当は警察官はこんなことまでしてはならんのだよ」と部下に諭しながらも、ツイツイ手を差し伸べる。殺人推理の主脈でない枝葉のあちこちに心を打たれる。犯人と刑事が双璧で魅力的という異色なミステリー。そこがこのシリーズ命名の所以であろう。

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